魔族と人間の和解が成立した世界。
魔王城からカイミーン城に出向して勤務をしている魔物がひとりいる。
魔王からも姫からも信頼の厚いその者は、魔王城では『あくましゅうどうし』、カイミーン城では『レオ様』と呼ばれている。
そんな彼の執務室での出来事だ。
彼は、明かりを灯しながら深夜まで書類を処理していた。
コンコン。
なぜか、扉をノックする音が聞こえる。
(こんな遅くに誰が?)
彼はすっくと立ち上がり、扉に手をかける。
ぐっと力を入れて押すと、その隙間に見えるのは甲冑を着た男。
カイミーン城の聖騎士、ミョウジョウだ。
彼は状況をすぐ把握し、笑顔で迎える。
「やぁ、さっき魔王城から戻ってきたのかい?」
「たった今だ。たくさん仕事を持って帰ってきた。手伝いたまえ」
仏頂面のミョウジョウが、大きなスーツケースを引きずって部屋に入ってくる。彼の机の下まで来ると、スーツケースをぱかりと開けた。取り出した書類をどんと机の上に置く。
「かなり大量にあるね。魔王様はお変わりないかい?」
ミョウジョウに渡された書類に目を通しながら、彼は尋ねる。どこからか椅子を持ってきて彼の対面に座ったミョウジョウは、机に元から置かれていた書類を手に取り、勝手にペンを拝借して処理しながら返答する。
「ああ、魔王は毎日楽しそうだ。そなたがいないゆえに少し寂しそうにしていることもあるがな。まぁ次に帰ったときはおはぎを大量に作って持っていきたまえ」
急にミョウジョウが手を止める。少し言いにくそうにモゴモゴとしながら、彼に尋ねた。
「魔王城の皆に尋ねられたのだが……姫様はいかが過ごしだろうか。勇者アカツキとの婚約がなかったものになった現在、公務にご熱心に励まれているのは聞いているが」
彼の口元から、さも想像がつくと言わんばかりに、フフ…と声が漏れた。魔王城を去ってしばらく経っても、姫の人気は変わらないようだ。
「姫も気がかりがなくなったからか、仕事に打ち込んでいるよ。あんまり根詰めてもいけないから、適度に休むように言っているけれどね。でも、暇さえあれば寝ているのはなんとも」
「そうか、姫様らしいな」
ハハハと声を上げて笑うと、ミョウジョウはすっと真剣な表情をつくり、彼を見据えた。
「で、どこまでいったのだ?」
「は?」
「姫様とだ。ここまで外堀を埋められて何もしていないはずはないだろうと魔王が言っていたぞ」
「ハァ!?」
真面目なミョウジョウに似合わぬ話が飛び出し、彼は甲高い声を上げた。一体何を聞かれているのか。
「姫様は毎日そなたの部屋に通っているのだろう? 実質、通い婚ではないか。結婚式の日程は決まったのか? それにしてもあの小さかった姫様が嫁がれる日が来るとは。感慨深いものがあるな……」
「ちょっ、ちょっと待ってやめて君! 何それ!?勝手に進めないで!」
どんどん進むミョウジョウの話に、彼は真っ赤な顔をして制止に入る。
「私は何もしていないよ!? ただ姫と一緒に過ごせるだけで十分だから!」
「ほぉ?」
ニヤリと笑うミョウジョウに、この食わせ者め、と内心で毒づきつつ、彼は口を開く。
「私は現状で満足しているんだ。魔族と人間の橋渡し役として君が魔王城に常駐しているように、私もカイミーン城に派遣されている。ほら、ずいぶんと魔物と人間は仲良くなれただろう? 君と私がこうやってざっくばらんに話ができるのも、以前では考えられなかった」
「そうだな。手練れとの評判でどんな悪魔かと思っていたら、見た目は若々しく行動はかなりの初心だ」
「はぁ!?初心?? 私はこう見えても結構高齢だけどね!?」
こうして彼と聖騎士の話は夜明けまで続くのであった。
(→この話の中で「魔王様と姫が築く世界を手助けできるんだから幸せだよ!」というレオさんの話に持っていってたのですが、ふたりきりの話にした段階でバッサリ削ったという)