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    6rocci

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    6rocci

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    特典バレ

    ぺー安+三ツ谷「三ツ谷ァ、オレのトップク直った?」
    「あーもうちょい。つーかぺーやんは雑に着るからすぐほつれんだよ。家でちゃんとハンガーかけてる?」
    「そのへんにポイしてる」
    「おい。次ほつれても直してやんねーぞ」
    「だってめんどくせーだろ」
    「直してるオレの方がどう考えてもめんどくせえだろ。ったく今日中に直すから、放課後手芸部まで取りにこいよ」
    「えっ」
    「? なに」
    「いや……」
     さっきまでの元気はどこへやら、林は三ツ谷から露骨に視線を逸らした。当然それは「手芸部まで取りに来い」と言われたからで、いや、別に、それはいいんだ、取りに行くのは。
     問題は林があの手芸部のドアを開けるたびに怒鳴りつけてくる、おさげの同級生である。
    「アイツ苦手なんだよなぁ……」
    「アイツ……って、ああ、安田さん?」
    「オウ……」
     あからさまに声も身体も小さくなる林を前に、三ツ谷がぱちりと瞬きをする。それからすぐに聞こえてきた「ははっ」という軽快な笑い声に、林はむっと口をとがらせた。
    「なに笑ってんだ三ツ谷テメェ」
    「いやぁだって、天下の東京卍會三番隊副隊長様が、女の子一人にこうなっちまうんだもん。おもしれーよ」
    「おもしろくねぇーよ」
    「はいはい」
     三ツ谷が楽しそうにけらけらと笑う。明らかに楽しんでいるようだったが、林張本人からすればとても笑えたことではなかった。
     別に女の子が苦手なわけじゃない。どちらかといえば女の子のほうが柄も悪く声も怖い林を苦手にしているから、そもそも普段あまり接点がない。
     だが安田にいたっては林を見るなり睨みつけてくるわずけずけと物申してくるわ部長をたぶらかさないでと詰め寄ってくるわで、なんかもうマジでどうしていいかわからない存在なのだ。
     そして極めつけは──。
    「まあ、ぺーやんは一回安田さん泣かせてっからな」
    「うっ」
    「また軽率なこと言って泣かせちまいそうで怖ぇーんだろ」
    「う……」
     しおしおしお、と176センチある背丈が小さく丸くなってしおれていく。そう、なにもかも三ツ谷の言うとおりで、手芸部創設時に林が何気なく言ったひとことで安田が泣いてしまった……それが林の中でずっと引っかかっていた。
     後から考えれば確かに悪いことを言ってたかもしれないと思うのだが、その時は本当に、傷つけてやろうとか意地悪してやろうとか、そんな気持ちまったくなかったのだ。
     なのに目の前で女の子が泣き出してしまって、あの時のさーっと血の気が引いていくような嫌なドキドキは今まで一度も感じたことがない。喧嘩で窮地に立たされた時でさえあんなに嫌なドキドキはなかった。しかもそれから安田は林を避けるどころか突っかかってくるようになってしまい、……なんかもうマジでどうしていいかわからない存在なのである。
    「ちゃんと謝れば?」
    「は?」
    「謝ってないから気まずいんだろ。悪いことしたと思ってんなら謝った方がいいよ」
    「……いや、まあ、オウ。まあ、オウ……」
    「はは、なんだよそれ。こういうのって時間経つほど謝りにくくなるし、早いほうがいいと思うけど」
    「わかってるワ。うるせーな三ツ谷は」
    「はいはい」
     まぁ好きにしろよ、と三ツ谷が肩を竦める。むかつくが、三ツ谷の言うことはもっともだ。もっともすぎて素直になれない部分もあれば、単純に林は謝るという行為が苦手だった。あれからもう三か月以上経つし、今さらという気持ちも拭えない。
    (……でもな~)
     あの泣き顔が、いつまでも頭の中から消えない。
     昼休みの今から数時間後の放課後が憂鬱になって、林はがっくりとうなだれた。

     *

     そして放課後。
    「……あれ?」
     意を決して手芸部のドアを開けた。オレも男だ。やる時はやる。逃げるのは性に合わねえと自分を奮い立たせ、覚悟を決めてここまでやってきた。
     なのにドアを開けても誰も来ない。いつもなら真っ先に安田が、なんなら林がドアを開けるよりも早く「ちょっと林君!!」と怒鳴りつけてくるというのに、今日はその気配がない。
     部室を見渡しても林に無関心な女子たちが各々自分の作業に集中していて、林はきょとんと首を傾げた。
    「ぺーやん」
    「うおっ、三ツ谷」
     死角から声をかけられびくっと肩を浮かす。そこには折りたたまれた林の特攻服を持っている三ツ谷がいて、林は腰を曲げぼそっと三ツ谷に耳打ちした。
    「……アイツは?」
    「あー、安田さん? 今日休みだってさ」
    「……なんで」
    「風邪」
    「かぜ……」
     ……かぜ、か。いや別に驚くことじゃない。風邪くらい誰だって引く。脳みそ真空パックのパーちんですら年に一度は引くんだから、安田みたいな細っこい女子が引いてもなんら不思議じゃない。
    「なに。心配?」
    「ハァ!?」
     ニヤニヤと三ツ谷がからかうような笑みで見上げてきて、林は肩をいからせた。
     ししししし心配? 誰が誰を。オレがアイツを? んなことあってたまるか!
    「むしろいなくてせいせいしてんワ! 普段からいねーほうが静かでい──」
    「ちょっと林君!!」
    「うおっ!?」
     ビクーーッ、と背筋がピンっと伸びる。ふいに背中を押してきた強烈な怒鳴り声に、反射的に振り返った林は思わず後ずさった。──安田だ。
    「はっ!? なんっオマエ、今日風邪で休みじゃ──」
    「は? 風邪なんか引いてないよ。ていうか今なんで部長のこと怒鳴りつけてたの? もしかして喧嘩? 部長を傷つけたら私が許さないから!!」
     ぶふっ、と後ろで三ツ谷が吹き出す声が聞こえる。その一瞬で林はテメェ三ツ谷はかったなとぶちぎれそうだったが、今その怒りに任せて三ツ谷にキレ散らかせば相乗効果でさらに安田がキレるのは明々白々だった。
     ──そんなん怖すぎて無理だ。
    「ちょっと林君! 聞いてる!?」
    「いやっ、あ、オレは別に……っ」
    「あっはははっ、ごめんごめん、そう怒んないでよ安田さん。オレがぺーやんを呼んだんだ。それにからかったのもオレだからさ」
    「……そうですか? 部長がそう言うなら……」
     ぎろ、と丸い目がものすごい勢いで自分を睨みつけているのがわかる。怖くて目を合わせられないがわかる。三ツ谷に対しての口調とこの刺すような視線。明らかに別人格だ。
    「それよりぺー、安田さんに言いたいことあるって言ってなかったか?」
    「はっ!?」
    「林君が私に?」
    「テメェ三ツ谷……っ」
     ぶっ殺す、と殺意を込めて三ツ谷を睨みつける。けれどとうの三ツ谷はにっこりと手芸部の女子に向けるようなやさしい微笑みを浮かべていて、ここで下手を打てば安田に今以上に嫌われるのは確実だった。いや別に嫌われてもいいけどまた手芸部に来るたびに怒鳴られるのはごめんだ。
    「──コッ、」
    「?」
     声が上ずる。
    「……この前は……」
    「? この前って?」
     林の言葉に、安田はきょとんと首を傾げた。ああそりゃそうだ。改めて話したいことがあるってだけでも不可解なのに、あれから三か月も経っててそれから何度も顔を合わせてんのに「あの時はゴメン」なんて、「今さら何」って思われても仕方がない。
     それでも三ツ谷の「謝ってないから気まずい」というのはそのとおりで、林自身、「謝らないといけない」という意識はずっとあったのだ。
     謝ったからといって泣かせたことが許されるわけではない。許してくれたとしても泣かせた事実は消えない。でもゴメンって言わなきゃ。
     ああもうほんとなんでオレあの時あんなこと言っちまったんだ、言っても信じてもらえねえかもだけど泣かせるつもりはなかったしましてや傷つけるつもりなんて、ああとにかく、とにかく。
     あの時は。
    「…………………………………泣かせてゴメン」
    「え」
    「お」
    「っじゃーな三ツ谷!!」
     バッ、と三ツ谷の手から特攻服をひったくる。それからバタバタと手芸部を出ていき、後ろから「ちょっ林君!」「ぺーやん!」という声が聞こえてきたがとてもじゃないが立ち止まれなかった。だって心臓がやばい。きっと今振り返って安田の顔を見たら死んでしまう。
     林はものすごい勢いで廊下を走り、その足で林田のところまで向かった。バカなことを言って安心させてほしかった。
    「あーーっ言ってやったぜ!!」
    「は?」
     林田のクラスに入るなり大声で叫ぶ。ずっと喉につかえてた気持ちがきれいに消化されて、顔は熱いわ心臓はバクバクだわで熱でも出たかと思ったが、それで気分は晴れ晴れとしていた。
     でも次の日手芸部に行ったら安田にはやっぱり怒鳴られた。話が違ぇゾ三ツ谷。
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