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    muumuu_sya

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    muumuu_sya

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    テキストをお引越ししましたー!

    仮面舞踏会 プルルルル。プルルルル。
     数回ベルを鳴らしてつながった通信玉には、修道服を脱いでくつろいだ様子の従兄が映っていた。

    「従兄さんこんにちは。もしかして休憩中だった?」
    「あぁカモシュか。もう仕事が終わったから、部屋でゆっくりしてたんだ」

     穏やかな笑顔で従兄は答える。いつだって優しい、自慢のいとこだ。

    「あのさぁ、明日舞踏会を開くんだけど、帰ってこない?」
    「どうしたんだ、突然?」

     降って湧いたような話に驚く従兄に、僕は経緯を説明する。

    「実は、今回のは皆が仮面をつけて踊る、いわゆる仮面舞踏会ってやつなんだよね。それなら魔界で顔も知られている従兄さんも参加できるし、せっかくなら来てほしいなぁって」
    「いや、確かに非公式グッズとかにはされているけど、言うほど顔が知られているわけではないよ?」

     従兄は苦笑する。

    「それに、いくら仮面をつけていても、舞踏会みたいな華やかなところに私は合わないと思うんだけど」

     確かに。魔王城で修道士を生業としている従兄は、おそらく慎ましく暮らしているだろう。下手したら何百年と舞踏会に出ていないかもしれない。

    「従兄さんの気持ちもわかるよ。でもね、いい機会だから、母さんがいろいろと話したいんだって」

     僕は、とっておきの切り札を出す。

    「えっ、バアルおばさんが?」
    「ほら、前に悪魔の里へ帰ってきたときは、バタバタしていてゆっくり話せなかったでしょ? 大切な話があるとかないとか……」
    「なんだそれ!?」

     悪魔の大物一族の当主から大事な話がある――。従兄は不意のことで慌てているようだ。よしよし、やっと興味を引くことができた。
     ……実のところを知ったら、たぶん怒られるだろうけど。

    「ふふっ、来てからのお楽しみってことで。ほら、僕はこないだ魔王城に行ったんだから、来てくれるよね?」
    「うっ……それを言われると」
    「じゃあよろしくねー」

     ズル休みをした従兄の代わりを務めたという手札も使って、むりやりにでも来てくれるという感触を得る。
     僕は満面の笑みで手を振って、ぷつりと通信を切った。
     
     ―今回はどうしても来てほしかったんだ。会いたい人もいるしね。
     僕の脳裏に、従兄の部屋で会ったぼさぼさの髪をした女の子が浮かぶ。
     いま思えば、最初から「明日はおはぎがいい」だの、「ごめん、炊き込みおにぎり食べちゃった」だの、「いつもの老眼鏡壊れちゃった?」などと鎌をかけられ、ずいぶんと警戒されていた。
     そんな彼女が、よくわからない理由で急に実家に呼び出された従兄を、快く送り出すだろうか?
     ーさて、女性用ドレスの手配を母さんにお願いするか。
     
     
     
     次の日、簡単な鞄を抱えて屋敷の玄関口に現れた従兄は、予想通りひとりではなかった。

    「ごめん、姫にバレて一緒に来ることになった……」

     従兄の傍らに、旅装束を着た小柄な女の子が立っている。

    「ハジメマシテ?」

     にこやかに出迎えた僕に、たどたどしい口調で挨拶をする。すかさず従兄が反応する。

    「姫! 前に帰省したときに会ったでしょ!」
    「エ?」
    「はは、こんな服だからね」

     初対面の扱いをされても仕方がない。僕はすでに舞踏会用の衣装を着ているから、見覚えがないのも当然だ。
     黒地に金の刺繍が細かく施された服は、当主の息子たる威厳を持たせるが、少々窮屈ではある。

    「服といえば、ふたりとも着替えが必要だね。従兄さんの衣装は僕が見繕っておいたから。……ああ、キミ、従兄さんを衣装部屋に連れていってあげて」

     僕はそばに控えていた使用人を呼ぶ。流れるような所作で使用人は従兄の鞄を引き取り、「こちらでございます」と案内を始める。従兄は慌てて彼を引き止める。

    「ちょっと待って。姫は!?」
    「お姫様なら、僕が支度部屋へ案内するよ」

     従兄の問いに、僕は朗らかに答える。

    「お前が!?」
    「お姫様は丁重にご案内したいからね。じゃあ、後で従兄さんのところに行くからよろしくねー」

     使用人に連れられ、従兄は何か言いたげにチラチラと振り返りながら去っていく。それを僕は含みのある笑顔で見送り、手持ち無沙汰に立っている彼女のほうに向き直る。

    「さて、お姫様。部屋に案内するね」
     
     
     
    「君、こないだの、にせものレオくんでしょ。同じにおいがする」

     支度部屋のある、屋敷の上階へ向かっている道中。先んじて廊下を歩いていると、後ろを歩く彼女に話しかけられた。
     僕が以前会った偽物だといま気づいたのか、それとも最初から気づいていたのか。従兄の部屋で会ったときのように、感情の読めない顔をしているが、どうやらよい印象を持たれていないことはわかる。

    「覚えていてくれたんだね。先日はどうもありがとう」
    「急にレオくんを呼び出して、どうするつもり? レオくん、魔王城を辞めさせられるの?」

     親しげに話しかけても、鋭い眼差しで問い詰められる。やっぱり従兄を心配してついてきたようだ。

    「大丈夫だよ。従兄さんを魔王城から連れ戻したりなんかしないよ。お姫様の前からいなくなったりもしないから」
    「なら、いいけど」

     誤解を解くようになるべく真摯な姿勢を見せて返答すると、彼女の張り詰めた表情が少し緩んだ気がする。
     彼女は続けて口を開く。

    「ねぇ、〝お姫様〟っていうの、気になる。確かにカイミーン国の姫だけど、君が言うのは何か違う」

     この流れで思ってもいなかった指摘に、僕は目を丸くする。
     あれ? こないだ会ったときは、自分で〝お姫様〟って言ってたじゃん。
     ……もしかして、こう呼んでもいい?

    「じゃあ、ねえさん?」
    「君より年上じゃないよ」

     半分本気で言った冗談に真顔で返される。
     そうじゃないんだけど。
     思わずふふっと笑ってしまう。

    「じゃあ、姫」

     無難なところに落ち着いた呼び方に、姫は納得したようにこくんと頷く。

    「ところで、今日の仮面舞踏会のことなんだけど。姫は踊りに自信はある?」
    「王族だから、それなりには」
    「じゃあ、多少動きにくい格好でも平気だよね」
    「ぬ?」

     意図の読めない質問に対し、不思議そうに首をかしげる姫。僕は話を続ける。

    「姫、従兄さんを驚かせたくはない?」

     僕はおそらく、いいことを思いついて目を輝かせる子どものような顔をしている。

    「親切な悪魔のおばさんが、手伝ってくれるってさ」
     
     
     
     姫を件の場所へ送り届けてから衣装部屋に行くと、紫紺のコートに身を包み、準備がすっかり整った従兄が立っていた。

    「カモシュ、この服装は華美すぎないか? 素敵なんだけど、ちょっとものものしいような……」
    「従兄さんにみっともない恰好はさせられないよ」

     金、銀、さまざまな色が入り混じった糸の刺繍が細部まで施された衣装は、僕が見立てた通り、とても似合っている。体格のよさと振る舞いの美しさで、高貴な身分であることが一目瞭然だ。

    「本当はこのまま顔を出して舞踏会で見せびらかしたいくらいなんだけどね。えっと、仮面はどこに置いていたかな……」

     ごそごそと衣装収納を開き、目当ての仮面を探し出す。手渡すと、従兄は見るなり困った顔をした。

    「あぁ、この仮面、外からは目が隠れてしまうんだね。つけて踊る分には見えるけれども、これじゃ姫に認識してもらえないな……」
    「え? 彼女がどうかしたの?」
    「姫は服装が変わると誰が誰だかわからないみたいなんだ。目を見ればわかるらしいけれど、この仮面はすっかり覆ってしまうから」

     その答えで、以前抱いた疑問が氷解する。代行の際、よくわからないまま着用を指示されたサングラスは、姫除けだったのか。まぁ、まったく機能していなかったけれど。

    「そういえば、姫は!? カモシュお前、一体どこに連れていった??」

     ふと思い出したのか、先ほど引き裂かれた姫の行方を問い詰められる。

    「ああ、彼女はいま準備中だよ。母さんが張り切っているから、任せておいたら?」
    「は? バアルおばさん!? なんで!?」
    「なんでかなぁ?」
    「とぼけるな!!」

     僕が「従兄さんとお姫様は、とてもいい仲みたいだよ」と吹き込んだからとは言えない。
     実は、今回従兄が呼ばれたのも、そのせいだ。もう一回姫と話したいと母さんが言い出し、いまごろ姫は母さんの面接?を受けながら支度しているはずだ。

    「とにかく、母さんたちとは会場で会おうってことになっているから、のんびり待っていようよ」
    「え!? あの子は人間の姫で、何かあったら大変なんだよ!!」
    「大丈夫、いいことしか起こらないって」
    「は!? カモシュ、お前なんか企んでいるだろう??」
    「ほら従兄さん、もうすぐパーティーが始まるよ」

     いろいろ疑っている従兄の言葉を聞き流し、僕はあらかじめ部屋に置いていた自分用の仮面を手に取って、鏡の前でつけはじめた。
     従兄はひとつ大きく息をつき、これ以上の追及を諦めたかのように、仮面を自身の顔に被せた。
     
     

     舞踏会の会場となる広間は、一族の屋敷の玄関口から進んで、さらに奥に位置している。僕と従兄は、招待客の波に紛れ込んで、するりと中に入る。
     広間には既に大勢がいた。皆、華やかな服装で仮面をつけている。上流貴族ばかり招いたため、悪魔の里で開いたにしては、気品のあるひとが多い。

    「やっぱり、私は場違いだよ……」

     仮面で覆われた従兄の表情はわからないが、慣れない雰囲気にあてられているようだ。従兄が気分を悪くするのは本意ではないので、逃げるようにふたりで広間の隅へ移動する。
     社交的に話す貴族たちを横目に、僕は従兄をなだめる。

    「まぁまぁ従兄さん、最初だけいればいいみたいだから。母さんに挨拶したら、部屋に戻ってもいいんだって」
    「え、この中からバアルおばさんを探すの!? ……まぁ姫が隣にいるならわかるかな」

     従兄がさらっと怖いことを言う。従兄の部屋で見た人形と呪詛を思い浮かべて納得しつつも、割と鈍いところもあるのに本当にわかるだろうか? という疑念も持つ。
     そうこうしているうちに、細く長いオーボエの音色が聞こえ、次に管楽器の調律音が広間に響きはじめた。演奏のために招いた楽団の準備が始まったようだ。
     しばらくすると調弦に移り、次第に音が大きくなる。
     そろそろ一曲目が始まりそうな気配だ。だが、従兄が執着している小柄な女の子が会場にいる様子はない。彼女を連れてくる予定の、母の姿も見当たらない。
     さて、困った、どうしようかと思案していると、前方からひとりの女性が近づいてきた。
     全身が黒づくめで、まるで夜の化身が現れたかのような悪魔だった。帽子と仮面ですっかり顔を隠しているが、細身でかなり上背がある。星のような輝きを散りばめたドレスが、透明感のある肌によく映えている。肩がざっくりとあいていて露出も高く、くねくねとしたしっぽが見え隠れする腰のラインにかけて煽情的な香りを漂わせている。
     女性はすっと従兄の前に立ち、思いがけない出来事に戸惑っている従兄に、長手袋をつけた手を差し出す。

    「レオくん、エスコートしてくれない?」

     それは先ほど聞いた、涼やかな声色だった。

    「……え、その声は、姫!? その姿どうしたの??」
    「なんか、魔術をかけてもらった。踊りやすくなるんだって」
    「ぜ、ぜんぜん違う姿じゃないか……!」

     従兄の声が上ずっている。予想していなかった姫の変身に、動揺が見て取れる。

    「私だってわからなかった?」

     姫は仮面や帽子やらで重そうな頭を傾ける。従兄は間髪入れずに答える。

    「そうだよ!! 悪魔だし、顔も髪も見えないし、背も高いし、色気もすご……じゃなくて! とにかくそれだけ変わっていたら誰だってわからないよ!」
    「ふーん。私はどんな姿でも、レオくんだってわかるよ」
    「……え? そういえば、今は仮面をつけてる……」

     自身の顔を触って仮面がついているのを確認した従兄は、その場で呆然と立ち尽くしている。姫はそれを意に介することなく、楽団の様子を伺っている。

    「あ、指揮者がタクトを上げた。曲が始まりそうだよ。レオくん、手を取って」
    「えっ!? ちょっと待って姫!」

     姫に急かされた従兄は慌てて片膝をつき、下から姫の手を取った。
     打楽器と弦の低音がドンと響き、ワルツのリズムが舞踏会の始まりを告げる。仮面をつけて自由に歓談していた貴族たちは、華やかな音楽に合わせて一斉に踊りはじめる。
     明らかに場慣れしていない、ぎこちない動きの従兄は、姫に指図されるがまま空いた場所に進み、ゆっくりとステップを踏みはじめた。たどたどしい動きだが、貴族の嗜みとして教えられたことは覚えているようだ。
     ふたりの行く先を見守っていると、ひときわ派手なドレスを着た女性が寄ってきた。仮面をつけていてもわかる。母だ。

    「母さん、すごく張り切ったんだね。全然わからなかったよ」
    「ほらぁ、あの子小柄でしょお? レオナールと一緒に踊るには、もう少し身長があったほうが踊りやすいかなぁって。背の伸びる魔術をかけて、ついでに悪魔っぽく見えるようにチョイチョイってしたらぁ、あんな見事に色っぽくなっちゃった」

     母には、姫を別人のようにドレスアップしてほしいと事前に依頼していた。あまりにも変わりすぎていて、近寄ってきても気づかずにちょっと焦ったくらいだ。知っていた僕ですら驚いたのだから、まったく知らなかった従兄の驚きといったら! 僕のささやかないたずらは大成功したと言えるだろう。
     舞踏会という形式上、突っ立っているのも憚られるので、僕は母と踊りはじめた。ゆるくステップを踏みながら、母は語る。

    「支度のときにあの子と話したの。人間の姫という話だけれど、堂々としたいい子ね。いつもレオさん手作りのおはぎを食べているそうよ」
    「ふふふ、想像できるなぁ」
    「あとねぇ、寝るのが大好きなんですって。レオさんがいい匂いがするからってよくベッドを借りているらしいわ。さすがに聞いてて照れちゃったわぁ」
    「わかるー」

     母は、踊るふたりのほうへ目を遣る。
     当初の不自然さはどこへやら、ふたりは軽やかな足取りで、華やかな旋律に合わせながらくるりくるりと回っている。

    「仮面をつけているから表情はわからないけれど、息がぴったり。とても楽しそうね」
    「でしょ? どう?」
    「あなたの言う通り、レオナールは本当に幸せそう。今日会えてよかったわ」

     紫紺のコートと夜色のドレスに身を包んだふたりは、まるで世界にふたりしかいないように、踊り続けている。
     とても美しい、絵になる光景だ。

    「うん、僕も会えてよかったよ」

     願わくば、ずっと見ていたい。いつまでも続く、ふたりの世界を。
     
     
     
     一曲目が終わり、僕の隣にいる母に気づいた従兄は、挨拶のために近づいてきた。ただ、こちらとしては用件はすでに終わっているようなものだったので、たわいない会話を楽しんでいると、何かを察したのか従兄は姫とともに早々に広間から消えた。
     舞踏会が終わった頃には、ふたりは従兄の部屋にいて、すっかり元の服に戻っていた。姫の魔術も解けていて、当たり前のように従兄のベッドに横たわり、寝息を立てている。
     従兄は部屋に入ってきた僕を見るなり、小言を言ってきた。

    「はぁ~、何だったんだこの帰省は。呼び出されたのに、おばさんの用事なんてほとんどなかったじゃないか! 舞踏会の軽食に炊き込みおにぎりが用意されていたのはうれしかったけど」
    「でも、姫と踊れて楽しかったでしょ?」

     僕はにやりと笑いながら尋ねる。

    「カモシュお前なぁ!」

     予想通り怒られる。「それにしても姫の変身に気づかないとは不覚……姫には私がわかったのに……」などとぶつぶつ言っていたが、従兄はふと眉をひそめて僕に問いかける。

    「ん? 前回代行を頼んだときは、姫に見つかってないんだよな!?」

     そのことにようやく気づいたようだ。
     でも、それは姫に聞いてほしい。僕は教えない。

    「どうだったかな。そういえば従兄さん、帰りも列車だっけ? 時間は平気?」
    「え? あ、そろそろ乗らないと! 姫! もう行くよ!!」

     うまくはぐらかすことができたが、時間に余裕がないのに気づいたのか、急に従兄はバタバタしはじめた。
     ぐっすり寝ている姫を揺さぶり起こすと、姫は「ぬー」とひと鳴きしてふらふらと立つ。その髪は、狙ったかのようにぐちゃぐちゃに乱れている。

    「もう、髪がぼさぼさだよ! いったいこの短時間でどんな寝方したの!?」

     世話焼きの血が騒ぐのか、従兄は姫から当然のように渡された櫛で、姫の髪を整える。

    「じゃあカモシュ、また連絡する!」

     片手に鞄を抱え、片手で半ば寝ぼけている姫の手を引き、従兄は屋敷から飛び出していった。

    「うん、従兄さん、待っているよ」

     僕は去りゆく後ろ姿に声をかける。お世話する従兄に、お世話される姫。これじゃあ、本当におじいちゃんと孫だなと思いながら、微笑ましく見送る。
     
     まぁきっと、髪をとかすのも、容易に身体に触れるのも、許されているのは従兄だけだろうけれど。
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