《Happy Valentine's-Day》Ver.いつゆう「あわわわ……もう……今まで縁がなかったからって、すっかり忘れてた……もういやだァ……」
とりあえず進路も安泰、自由登校の期間だからと、多少遅くまでゲームをしても次の日問題はないと浮かれて気を抜いていた。友達の誕生日とかは律儀に覚えているのに、ぼくはどうしてこういうせっかくのイベント事に疎いのだろうか。
今気付いたのだってゲームのログインボーナスで貰ったプレゼントのおかげであって、多分カレンダーを見てもぼくはなにも思わなかっただろう。
とりあえず、今すぐに手元に用意するとなればコンビニだ。イベント事の意識はなくても、確か入ってすぐの棚に置かれていた記憶だけはある。
「あの、すみません……こーいうラッピングされたチョコってもうないですか?」
「申し訳ありません、こちら売り場に出ているものが全てでして……」
「う、やっぱりそうですよね……ありがとうございます……」
すっからかんになった棚を背に、コンビニを出る。その後数店舗回ってみても、板チョコすら在庫のない店舗もあった。
「あぅ……自業自得だけど! 自業自得だけどっ!」
もう、こうなれば最終手段。板チョコがある店舗はあったのだ、何かそれらしいものを自作をするしかない。そう思って、スマートフォンの検索タブを開く。色々と検索して、オーブンがなくても作れそうなものをピックアップした。そのまま材料を買い揃えて、自宅の台所へ向かう。なるべく音を立てないように、慎重に調理をする。レシピの甲斐あって、順調にいった。あとは冷蔵庫で冷やすだけ! 最後に念の為スプーンにひとすくい、味見をする。
「ん、美味しくできたかも……! 樹さん……喜んでくれるかな」
初めて“恋人”へ贈り物をするバレンタイン。アニメや漫画で、女の子たちがなんで絆創膏だらけなのか分かった気がする。緊張して火傷するんだ。(した)
自由登校の期間なので、樹さんへ放課後に時間を貰えないか連絡をしたところ、まず寝たかどうか尋ねられ、その後、きちんと寝たら会ってもいいとメッセージが来た。
約束通りしっかりと睡眠を取り、万全の状態で学校へ向かう。放課後という事もあり、帰宅する生徒たちがぼくの向かう方向から歩いてくる。
「樹さん!」
そんな中、見えてきた校門に樹さんの姿を見つけて駆け寄った。ほんの少しの間、顔を合わせなかっただけなのに、すごく緊張する。
「遊夜さん。急にどうしたんですか?」
「あの……ぼく、これ……」
「?」
「樹さんに食べて欲しくて……お菓子なんて、そんなに作るもんじゃないけど、がんばって作ってみたので……よかったら……」
緊張し過ぎてしどろもどろになりながら、ラッピングしたチョコレートキャラメルを渡す。事前に苦手なものを聞いて居なかったが大丈夫だろうか。渡しながら急に不安に襲われた。
「そうか……今日は……うん、ありがとう。受け取らせてもらうよ」
そんな不安そうなぼくを見かねたのか、樹さんは受け取りながらほんの少しだけ微笑んでくれる。その表情に安堵した。
「っ! えへへ……あっ、でももし口に合わなかったら、ごめんなさい」
「……人にあげるなら味見くらいするでしょ」
「そ、そりゃあ、そうですけど……っ!」
「美味しかった?」
「……うん」
まさか味見もしないで渡せるほど、ぼくは器用ではない。冷蔵庫で冷やす前も、完成品もきちんと味を確認した。もちろん美味しく出来ていた。それでも不安になってしまうのだ。
「じゃあ、大丈夫。帰ったらちゃんといただくよ」
「う……はい……」
けれどやっぱり樹さんは優しくて、不安にさせないように言葉を選んで返してくれる。ぼくは、樹さんのこういう所も好きになったんだろう。なんて、ぼんやり考えてしまう。
「……そんなに反応が気になるならうちにくる?」
「え、や、い、いいです! 大丈夫です!」
無意識に樹さんの顔をみていたようで、余程反応が気になると思われたらしい。そりゃあ反応は気になるが、目の前で食べて感想を言われたら多分ぼくは恥ずかしくて死ぬ。
「か、感想はメッセージでいいので……っ! じゃあ、また夜に通話、しましょうね……!」
「あっ」
その夜の通話で、樹さんは走り去って来てしまったぼくを責めるように、ASMRで実食実況してきたのはまた別の話。