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    muumuu_sya

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    265夜のあとのおはなし

    きみは知らない「あれ? このおこわ、いつもより柔らかいんだねぇ」
     あくましゅうどうしの私室。例に漏れず穴から侵入したスヤリス姫は、定位置のソファに座って日課のおやつを食していた。
     今日は秋の味覚がたっぷり詰まった炊き込みおこわだ。魔王城近辺で採れた栗に香りのよいきのこなど素材は美味だが、米の水気が少し多い。
    「ああ、ごめんね。ちょっと考えごとをしていたら、水の分量を間違えてしまってね」
     対面に座っているあくましゅうどうしが申し訳なさそうに肩を落とす。
     そういえば最近の彼は、ずっと元気がない。きゅっと背中が丸まって、長身のはずなのになぜだかとても小さく見える。
     ……気になる。
     おこわをぺろりと平らげてから、お皿を片付けるべく立ち上がる。あくましゅうどうしから顔が見えない場所に移動すると、何気なく話を振ってみた。
    「レオくん、何かあった?」
    「ひへぇっ!? な、何もないよ!?」
     上ずった声が聞こえる。なんとあからさまな反応だろう。見えなくてもどんな顔をしているのか、ありありとわかる。
    「何かあったんだね? おとなしく自供したほうがいいよ?」
     ちょうどよいところに、作業机用の照明があるのを目に留める。姫は通りがかりにがしっとつかむと、丸い電球をあくましゅうどうしに押し付けた。
     白い光に照らされた彼の顔は、見るからに青い。
    「何これ取り調べ!?」
     そういえば先日も魔王に同じことをしたな、と姫は思い出した。魔王は照れながらも、姫が問い詰めたことについて快く語ってくれた。
     しかし、こちらのヤギさんは、簡単にはいかなそうだ。悲鳴を上げ、横に長い瞳孔をキョロキョロと動かし、隙あらば逃げ出そうとしている。
     逃すものか。
     姫がキッと鋭い目を向けると、あくましゅうどうしは震え上がった。ようやく彼は観念したらしい。視線を落とし、ポツポツと語り始めた。
    「……いや、姫が私の過去の映像を見たって聞いたから、恥ずかしさで消え入りたくなってね……」
     色白の肌をさらに白くさせて話す彼に、姫は眉根を寄せる。
    「え、そんなことで数日間も落ち込んでいたの?」
    「だって、その……私が無鉄砲だったころの姿なんて、あまり見せたくはなかったし……姫だってびっくりしたんじゃないの?」
     伏し目がちにしながらも、あくましゅうどうしは姫の様子をチラチラと伺っている。
     姫は照明を元の位置に戻すと、再びソファに腰かけた。
     彼が気にしているような感情――おそらくは、驚きや軽蔑――など抱くはずがない。誤解されないように、まっすぐに彼を見る。
    「私はただ、師匠の眠りを邪魔すると痛い目をみるんだなぁとしか思わなかったけど? あと、師匠を見習って睡眠時には罠を仕掛けることにした。これできっと私の眠りも邪魔されない」
    「そ、そっかぁ!!」
     話を聞くあくましゅうどうしの顔が、ほっとひと安心したようで緩む。ただ、口元がどことなく引きつっている気もする。続けて「姫の反応は、マザーくんも想定外だったんだろうな……」と囁くのが聞こえた。もちろん、さらりと流す。
     さて、姫の真意が伝わり、これで話は終わるかと思いきや。
     みるみるうちに再びあくましゅうどうしの顔が曇っていく。懸念事項はまだあるらしい。
    「……あとね、姫は私が墓になった映像も見たでしょ?」
     反応を探りながら話を切り出すあくましゅうどうしに、姫は小首をかしげた。
    「それが何かあった?」
    「……いや、見たんだなぁと」
     映像以外の何を見たというのか? 
     ピンとこない姫の視線から逃げるかのように、あくましゅうどうしはうつむく。少しの間をあけた後、苦しそうに次の句を絞りだした。
    「私の本名を」
    「……」
     彼の言葉に、姫はわずかに目を見開く。
     そしてひとつ、ふぅっと息をついた。
     ――おそるおそる、上目遣いに切り出した話がそれだとは。
     姫は小さく口を開くと、淡々と確認する。
    「レオくんは、私が知らないと思っていたんだね」
    「えっ!?」
     明らかに動揺するあくましゅうどうしを横目に見ながら、姫はおもむろに手を伸ばした。先ほどおこわを食す際に、一緒にテーブルに置いていた湯呑みを持ち上げる。
     ごくりと一口飲むと、いつもより濃いのか苦味が口の中に広がった。
     少し離して魔ほうじ茶の茶葉が沈んでいるのをじっと眺めながら、しみじみ思った。
    (レオくんの本名なんてとっくの昔に知ってるし、レオくんについて知らないことなんてないと思っていたのに)
     当の本人は、おろおろしながらこちらを見ている。姫にどう思われているのかを、ただ心配しながら。
    (その反応は思いもしなかったよ)
     視線を落としたまま、口元をきゅっと持ち上げる。
     わずかな微笑みに、焦るあくましゅうどうしはまったく気づかない。
    (きみはこんなに仲良しなのに、私が名前だけでなく、きみのすべてを把握していることを知らないんだね)
     湯呑みを近づけてもう一口飲む。味に慣れたのか、今度は甘く感じられた。
     この鈍感な彼に、姫の知っているあれやこれやを、そろそろほのめかしてもよいのかもしれない。
     姫は湯呑みを下ろすと、今度は面と向かってにっこり笑った。
    「私の中では、どんなレオくんでもレオくんだよ。ふわふわお耳も寝心地グッドだし、いい匂いに包まれてベッドで寝るのも最高だよ? あっ! 今度ライブに行くときは私も連れていってね」
    「へ? ……待って姫、今何て?」
     あくましゅうどうしの動きがぴたりと止まる。
     だが、これ以上は教えない。今は。
     姫はソファにかけてあったブランケットを手元に寄せた。ふわりと漂う香りに鼻腔も心も満たされながら、胸元にかけて横になる。
    「おなかが満足したからひと眠りするね。おやすみ~」
    「え、ちょっと姫! ねぇ姫! 今何か言ったよね!?」
     声の主は動揺して語りかけ続けているが、その響きは心地がよい。いくら騒がしくしていようが、素敵な睡眠にいざなってくれる。
     
     真相を確かめたいあくましゅうどうしの叫びを子守歌にして、姫は夢の世界へと落ちていった。

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