楽しい結婚式の始まり、かな? これは夢だ。
深呼吸して開く三度目の瞼。
やはり変わらない光景。
首を回して辺りを伺うと、何度も正しい位置に頭を戻される。
「もう少しで終わりますから辛抱してください」
淡々と語りながら手際良くヘアセットを行うスタッフの表情は覗うことが出来ない。
それはそうだ。
この部屋には鏡が無い。しかも入っていきなり別々に引き剥がされたと思ったら上着を脱いで軽くメイクを施された。
着させられたのは白とグレーの色合いのタキシード。
勿論今まで着た経験は無く、何故か自身のサイズに丁度合うように仕立てたられた上着に袖を通すと、ほのかに漂う花の香りが鼻孔をくすぐる。
終わったら次はヘアセット。
ワックスを手のひらで十分に伸ばして前髪を持ち上げられると、てきぱきと手際よくオールバックが完成。
何故ここにいるのか?と何度も疑問を投げかけても、目や鼻がないのっぺらぼうの顔を持つスタッフは無言のまま手だけ動かすのみ。
「···本当に式を挙げたら出れるんですよね?」
疑いの眼差しは晴れない。
コクリと軽く頷くだけで、人ならざるスタッフは暁人の髪に最後の櫛を通した。
準備が終わった。
言葉はなくともスタッフが道具をがちゃがちゃと片付ける音で察する。
「こちらへ」
覇気のない冷たい台詞に促され、今までいた部屋とは違う扉の前へ移動する。
聞けばこの奥にお相手の方が待っているとのことで、考えただけでドキリと胸の奥が高鳴る。
いったいどんな顔をしていて、どんな格好なんだろう。
今自分が着ているものと同じか違うか。はたまた純白に包まれたお姫様のような姿でも面白いから見てみたい。
茶化したら高速で怒りの拳が飛んで来るのは避けられない。
でもこれだけは分かる。扉の奥の彼は、
「ちゃんと迎えてあげよう」
呼吸を深く吸い込んで吐き出す。
慣れない蝶ネクタイに胸筋の膨らみが抑えられて苦しい。
落ち着いて、落ち着いて。ゆっくりと言葉を反芻し自身に言い聞かせながら、暁人は扉のドアノブに手を掛けた。
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「どうなってるんだ、一体···」
まさかこうなるなんて予想だにもしていない。
こちらも服を変えられ椅子に無理矢理座らされると、瞬きをしたときにはハードワックスでつんつんと短い髪の毛先を遊ばせてヘアセットが終わっていた。
「おいお前、タバコ位吸わせろよ」
イライラを抑えきれずに手だけ動かすスタッフにタバコを要求する。
「あと少しで終わりますので」
虚しくも要求は無視され、こちらも淡々と準備を進めるだけのからくり人形。
ハァとひとつ深いため息を付くと、汚れた鏡を凝視してどうにか姿が見えないか自身を探る。それでも、自身はおろかスタッフすら映らないまま。
「全部白、か···」
視界の範囲に入るのはシャツやベスト、ジャケット、パンツに靴まで眩しいほどの『白』で統一されたフロックコートで、唯一ネクタイの色が『水色』
これから始まる式に身がきりりと締まるような音がする。
「あちらの準備が出来たようです」
部屋の隅にぽつんとひとつある赤いソファに促され、静かに腰を下ろす。
目線の右には大きな扉。
聞けば向こう側に相手がいてすぐに会えるそう。
「······ハァ」
無意識に落ちる溜息。
KKは今までになく変な気持ちに包まれ、手に汗握るほど緊張していた。
相棒、そして気の許す相手のおめでたい姿が扉隔てた一枚向こうに立っている。
見たいような見たくないような、複雑な心境を抱えて。
でもここを超えなければ何時間、いや一生出れない可能性もある。
着飾った自分の姿を見て幻滅しないだろうか?不安だけが脳裏をよぎる。
(格好いいよ、KK!!)
ぼんやりと浮かぶのは、相棒のキラキラした眼差しと肋骨が折れそうなほどのハグ攻撃が物凄い勢いでこちらに飛んでくる姿だ。
「·····ウダウダ考えてても仕方ねぇか」
ふわりと口角が上がり、少しだけ悩んでいたモヤが晴れたような気がする。
今日くらいは、こういう経験を楽しんでもいいのかもしれない。
扉の向こう側で動く靴音に耳を澄ませ、KKは真剣な眼差しで暁人を待つ。
ガチャ。
重いドアノブの回る音が、部屋の中にひとつ響いた。
続く