かえんどくりゅうとサンドドラゴン ドラゴン族の長の娘、ゼツランが秘密裏に魔王城にやってきてから、しばしの年月が流れた。
そんなある日。
ゼツランは大粒の涙を流しつつ、住処としている部屋へ戻ってきた。
彼女は声を詰まらせながら語る。
「タソガレにっ……! 認められたのじゃっ……!」
魔王城に潜んで以来、囚われの人間の姫・スヤリスと極秘で行っていたでびあくまの訓練が、ようやく魔王タソガレの目に留まったようだ。
「よかったですね、お嬢」
ほろほろと泣いているゼツランを前に、ポーカーフェイスの男が一人。十傑の一員であり、かつドラゴン族で彼女の父の配下にあるサンドドラゴンだ。
穏やかに話しかけた彼は、すっと手を持ち上げて眼鏡の位置を直した。
「きっとお嬢の株が上がりましたよ」
軽口を叩いて、魔王と彼女の再会を喜んでいる風を装う。
自身の心をひた隠しにして。
――お嬢、すみません。本当はお嬢が魔王様と再会したのを心から祝福できないんです。
だって私はあなたに……惹かれているんですから。
次の日。
昨日の今日で気合が入っているのか、ゼツランはでびあくまの訓練に行っている。
誰の視線も気にすることがない。
サンドドラゴンは一人の時間を、ただ石積みをすることに費やす。
心を安定させるときによく行うことだ。
そこへ、扉がギギギと開く音がする。
現れたのは、巨大な体躯を持つ赤い龍だった。
「ちょっといいか? おっ、また石積みしてるのか。忘れたいことでもあったか?」
「う……そんなことはないですよ。いつ何時でも平常心を保つ修行です」
かえんどくりゅう。クーロン島時代からゼツランとサンドドラゴンに馴染みのあるこの男が、急に話を切り出してきた。
「ところで、昨日の話なんだが。魔王様に認められたってお嬢が喜んでいたけどよ」
「はい、そうでしたね」
サンドドラゴンはなんともないように相槌を打った。だが、その実は何を言われるのかドキドキしている。
(もしかして、私の感情に気づかれてしまったのでしょうか……?)
しかし、かえんどくりゅうが継いだ言葉は、予想とはまったく異なるものだった。
「あのよ……お嬢の感情なんだけど、アレ、アイドル崇拝と一緒じゃねぇか?」
「……はい?」
どうやら、かえんどくりゅうは隠し通しているサンドドラゴンの心情を察した訳ではなさそうだ。
「イヤ、魔王様に会えたー! うれしいー! って騒ぎ方がさ、オレにはアイドルの追っかけに見えてな?」
かえんどくりゅうは、身近にあった椅子にどすんと座ると、腕を組んで宙を見た。
「だいたいお嬢、ずっと魔王様に会ってなかったわけだし、今の魔王様のことをあまり知らないよな?『ちちうえーちちうえー』って言ってる姿も」
「確かにそうですね」
サンドドラゴンは頷く。魔王のファザコンぶりは彼も目撃している。いつぞやは父からもらったTシャツを満面の笑みで握りしめていた。
「となるとだ、もしその姿を見たお嬢が取る行動は、二パターンだ」
「はぁ」
「一、幻滅する。二、構わず崇める。そのどっちもが、結局お嬢がこのまま魔王様に想いを寄せてもイイことがないように思える」
「と、いいますと?」
かえんどくりゅうは、目を閉じてため息をついたかと思うと、今度は真剣な様子でじっとサンドドラゴンを見た。
「一言で言うと、お嬢の気持ちは届かない。あの鈍感魔王様には、届いたとしても今のところウシミツ様や改に向ける感情以上にはならないだろう。それくらい、魔王様はピュアで疎い」
「はぁ、そうなんでしょうか」
「ん? オマエ、反応が薄いなぁ」
「魔王様と私は歳が近いので、想像がつかなくてなんとも言えないのですが……」
「そうだな。お嬢とも同じ歳のオマエだもんな。ってことでだ」
「はい」
かえんどくりゅうは立ち上がり、がしっとサンドドラゴンの両肩をつかんだ。
「お嬢を誘導してくれないか? 魔王様を自然と諦めるように」
「え!? お嬢を傷つけるようなことは私にはできませんよ!!」
「なぁに、ただ現実を知ってもらうだけだ。頼んだぞ」
慌てふためくサンドドラゴンに対し、かえんどくりゅうは言うだけ言って巨体をさっそうと翻して部屋を出ていってしまった。
ひとり取り残されたサンドドラゴンは、彼が消えた方向をじっと見つめてつぶやく。
「かえんどくりゅうさん……無理難題ですよそれは……」