カーネーション(前編)手紙が届いた。差出人の名前はない。
突如、壊れたまま置きっぱなしにしていたテラリウムの中に現れた手紙。消印すらもなく何処から届いたかも分からない。
けれど懐かしい匂いと少し魔法の痕跡がする白い封筒の差出人に察しはつくがそれを開封するのが怖い。
なんて言ったら貴方に笑われてしまうでしょうか。
でもね、しょうがないでしょう?届いた日が悪過ぎるんですよ。
1年前から2人部屋に僕だけ1人。
僕はずっと貴方が許せないんです。
毎食、椎茸の刑に処したい思いなんです。
それすらも許させれないなんて狡いですよ。
ねぇ、僕がこんなに怒っている理由、分かってるでしょ?フロイド。
所有主を亡くしたベッドに腰をかけて深呼吸する。
日に日に薄くなっていく片割れの匂いが胸の奥をツンとした痛みが襲う。
「…ふぅ」
気持ちを整え、意を決して封を切る。
中には何も書かれていない2枚の便箋に挟まれた赤いカーネーションの花弁が入っていた。
あんなに開封を躊躇ってたのに何も書かれていない事に拍子抜けした。
フロイドらしいと言えばらしい。
「…僕も貴方に逢いたいです。…ねぇ、フロイド…」
手紙を抱き締めそのままベッドに倒れ込む。
流れ出る涙を止める事も出来ずにただ寂しさだけが胸を締め付けてくる。
あの日の朝のままの散らかったベッドに遺された微かな片割れの匂い。
彼が壊したテラリウムの中みたく僕の心の中もグシャグシャになっていく。
今夜はこのまま感情に任せて落ちていっても構わないでしょう?
ねぇ、フロイド。
夢の中でさえ貴方は僕に会ってはくれないのですか?
「ジェイド…」
僕を呼ぶ声と頭を撫でる感触がした気がしたがソレを夢との狭間と思い込み確かめることも出来ずに泣き疲れて眠りに着いた。
遠くで目覚ましの音が鳴っている。
手を伸ばしても届かない。
あぁ、そうでした。此処はフロイドのベッドでしたね。
起き上がり止めに行こうとする前に止まる目覚まし時計と変わって
「おはよ、ジェイド」
と耳に届く愛しい人の声。
「えっ?」
驚いて自分のベッドの方に目をやるとそこにはフロイドが座っていて僕に手を振っている。
状況を把握出来ずまだ夢の中かと瞬きを繰り返す。
「アハッ、ジェイド変な顔ぉ」
と笑いながら僕の方に近づき腕が僕の背中に廻り抱き締められた。
「…フロイド?」
「ずっとずっとジェイドに会いたかった…」
「僕もです」
抱き締め返す腕の中に居るのは間違えなくフロイドで。
でも、何で?貴方は1年前に死んだはず…。
あぁ、やはりこれは夢なのですね。