《Happy Valentine's-Day》Ver.梅セイ「先輩! お待たせしました!」
校門の脇に一際目立つ先輩の元へ駆け寄る。久しぶりに見る制服姿に、少しテンションが上がる。しかし
声をかけたのは自分なのに、待たせてしまったのは本当に申し訳ない。
「ううん、待ってないよ。随分早かったけど、セイくんの用事はもういいの?」
申し訳なさそうに近づくと、先輩はいつも通り頭を撫でながら穏やかに笑ってくれる。
「はい! 梅先輩をたくさん待たせるのは嫌だったので!」
「そっかぁ、じゃあ行こうか」
「えへへ、ありがとうございます」
いつも通り、カフェでお茶をして今日あったことや楽しかったこと、興味のあることを話し、ラーメンを食べて帰路につく。
先輩が家まで送ると言ってくれたので、それに甘えることにした。
「久しぶりだったけど、何だかあっという間だったね」
「はい! とっても楽しかったです。ありがとうございました!」
「うん、じゃあまた」
「あ、っ……! 先輩……あの……」
背を向けて帰ろうとする先輩を呼び止める。というか、このために先輩を引き止めたのだ。
「ん? どうしたの?」
「シフォンケーキを作ってきたので……良かったら、その、貰って欲しくて……カップケーキなので、食べやすいと思います」
「えっ、俺に?」
「も、もちろん! 先輩に、です」
「……うん、いただくよ。ありがとうね」
先輩は食べ物を渡すと嬉しそうな顔をする。そんな顔が見たくて、いつもご飯に誘ったり、お菓子を渡したりする。それでも、今日のケーキは僕にとって特別だった。先輩に意図は伝わっていなくても、受け取って貰えただけで充分だ。
「……マコ兄さんが教えてくれたので、絶対美味しいと思うんです! けど!」
「大丈夫だよ、なんでも食べるから」
「でも、フレンチは苦手ですよね?」
「うっ……あわの話はやめようよ……」
「ちなみに僕の作ったシフォンケーキも、“あわ”から出来てるんですよ?」
「あわ……」
あからさまにテンションの下がった梅先輩に、逆に申し訳なくなる。が、そんな先輩も可愛いと、愛しいと思ってしまう自分がいる。
「そんな顔しないでくださいよ、やだなぁ」
「ごめん」
「いえ、僕がからかったのが良くなかったですね。安心してください、シフォンケーキはちゃんと美味しいですから」
「帰ったら食べるね」
先輩は、再び嬉しそうにケーキを持ち直した。ラッピングのリボンがふわふわと揺れる。そのリボンがやたら儚げで、突然切ない気分になってしまう。悪い夢で見た事が現実になるかもしれない。そんな、不安。
「……ねぇ、先輩」
「うん?」
「このままずっと、僕は先輩の背中を追いかけていくんでしょうか」
「……? セイくんは、俺より年下だからね。海外なら飛び級とかあるけど……どうしたの?」
急に真面目な顔をしてみたものだから、先輩が不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「いーえ、なんでもないです! 先輩、いつもありがとうございます! 大好きですよ!」
「わ、わ! 急に抱きついたら危ないよ」
覗き込んだ先輩の胸に飛び込む。僕自身はバランスなど考えもしなかったが、先輩がしっかりと支えてくれる。きっと先輩なら、こうしていつだって僕を受け止めてくれるだろう。なんて期待をしつつ、今は先輩の手の温度を感じていたかった。