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    rainbow_ryoki

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    旅館の料理人暁人くんとカンヅメ小説家のK先生の話(付き合ってないけど甘々な雰囲気) 全年齢です。
    シチュお題でお話書くったー より

    #暁K

    缶詰K先生と料理人暁人くん遠くの海から潮の香り、それと混じる畳の匂い
    蝉の声と青くうっそうと茂った木々のざわめく音

    都会の喧騒から離れた少し古めかしい旅館

    そこに男はいた
    最上級の部屋ではなくどちらかといえば狭い部屋
    当然風呂も、便所もない 用を足すには少し離れた大浴場の手前にある便所に行くよりほかない
    扉を開けてすぐ電話、食事用の卓、文机それだけしかない、窓も小さい、脱出できないようにとのことだ

    「ああ……ほんっと なんもねぇな」

    万年筆を置き、頬杖をつく男、彼はここに軟禁されている


    文筆業といえばいいのか、もともと雑誌の胡散臭い記事を書いていた男は、ほんの気まぐれで伝奇小説を書いたらすこしばかり売れた
    そこからはその続きを望む声が多くなり、今では小説家という肩書になってしまったのに筆が遅く続きはなかなか出ない
    己の不甲斐なさを認めず、外がうるさくて仕事が捗らないと愚痴をこぼして仕事をサボっていたところ担当である女編集者は

    「静かなところなら、原稿もはかどるわね? 原稿ができるまで一歩も外に出られないから安心してちょうだい」

    と、言い残して男を旅館に置いて行った
    そうして今は二日目の朝、昨夜ここに置いて行かれて呆然としているうちに布団に入っていたので原稿はあまり進んでいない
    些細なことだが、主人公の友人の名前が思い浮かばない などでやる気がそがれている


    ぐぅぅぅ

    腹が鳴った、腕時計を見れば時刻は朝八時五分前
    昨晩は打ち合わせの喫茶店でナポリタンを食べてから何も食べていない

    とりあえず飯の心配はしなくていい、と置手紙があった
    布団から這い出て、軽くたたんでおくと襖をの向こうから声がかかった

    「朝餉をお持ちしました」

    「は、はい どうぞ」

    声の主は若い男だった、仲居かと思ったが服装を見るに板前のようであった

    「八雲さんからお話は伺っています、しばらく僕が先生のお食事を担当する、伊月と申します」

    こんなにちゃんとした挨拶まであるとは男にとっては予想外であった
    こちとら原稿の進みが遅いだけの男、たいした作家のセンセイではないのに、と居心地の悪さが募る

    伊月と名乗った青年はぺこりと頭を下げ、ほどなく顔を上げた
    まだいくらか幼さを残した人懐こそうな表情に緊張は綻ぶ

    年のころは20を少し超えたくらい、男からすれば息子でもおかしくない年齢だ
    しかもその整った顔立ちに朗らかな立ち居振る舞い、だれが見てもわかる好青年といった風情だ

    「先生、どうかしましたか?」

    どうやらすっかり観察に没頭してしまっていたらしい、物書きの、否、男の悪い癖だ

    「ああ、すまん いや、ずいぶん若い、いや板前らしくないというか」

    「よく言われます、ええ 実際まだ修行して一年にもなりません」

    「なるほど、ひょっとしてオレの担当っていうのも修行の一環か?」

    そう言うと伊月青年はぱちりと目を丸くして、口をぽかりとあけてから笑った

    「すごい、どうしてわかったんですか? そのとおりです」

    つまり話はこうである、この旅館に修行中の板前が数名いる
    その中で伊月青年は一番の新入りで手先こそ器用なものの、まだちゃん客に出せるほどのものは作れない
    覚えは良いほうだが、盛り付けの些細な配置、食材の切り方、魅せ方などは何度も作ってモノにすることが大切だ
    大切な客人に不完全なものを出すのは忍びないが、内内で消費するのもなかなか大変だ
    そこで、男の担当編集である八雲女史は旅館の馴染みの女将を通じてこう申し出た

    『見習い板前の練習台としてカンヅメにした作家を提供するから、宿泊代を素泊まりの金額にできないか』



    「なるほど、凛子のやつ ずいぶんと気前がいいと思ったぜ」

    「そんなわけです、なので感想をお願いします」

    「うん、じゃあいただきます」

    竹製の箸を手にして、まずは椀から手をつけた
    少し濃い色の味噌はこの地域の特産、そこに毬麩、えのき、わかめ
    出汁は鰹節とほんのわずかに昆布だろうか、空きっ腹にはありがたい
    一口飲むとじわと旨味が広がり味噌の匂いが食欲を刺激した

    「味噌汁なんてずいぶん久々だ、上手い。 欲を言えばえのきはもう少し短めなほうがいい
    椀が小さいから、具が大きすぎると不格好だし口に入ったときに邪魔をする」

    「これくらいですか」

    青年は親指と人差し指で幅を作っている

    「ん、もうすこし小さく……そうそう」

    にこりと青年は嬉しそうだ

    それから鱒の塩焼き、白米、小松菜のおひたし、と男は手をつけてゆき青年は男の一言一言に熱心に耳を傾ける
    そして最後は卵焼きだ

    「ああ……うん、まあ いいんじゃないか?」

    これまでのしっかりとした口調とはあきらかに違う様子である

    「なにかありました? 気にせずおっしゃってください」

    「いや、そうだな、これはオレのただの好みだから、気にしなくていい」

    「ならなおのこと聞かせてください、好みのものも作りたいですから」

    その言葉に少し迷いを見せた男だが、青年が健気にも

    「作らせてください」

    とさらに言葉を重ねるものだから、男は観念したように口を開いた

    「オレは卵焼きは塩気が効いてるほうが好みなんだ、邪道なのはわかってるんだが醤油が多めに入った色の悪いやつが」

    「なるほど、確かに色合いを考えるとこうった場ではあまり出ないですね」

    「だろう? だから気にするな、この卵焼きはこれで正解だ」

    「わかりました、ありがとうございます」

    青年はにこにこと笑って膳を下げて部屋を出て行った
    この狭苦しい軟禁部屋に心地よい風が吹いたかのような心地になって男は再び文机に向かう

    「……伊月、か」

    漢字を変えて先ほど投げ出した主人公の友人の名前にした
    そこからは意外なほど筆が進み、予定していた三分の一を超えて半分ほどまで原稿用紙の空白は埋まった

    「先生、昼餉の時間です」

    また青年がやってきた、気づけば時計は正午をしめしていた

    「もうそんな時間か」

    「普段は昼餉にお出しすることは少ないんですけど」

    青年は膳を卓に乗せる

    「今日は良い山菜が手に入ったので山菜おろしそばです」

    男の目に光が宿るのを青年は見逃さなかった

    「お好きですか?」

    「ああ、麺類は手っ取り早くて良いのもあるが蕎麦が一番好きだ」

    これまでで一番上機嫌な男の様子に、青年も顔が綻ぶ

    実のところ昨晩まではどのような気難しいセンセイが来るのかと身構えていたのだ
    しかし対面してみれば、どこかだらしのない良く言えば親しみやすさを感じさせる男の様子に安堵した
    料理に対しての感想は適格で、傲慢でもない、それに卵焼きの好みを教えてくれた時の照れた表情に一気に心惹かれた

    手に職をつけて自立するために選んだ料理の道だが、こうして誰かのために作ろうと心から思えたのは久しぶりだった

    「よかった、今朝採りに行った甲斐がありました」

    「わざわざ採りにいったのか」

    「ええ、この時期はゼンマイやコゴミはもう無いですけどイワタバコやウワバミソウがあるので」

    「ありがたいな、このほろ苦さが旨い、大根おろしも辛みがあってサッパリする」

    上手そうに咀嚼し、そばをすすっている様子が子どものように無邪気でどこか可愛らしい
    青年にとっては親でもおかしくないほど年齢差があるのに不思議なものだな、と静かにまた微笑む

    「……」

    「先生? どうかされましたか」

    「その……おまえさんはよく笑うな、こんなに人と話すのも微笑まれるのも随分と久しぶりだから嬉しくてな」

    「先生が食べるところを見てると自然と、こうなってるみたいで」

    互いに気恥ずかしさに包まれて、しばらく無言になってしまった
    ぱち、と男が箸をおいて ごちそうさま、と言ってからやっとまともに目を見ることができた

    「おそまつさまでした」

    「ありがとう、夕餉も楽しみだ」

    「はい、楽しみにしてくださいね」


    そう言って青年は部屋を後にした

    もっとあの先生の喜ぶ顔が見たい、明日の卵焼きは好みだと言っていた醤油多めのものを作ってみよう
    そう思いながらの足取りは軽い

    その足音が遠ざかるのを確認して男はまた文机に向かう

    あの伊月という青年と話していると筆が進む、もし名前を使ったことを言ったら彼はどんな反応をするだろうか
    そう思うと、早くこの物語を書き終えて見せてやりたい 男はそう心に決めて万年筆を握りしめた


    おわり?
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