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    小説をポイポイしまくります
    主にこたきよ,傭占しか勝たん人間です

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    こたきよ🔞

    恋は盲目と言うけれど――男子寮で、男同士で付き合ってるやつっていないの?

     男しかいない環境では、『そういうこと』が起こり得るんじゃないかと興味津々で聞いてくる女子がいる。女の子というのは不思議な生き物で、同性と同性が惹かれ合うことに興味を覚えるらしい。男同士?想像しなくたってうげげと顔が歪む。ただ、女の子同士がキスしていたら……と想像すると、まあ確かに不快感は覚えないし、どっちかが自分とキスしてくれればいいのになくらいには思うので、異性ならそんなものなのだろうか。
     話を戻せば、男同士一つ屋根の下で暮らしていても、同性に性的な興味を抱くことはない。
     これはあくまでも、自分の考え方だけれど。
     少なくとも小太郎に対して同性が好きだとカミングアウトしてくる友人はいなかったし、周りでそういう噂を聞いたことはなかった。
    ――……あの日、ルームメイトが深刻な顔で相談を持ちかけてくるまでは。

    「隣の部屋の三年いるだろ?バスケ部の」

     部活動を終えて夕食も済ませ、風呂にも入って、あとは宿題を放ったらかして眠気が来るのを待つだけの一日で一番自由な時間、消灯間際。
     小太郎が二段ベッドの上段で寝転がって雑誌を斜め読みしていた時、突然、ルームメイトがそんなことを問いかけてきた。小太郎はちょっと体を起こして落下防止の柵から首を伸ばして下を見る。二段ベッドの向かいの勉強机から、椅子に座ったままの清春がベッドの方を見上げていた。

    「なんか言われた?」

     清春は敵を作りやすい性格だ。……否、語弊がある。はっきりものを言わない方なので、本人が気付かない内に、本人の意思とは裏腹に敵を作ってしまっていることがあるのだ。
     清春は首を横に振った。

    「いや、……こたは、何か……思うことあるかなと、思って」
    「……なにか?」
    「あの人達について」

     隣の部屋はバスケ部三年の二人部屋なので、あの人達、というのはその二人のことを言っているのだろう。

    「んー……部活も違うし、ほとんど喋ったことないからなー」
    「……そっか」

     やけに歯切れの悪い様子で清春は俯き、そのまま喋らなくなった。清春がこんなにうだうだとしている様子は珍しい。ただ事ではないとすぐに察して、小太郎は読んでいた雑誌を閉じた。

    「なんかあったの?」
    「いや……何もない、けど」
     その険しい表情は、どう見たって『何もない』顔ではない。
    「きよ、そんな顔してやっぱ何もないなんて通用しないよ」

     清春はぐっと言葉に詰まった顔をして唇を噛んだ。そのままじっと小太郎が無言を貫いていると、清春は諦めたように溜息を吐いて語り始める。

    「……たぶん、隣の部屋の二人は……付き合ってる、というか……そういう、関係だと思う」

     神妙な面持ちでそう言う清春の言葉を、小太郎は一瞬理解出来なかった。瞬きを二三回、それでやっとストンと頭に落ちて、体をゆっくりと起こす。

    「えーっと……つまり、男同士でデキてる、と?」

     丸い頭がこくりと頷いた。

     他人の恋愛話というのは真面目な展開であればとてもデリケートなものだし、それが同性同士ともなればなおのこと茶化せるような話題でもない。小太郎はベッドの上であぐらをかいたまま悩むように小さく唸った。
     それにしても大変デリケートな……
     いや、デリケートがすぎる問題である。
     じっくりと考えて、言葉を選ぶ。

    「……まあ、人の恋愛はそれぞれだし……」
    「俺だって偏見がある訳じゃない」

    清春が心外とばかりにきっぱりとそう言うので、小太郎も驚いて動きが止まる。
     意外だった。では、一体何の問題があるというのか。清春は首を横に振ってまた歯切れ悪くモゴモゴと呟いた。

    「声が、聞こえるのが嫌」
    「声?」
    「……っ、声だよ。こたは聞こえたことねえの?」
    「だからどんな声だよ」
    「……喘ぎ声みたいなやつ」

     ゴンッ!と盛大に天井に頭をぶつけて小太郎がベッドに沈む。
     寮の部屋は二段ベッドが設置されているので天井がやや高めに作ってあるが、小太郎は元々身長が高いので、座ったままベッドで跳ねれば余裕で天井に頭をぶつけられてしまう高さ。
     うるせえぞと清春が怒っているのが聞こえるが、小太郎は頭頂部の痛みと衝撃でそれどころではない。

    「いっ、てえ……、ま、まじで……?」
    「まじです。……あー、こたは布団に入って三秒で寝れるもんな。聞いたことないよな」

     嫌味たっぷりで清春が説明するにはこうだ。
     金のかかった寮だけあって元々壁はそんなに薄くはないが男の低い声はよく響くので、喋り声だか囁き声だかそういうものが以前から清春は気になっていたのだという。
     それが二週間くらい前から、明らかに喋り声でも笑い声でもない音が交じるようになって、その声は明らかに最中のそれ。
     そんな声が三日おきくらいの頻度で聞こえてくるので、とうとう辛抱耐えかねて小太郎に相談してきたということらしい。
     小太郎は頭をさすりさすりハシゴを伝って下に降りた。下段のベッドに座ると、勝手に自分のベッドに腰を下ろされた清春はちょっと嫌な顔をしたが小太郎のことを非難はしなかった。
     清春は小太郎に向き合って、拳を突き出してくる。

    「こた、じゃんけんして負けた方がもう少しボリューム下げてくださいって言いに行くことにしよう」

    「こた、じゃんけんして負けた方がもう少しボリューム下げてくださいって言いに行くことにしよう」
    「は、はあ?無理だ!絶対無理!」

     ひどい巻き込み事故である。そもそも小太郎はその喘ぎ声とやらを聞いたこともないし、清春から聞かなければ気付くことすらなかったかもしれないというのに。
     小太郎を巻き込んだ清春はというとニヤニヤ笑いを浮かべながら片手をひらひらさせている。

    「連帯責任だぞ、はい、じゃーんけー……」
    「待った!」

     清春が出そうとした最初のグーを小太郎は慌てて手のひらで制した。このままだと清春の巧妙な巻き込み事故の被害に遭ってしまう。
     簡単に転がされることだけは阻止しなければ。もうまるまる一年以上もルームメイトをやっているので清春の考えていることなら大体は分かる。

    「俺は、まだその喘ぎ声とやらを聞いたことがない」
    「いつも三秒で寝てるからな」
    「…………なんにせよ、ことを急ぐべきじゃないでしょ。清春は前から隣の部屋の喋り声が気になるって言ってたけど、俺は気になったことないし……少し神経質になってる可能性もある」

     むっと目の前の眉間に皺が寄ったのを見て小太郎は間髪入れずに話を続けた。

    「違うよ?清春が嘘をついてるって言いたいわけじゃない。でも、俺はまだ事実を確認できていないから、それを確認してから動きたいなって話だよ。
    慎重にいかないと。清春も三年と揉めたくないだろ?」
    「……まあ、そうだけど。とにかく、喘ぎ声は聞こえる。これは事実だ」

     一応という感じで頷きはしたものの、清春は不服そうだった。何のオブラートにも包まない清春の言葉に頭がくらくらしてくるのを感じて小太郎は何度も頷く。
     清春を意固地モードに入らせる訳にはいかない。なにせ意固地モードの清春は本当に人の話を聞かないのだ。
     とりあえず、次にその怪しい声が聞こえてきたら小太郎もその声を確かめ、

    『どういった騒音なのか』

     を二人分の耳で冷静に判断する、その上で隣に言いに行くなりなんなり対処を考えよう。
     そんな作戦を立てて、小太郎はなんとか清春を丸め込んだ。
     小太郎は隣の部屋にあまり意識を向けたことすらなかったので騒音はおろか、喘ぎ声なんて聞いたことがない。
     一連の話を聞いた後でも清春の言うことがにわかには信じられなかったが、清春の表情は大真面目だった。

     ひとまず話を切り上げて自分のベッドに戻ってからも、いつもは気にならない壁の向こうがやけに気になって、小太郎はなかなか寝付くことが出来なかった。
     いつも寝る時はどっち側を向いていたんだっけ。そんなことも思い出せない。
     なにせ小太郎は清春が嫌味を含ませていた通り、ベッドに入ると三秒で寝てしまう人間なのだ。








     小太郎はごろん、と壁の方を向いて耳を澄ます。
    目を閉じていくら空気に集中してみても、隣の部屋からは物音一つ聞こえてこなかった。
     後ろから聞こえるのはカリカリ、とシャープペンがノートを走る音だけ。勤勉家の清春はまだ勉強のようだ。
     少しお固いところもあるが、真面目で勤勉家で聡明で、それでいてさっぱりした性格で。
     小太郎は清春と一緒にいることがとても気楽で、楽しかった。清春の滑らせるシャープペンの音を聞いている内にいつのまにか眠ってしまう。
     これが小太郎の特技、三秒寝の原因の一つでもある。
     ルームメイトにおやすみの挨拶をしていないことが気にかかって小太郎は清春に声を掛けようとしたが、開いた口が次の瞬間に吐き出したのは、寝息だった。

    「俺は嘘ついてないからな」

     ズルズル、と今日の食堂の日替わりメニューのチャーシューメンを啜りながら、清春が向かいの席の小太郎を睨む。謂れのない非難の視線を向けられた小太郎はちょっと怯んでここ数日、何度言ったか分からない

    「分かってるよ」

     を繰り返した。前の席の友人の視線が気になって、小太郎が手に握ったままの箸はまだ一度も動いていなかった。
    トレーの上には醤油ラーメンが湯気を立てて鎮座している。
     昼休み、学生食堂は生徒でごった返しているが、大人数を収容可能な食堂にはテーブル席やカウンター席が潤沢に用意されており、席からあぶれる生徒は稀だ。
     清春と小太郎はクラスが違うので部活と寮以外で行動を共にすることは少ないが、最近はあの一件のこともあってなんとなく昼食を一緒にとる日が増えている。
     例のお隣の部屋の喘ぎ声話の件以降、清春と小太郎が耳を澄ましていても例の声は一向に聞こえてこなかった。
     小太郎だけでなく清春にも聞こえていないようで、清春は夜になると毎日壁に耳をくっつけておかしいなあと首を傾げている。そんなことが続いて今日で五日目。

    「AVでも見てたって可能性もあるんじゃねえかな」
    「ゲイビを?」

     チャーシューをくわえながら清春がそう言って眉を寄せる。
     丁度二人の横を通り過ぎた一年の女子グループがちらちらと清春を気にするのを見て、小太郎は慌てて人差し指を唇に押し当てた。

    「きよ声がでかい」
    「……ごめん。……とにかく、俺は嘘ついてないからな」
    「分かってるよ。嘘ついてるとは思ってないよ」
    「疑ってますって顔に書いてある」

     小太郎は慌てて頬をぬぐって、はっとした。
     これは罠だ。
     ほらなと冷ややかな視線を向けてくる清春に、小太郎は諦めたように溜息を吐く。正直言うと、

    「嘘はついていない」

     と子供みたいに毎日繰り返す清春に、ほんの少しだけ辟易していた。何度、嘘だとは思っていないと小太郎が繰り返したって、清春は信じてくれないのだ。

    「……嘘とは思わないけど、勘違いしてる可能性はあるだろ」

     嘘をつくようなやつじゃないのはよく知っている。清春は人を不快にさせる嘘はつかないし、他人の恋愛をむやみに茶化すような性格でないことも、よく知っている。ただ、同時に少し思い込みが激しいところがあることも小太郎はよく知っていた。

     ガタンと音をさせて、清春が席を立った。小太郎の方を見下ろしてくる顔には怒っているような悲しんでいるようななんとも表現しがたい表情が張り付いている。
     小太郎がやんわりと落ち着けと言ったつもりだったのが、いい方向に捉えられなかったらしいことは確かだった。

    「…………もういいよ。こたなら相談に乗ってくれると思ってたのに……残念」

     清春は立ったまま丼に口をつけてスープを啜り、一枚だけ残っていたチャーシューを箸でぽいっと小太郎のラーメン丼に放った。
     ぽちゃん、とスープを跳ねさせて、チャーシューが丼に着地。
     そのままトレーを持って去っていってしまう清春の背中を小太郎は黙って見つめることしか出来なかった。小太郎のラーメン丼には、チャーシューが一枚増えた醤油ラーメン。ほとんど手をつけていないので、もうすっかり伸びてしまっている。
     喧嘩というほど激しくはないが、突きつけられた失望の言葉には

    「しばらくお前とは関わりたくない」

    という雰囲気がまざまざと感じられた。もしかしたらこれは少し長引く喧嘩になるかもしれない。

    ちくりと胸が痛んだ。

    「……残念、かあ」

    小太郎は肩を落としたまま、ちびちびと伸びたラーメンを啜り始めた。

     梅雨といえるような気候が訪れない内に春が遠のいて、季節はいつの間にか初夏にさしかかっていた。夏休みに入るのは一週間後。
     定期テストを終えてあとは夏休みを待つだけの学校内はどこか浮かれた雰囲気が漂っている。勿論、サッカー部は夏休みでも当たり前のように部活があるし、寮生となれば居住地は変わらず学校。
     ほぼ通常と変わらないとは言え、夏ならではのイベントも多いので寮生達もどこか夏休み浮かれムードだった。

    「こた~、夏祭り行く予定とかある?」

     練習の合間に小太郎に声を掛けてきたのは三波斗だった。練習の真っ最中だが、試合形式の練習が行われているので空き時間は自動的に小休憩になる。
     三波斗はついさっきまで隣のグラウンドで練習していたのが、ローテーションが回って手が空いたようだった。小太郎はタオルで汗を拭いながら夏の予定を思い浮かべる。


    ――部活、部活、部活、お盆は帰省、部活、部活、部活。……以上。

    「特には……ないですね」

    「えー勿体無いなあ、せっかくの夏なんだから夏祭りとか花火とかさ、行きなよ~」

     グラうンドの方からは監督の怒号が飛び交っているが、三波斗の声は場にそぐわず明るい。小太郎はそうですね、と適当にはぐらかして先輩が自分に興味をなくしてくれるのを待った。
     三波斗は同じポジションの先輩でサッカーの実力は本物だし、尊敬もしている。
     だが、同時に何を考えているか分からないところが若干不気味な人。
     そして、時々どこかに三波斗さん専用の隠しカメラでも付いてるんじゃないかというくらい、こちらの内情に鋭い。

    「……清春と行けば?」

    ――ほらきた。小太郎の体が強ばったのを三波斗は見逃さない。

    「喧嘩してんの?清春と。最近あんまり喋ってないんじゃない?」
    「……喧嘩ではないです。……話すことがないだけで」

     清春とはもう二週間もまともな会話をしていなかった。元々会話の多い方ではないので気付かない部員も沢山いるようだったが、ちょっと二人の関係に詳しければきっとすぐに気付くに違いない。
     無駄な会話をしないことも、部活中に一緒にいることが少ないことも、食堂で一緒に食事をしていないことも、……部活中ハイタッチを交わさなくなったことも。

    「どっちが悪いの?」

     喧嘩ではないという言葉はどうやら三波斗には伝わらなかったようだった。
     小太郎は観念して溜め息を吐く。

    「清春から見たら俺なんじゃないですかね」

     鬱憤が溜まっていたのもあって、いつもは鍵の硬い口も今日は簡単に開いた。
     流石に具体的な話はできなかったものの、小太郎は清春から相談を受けたことや相談の内容を二人で確かめようとしたが確証を得られなかったこと、それが原因であまり話さなくなったことをみなとにぶちまけた。
     清春が嘘を吐いたなんて一度も言っていないし、疑ってもいない。色々な可能性があると教えてやりたかっただけだ。
     それを勝手に疑心暗鬼になって怒ったのはあの意固地野郎の方。

    「なるほどねえ」

    くつくつ、と楽しそうに笑うみなとが少し憎らしくて、小太郎はじろりと眼を先輩の方に向ける。

    「笑いごとじゃないです。部屋で会話ないのは結構キツいんですよ」
    「ごめんごめん。……でもさあ、あの清春が誰かに相談をするってすごいことじゃない?」
    「……すごいこと、ですかね?」

     喋っている内に自分に非はないという思いが湧き上がって熱くなりかけていた小太郎は、一呼吸してクールダウン。
     確かに清春はあまり人に弱みを見せる方ではないし、協力を持ちかけてくることはあっても、出口の見えない「相談」をしてくることは少ない。
     それが恋愛ごととなれば尚更だ。

    「もしかしたら清春はどうしようもなく悩んでたのかもよ?」

     小太郎のこめかみから汗が流れて、地面に落ちる。ゆっくりと呼吸を繰り返す内に熱くなった頭が冷静さを取り戻していく。
     清春に初めて相談を持ちかけられた時の様子。
     内容。
     感じた違和感。

    「清春の悩みはもしかしたら、その相談内容とは別のものなのかも」

     ぽたり、と汗がまた落ちて、小太郎は静かに視線を隣に移した。隣ではみなとがいつものように意味ありげな笑みを浮かべている。
     この人はもしかして何か知っているのだろうか。清春からも何か話を聞いている?

    「みなとさ――」






     ピーーー!とけたたましいホイッスルの音が小太郎の声を遮って、二人はその場にびっくり跳ね上がった。
     コーチが交代!と叫びながら小太郎とみなとの方を指差している。
     その後ろで、「みなと!サボってんなクラァ!」と怒鳴る監督の声。

    「やっべ!」
    「なんで俺だけ怒られんの〜!?」

     二人は慌ててそれぞれのコートへ駆け出した。

    ***

     夜になってベッドに寝転んでも、小太郎の頭の中ではみなとから言われた言葉がぐるぐると回っていた。結局あの後、話の続きをする機会もなく夜になってしまった。
     明日もう一度聞く勇気も出るはずがなく、みなとが何か知っていたのかどうかは完全に闇の中。相変わらず清春とは余計なことを話さないまま今日も一日が終わりそうだった。

     消灯時間は既に過ぎており、部屋の灯りは落ちている。
     清春はベッドの下段に寝転がっているはずだが、本当にいるのか怪しいくらい物音がしない。

    「……別の、か」

     思っていたことがつい小さく口に出て、小太郎は慌てて口を塞ぐ。下の方から衣が擦れる音が聞こえた。
     どうやら声は聞こえてしまったらしい。それにしても清春の別の悩みというのはなんだろう。
     喘ぎ声が聞こえることで引き起こされる別の悩み……男同士だから生理的に受け付けないとか?
     いや、そういう偏見はないと清春は自分で言っていたし、そんな雰囲気ではなかった。
     では、一体何なのか?

    ――……、

     誰かの声が聞こえた。
     一瞬、清春が喋りかけてきたのかと思って小太郎は体を緊張させたが、すぐに別の要因に思い当たって壁に耳を当てる。

    ――……、……

    壁の向こうから、声が聞こえる。
     聞いているだけで耳が熱くなるような、色の入った声。
     明らかに、「そういう」声だった。

    「まじか……」

     清春は神経質になっているわけでも、AVの声を聞き間違えたのでもなかった。小太郎はすぐにベッドの下段に声を掛けようとしたがあまり大きい声を出せば隣の部屋にこちらの声が聞こえてしまう可能性もある。
     清春に呼びかけたい気持ちを抑えて、小太郎はベッドから起き上がり音をさせないようにそろりとハシゴを降りた。
     ベッドの下段では、この蒸し暑いのにミノムシみたいに薄手のタオルケットに頭までくるまっている清春の姿が暗闇に透けて見えた。

    「……清春」

    小太郎が小さく声を掛けると、タオルケットからひょっこりと二つの目が覗く。

    「俺は嘘、吐いてない」
    「だから嘘吐いてるとは思ってなかったって。……でも、ごめん」
    「……聞こえるだろ。じゃあ、じゃんけん」

    早速グーにした手を差し出してくる気の早い清春を制して、小太郎は下段のベッドに上がり込んだ。

    「まだだって。とりあえず今晩は様子見」

     一人だとおかしな気分になりそうだが清春が隣にいればまだ気が楽。
     冗談めかしたまま事実を受け入れられそうな気がしたのだ。

    何やってんだ、狭い、

     と暴れる清春を踏まないようにその体を乗り越えて、壁際に寄る。
     体の大きい高校男児二人分の重みを受けてベッドがギシリと悲鳴を上げると清春も音を気にして動かなくなったので、小太郎は壁と清春の間に収まって壁に耳を押し当てた。

     相変わらず、「そういう」声は壁の向こうで絶え間なく続いていた。
     三分間もそうしていると、壁の向こうから溢れてくる声で腹が一杯になってきて、あっという間に辟易の気持ちの方が興味を上回ってきたので、小太郎はそっと壁から体を離した。
     どうやら自分に覗きの趣味は合わないらしい。
    壁の方を向いたまま、後ろにいる清春と作戦会議開始。

    「どうする?」
    「……じゃんけんで負けたほうが、声のトーン落としてくださいって言いに行く」
    「今か?」
    「…………今はだめだろ」

     清春の声は籠もっている。
     またミノムシみたいにタオルケットにくるまっているのだろう。
     いつもは弱みなんて簡単に見せない清春が布団にくるまって隣の部屋の嬌声に嫌な顔をしている姿はちょっと新鮮で、少しかわいいと小太郎には思えた。
     確かに今回のことは自分も悪かったかもしれないが、意固地になって被害者ぶった清春にだって非がある。この機会だから、普段聞けないことも色々と聞き出してやろう。

    「ね、清春。男同士で恋愛ってアリだと思う?」
    「はあ?何だよ突然。……まあ、好きになった相手が男だったっていうことはあるだろうな。アリかどうかは俺が判断することじゃない」
    「意見が固いなァ」
    「……悪かったな、固くて。……ただ、同性を好きになったら後が大変そうだとは思う」

     清春は夢追いがちなのにどこまでも現実を見つめているところがある。
     もっと動揺しているところが見れるかもしれないと思っていた小太郎のアテは外れたが、清春らしい答えだった。
     これが清春だ。

     まだ壁の向こうから声は聞こえている。男の呼吸が切羽詰まってきたから、きっとあの行為ももうそろそろ終わりだろう。
     性別が同じなので、声を聞いただけでなんとなくどんな感覚でいるのかが想像できてしまうのが厄介だ。
     小太郎は腰が疼いてきそうになるのを感じてベッドから降りることにした。
     自分のベッドにいた時はそうでもなかったが、確かに、下段の方が壁の向こうの声はよく聞こえる。
     ずっとここにいたら上にいるより危なそうだ。自分にはそういう性癖はないと思っているが、ウッカリ扉が開いてもらっても困る。

    「とりあえず、戻るよ。明るくなってからこの後どうするか決めよう」

     小太郎が這うように布団に包まる清春の体を跨いでベッドから降りようとした時、真っ暗な中でその膝が清春の体に当たった。

     ぎゅ、通しこむように膝を押し当ててしまったそこ。。同時に、清春が体を固くして息を呑むような小さな悲鳴を上げる。

     大丈夫かと声を掛けるよりも先に、小太郎の意識は膝が当たったところにもっていかれて動きが止まる。そこは清春の下半身、膝よりももっと上で、足と足の間の――

    その固い感触には覚えがあった。

    「……きよ、あのさ」

    清春は返事をしない。
     暗闇でも、目の前の友人が落ち着きなくタオルケットを体に手繰り寄せているのを感じる。


    「もしかして、勃ってる?」


     清春の動きが止まった。どれだけ待っても返事はないし清春は動かない。けれど、そんなの当然だ。
     こんなこと確認すべきじゃなかったと小太郎は後悔したが、それももう後の祭り。

    「いや……気持ちは分かるっていうか……俺もなんか変な感じになりそうだったし、だから……」

     小太郎がフォローのつもりで何を言っても逆効果。清春はマネキンのように微動だにしなかった。  
     何も言わない、動かない清春にどう反応していいか分からず小太郎はとりあえず急いでベッドを降りた。暗闇の中で何もない床に躓きそうになりながら数回その場で犬みたいに回って、ベッドに背を向ける。

    「一時間くらい……ちょっと出てくる」

     言葉が足りない気もしたがこれが今の小太郎の精一杯。充電したままのスマホを持っていく余裕もなく、小太郎はそのまま部屋を抜け出した。
     消灯後の寮は点いている灯りが最小限で、当然のことながら人の気配は全くない。小太郎は足音を立てないように薄暗い廊下をそろそろと宛てもなく進んでいく。
     頭の中では清春のことだけがぐるぐると回り続けていた。
     熱を持ってしまったものを処理する時間が必要だろうと思って席を外したつもりだったが、余計なお世話だっただろうか。逃げたと思われてしまっただろうか。
     今、清春は何をしているんだろう。あの声を聞きながら一人で声を押し殺して自分を慰めているんだろうか。
     ぞくぞくと腰の辺りが粟立つのを感じて、小太郎は身震いした。妙な気分だった。
     小太郎は一階に降りて鍵が掛かっていない談話室に忍び込み、電気は点けずに部屋の奥のソファーに腰掛ける。スプリングが軋む音がして体が沈んで、そこでようやく一息。

     清春の別の悩み。

     推測に過ぎないが、もしかしたらアレのことだったのかもしれないと小太郎は思った。
     いくら恋愛に興味がなくても同性同士のセックスに興味がなくても、人間には性欲が備わっているのであんな声を聞かされ続けていたら少なからず体は反応してしまうだろう。
     男子の中では面白がって風呂で自分の性器を見せびらかすようなやつもいるが清春はそんなタイプではない。
     性的なことには嫌な顔をしていたのでそういったことに対して清春は潔癖なのだというイメージを小太郎は勝手に持っていた。
     そんな清春が股間を膨らませているところを見てしまったことが、堪らなくいけないことのように思えて落ち着かない。
     清春はどんな風に自分を慰めているんだろうか。
     あの顔を歪めて自分のものに手を這わせているルームメイトの様子を想像するだけで、小太郎のそこも反応してしまいそうだった。

     違和感を感じてそっとズボンの上から足の間に触れてみると、そこは既にほんの少しだけ熱を持って存在を主張しかけていた。

    「いやいや、だめだろ……」

     消灯後に部屋を抜け出しているところを誰かに見られるのを心配することも忘れ、小太郎の頭はただただ清春のことで一杯だった。
     他の友達と下世話な話をすることなんて沢山あるし、一緒にスマホでこっそりとそういう画像や映像を見てふざけ合うこともある。
     それと同じように軽く流せばいいだけなのに、清春相手ではそれがうまくできない。
     清春は談話室のソファーの上で膝を抱えて丸くなり、自分で制御できない熱が収まるのを待った。

     毎日六時十五分に鳴るはずのアラームが今日に限ってなぜか鳴らなかった。鳴らなかった、というのは語弊がある。
     爆睡していた小太郎は定刻通りに鳴るアラームに気付かなかったのだ。スマホに残るスヌーズの通知がそれを物語っていた。

    いつもなら

    「おい目覚まし止めろ、うるさい」

     と怒りながら小太郎のことを起こしてくれる存在がいるが、今日はその人物がいなかったので、小太郎はアラームも無視して眠りこけてしまったというわけである。

    たっぷりと、九時半まで。

    「うわあ……まじか……」

     小太郎はありえない時刻を表示させているスマホを握りしめたまま硬直していた。

     夏休みにはまだ入っていないが、今日は土曜日なので学校は休み。ただ、勿論部活はある。
    部活は既に始まっている時間だが、いつも寝坊しようものなら誰かが呼びに来てくれるのに今日はそれもなかった。

     空いたままの窓からグラウンドで部活をしている野球部だかハンド部だかの声が聞こえてきて、小太郎はまるで自分が異世界に取り残されているような気分に陥った。
     のろのろとベッドを降りると当然ながらそこに清春の姿はない。昨晩のことを思い出して小太郎が部屋のゴミ箱に視線をやると、その中身は空だった。

    昨晩、あの後

     一時間後に小太郎が部屋に戻ると清春はもうベッドの中で寝息を立てており、隣の部屋からは何の物音もしなかった。

    わざわざ起こすような用事もなかったので小太郎はそのまま自分もベッドに入ったが、その直前。

    見てはいけない、

    と思いながらもつい部屋のゴミ箱に視線をやってしまったのだ。

     薄暗い中、プラスチック製のゴミ箱の中にはくしゃくしゃに丸められたティッシュが幾つも捨てられているのが見えて、小太郎は身震いした。

     ぞくぞくと腰を這い上がっていくる気持ちいいような気持ち悪いような妙な感覚。

     身震いしたのはこの部屋で行われていたであろう行為のせいではなく、ルームメイトに性的な妄想を膨らませて興奮する自分の浅ましさに嫌悪感を覚えたから。

     そのまま小太郎は逃げるようにベッドに戻り、ばくばくと早鐘を打つ心臓を押さえつけている間にいつの間にか睡魔に食われ、――今に至る。

    「あー、僕、きもちわる」

     部活に遅刻したことを咎められるだろうということに対しての気分の重さと、昨晩の自分への自己嫌悪でむかつきがひどく、吐きそうだった。

     それでも小太郎が何とか着替えて部屋を出ると、すれ違う数名の部員や寮生から掛けられたのは

    「大丈夫か?」

    「体調はもういいのか?」

     という心配の声。
     何のことだろうと思ってそれとなく話を聞いてみると、どうやら今日、自分は具合が悪くて部活を休むことになっているらしいということを小太郎は知った。
     ここは本当に昨日まで自分がいた世界なのだろうか。もしかしたら別の誰かの体に乗り移ってしまったのでは。
     
     と突飛な想像を膨らませてみたが、洗面所で鏡に映ったのは紛れもなくいつもの自分の顔だった。
     水で顔を濡らしたお陰で多少は正常になった頭で考えれば、小太郎が体調不良だと吹聴して寝坊を誘発できるような人物は一人しかいない。
     いつも小太郎がスマホのアラームで起きられないことを知っている人物。かつ、ルームメイトが体調不良だと回りに進言してすんなり納得させるような説得力のある人物。


    「あいつ、どういうつもりなんだろ」


     小太郎が首を傾げながら思い浮かべるのは、そいつ。清春が何を考えているかは分からないが、とりあえず今日のところは清春の立てた筋道通りに動いてやることにした。
     ヘタに動くと説明が面倒だし、清春の評価も下げてしまうことになる。まあ、そこは嘘を吐いた方が悪いのだが。
     兎も角、何と言っても今日は部活に集中できるような気分でもなかったので。

    その日一日、小太郎は病人のフリをして丸一日を部屋の中で過ごした。体が怠そうなフリをして食堂で昼食をとり、
     ベッドの上で雑誌を読んだりスマホをいじったり、ゴロゴロしたり。

     食堂でおかゆを出された時は罪悪感に苛まれたが、普段真面目に生きているのだから地獄には落ちないだろうと自分を励ました。
     そんなことをしている内に、部活の後そのまま食堂に直行したらしいルームメイトが部屋に戻ってきたのは午後九時頃のことだった。

    「……僕、今日体調悪かったらしいじゃん」

     どこか遠慮がちな様子で部屋に戻ってきたルームメイトに小太郎が苦笑いしながらそう言うと、清春は俯いて

    「ごめん」

    と小さく呟いた。その様子がやけにしおらしく見えて、少しだけ可愛いかもしれない、

    と小太郎は思う。


    ――が、慌ててその気持ちは奥に押し込めた。
    何を考えているんだ。
    あんなことの後にこんな感情を抱くのは洒落にならない。

    清春はベッドに座ってぼそぼそと続けた。

    今朝、小太郎を起こそうと思ったが昨晩のことを思い出したらなんと言えばいいのか分からなかったこと、

     とりあえず頭を整理する時間が欲しかったので勝手に小太郎は体調不良ということにして時間を作ろうとしたこと。

    「清春って頭いいのか悪いのか時々分かんねえよな」

    「……悪かった」

    「いいよ。一日暇だったけど、休めてスッキリしたし」

    小太郎もベッドを降りて、清春の隣に座る。

     距離をとるように清春が横にずれたので、なんとなく、小太郎はそれを詰めるようにぎゅっと清春にくっついた。

    「なんだよ」

    「何で逃げんの」

    「……近いのが、いやだ」

    拗ねたような清春の顔。きゅうっと、心臓が縮こまるような痛みが小太郎の胸を走る。

    ……あれ、なんだこれ。
    小太郎は急いで胸の違和感に蓋をして、いつも通りの声を作った。

    「と、とりあえず……隣の部屋のこと、どうする?一緒に言いに行く?
    声のトーン落としてください、って」

    「じゃんけんがいい」

    「僕、一人で行きたくないんだけど」


    「……俺も一人で行く勇気はないけど……小太郎と行く勇気もない」

    清春は珍しく、というより、小太郎が知る中ではこの上ないくらい弱気だった。

    「えー……でも寮母さんに相談したらもっと話が大きくなるだろうし、先輩に言ったら別の方面で話が大きくなりそうだし」

    「分かってる。前はもっと、……小太郎に相談した時はもっと簡単に話せると思ってたのに……なんか、今はだめだ」


    「まあ、確かにあの声を生で聞いてみると喘ぎ声のトーン落とせ、だなんて簡単に言えないのは分かるなあ」

    お隣さんの愛し合う声でこちらまで妙な気分になってしまったのだ。

    清春がそう言いたくなる気持ちが小太郎には分かる気がした。

     何日もあの声に悩まされて、ルームメイトに打ち明けたのにタイミング悪くその声は止んでしまって、やっとまた聞こえたと思ったら息子が反応しているところをルームメイトに見られてしまって。

     そんなことを考えていたら、小太郎にはだんだん清春のことが気の毒に思えてきてならなかった。

     ここは自分が男を見せるべきではないのか。

    ……清春も男だが。

     なんとなく、清春ことは自分が助けてやらねばという気持ちに駆られた。

    「仕方ないなー、じゃあ僕があとで隣にちょっと行って――……清春?」

     言いかけて、そこでようやく小太郎は清春の様子がおかしいことに気付いた。

    清春が俯いたまま、体を硬直させている。

    太ももに乗せた拳は震えるほど強く握りしめられていて、必死に何かを堪えているような表情だった。

    「きよ?どうした?」

    「……っ!」

    小太郎が肩を掴むと清春は勢いよくその手を振り払って、片手の手のひらを足の間に押し付けた。

    まるで、何かを隠すように。


    ――まじか、


    と声が漏れそうになるのを小太郎は何とか舌の付け根でストップ。真っ赤な顔をしている清春は小太郎の顔を直視出来ていない。

    その姿があまりにもいじらしくて小太郎の腰をざわざわしたあの感覚がまた這い上がってくる。
    いつもは強く凛として汚れた姿なんて全く見せない清春が。

    性欲をあらわにして震えている姿は生々しくて煽情的だった。


    「……もしかして、また、勃っちゃった?」


    清春は何も言わずに黙って俯いていたが、その内に小さく頷いた。
    そして、蚊の鳴くような声で言葉を続ける。


    「初めてあの声が聞こえた時に、……何だか変な気分になって、まずいと思った。
    だから、あの声を聞きたくなくて、こたに相談した」

    「だ、大丈夫だって、俺も昨日変な気分になったし、そういうのは生理現象みたいなもので……」



    首を横に振って清春は言う。



    「こたに相談してもなかなか信じてもらえなくて、一人であの声が聞こえないか毎晩耳を澄ましている時に気付いたんだ。

    ――……俺は、声が聞こえるのを期待しているのかもしれない、って」


    いつもよく知っている清春の声が知らない人間の声のように、遠くから降り掛かって直接脳に響いてくるような感覚。

    清春の声が甘く脳に響く度に、小太郎の頭は鼓動に合わせて奥の方からガンガンと痛んだ。


    「俺は病気か、頭がおかしいのかもしれない。
    今もちょっと想像しただけで――」


    そう言って俯いて足の間を手で隠している清春は、まるで初めて性欲を知って戸惑う小学生のようだった。

    他の友人ならエロいの見てると勃っちゃうよな、と笑って受け流すところだ。

    それなのに、そのやり方も知らずに制御出来ない自分の感情に振り回されている哀れなルームメイト。

    そんな清春を見ていると、ざわざわ体を這い上がってくる背徳的な感情。小太郎はとうとう湧き上がってくる不埒な衝動を抑えることができなくなった。

    小太郎は清春の肩を掴んでベッドに引き倒す。


    「……!こ、た!?」

    驚いた清春が目を丸くして手足をばたつかせようとするが、それを掴んでベッドに押し付けその体の上に乗り上げた。あちらは一日中部活をしてきた身。
    こちらは一日中エネルギーを溜めて有り余らせている身。
    体格差も相まって、今のパワーでは小太郎は絶対に清春には負けない。

    心臓が早鐘を打っている。

    ただベッドに乗り上げただけなのに不自然に息が上がった。


    「きよは、ちょっと溜まってるのかも」
    「そんなこと、っ、ないよ」
    「昨日、一人でヌいたの、上手にできたの?」

    清春の体が硬直して動かなくなる。

    少し落ち着きかけていた顔がまた首からカッと赤くなって、唇が震えていた。

    「昨日、ティッシュが捨ててあったのを見た。
    朝にはなくなってたけど。何回ヌいたの?」

    するすると口から流れ出る言葉を自分が言っているとは小太郎にはにわかに信じられなかった。

    こんな最低で意地悪なことを言う自分が内に潜んでいたなんて知らなかった。

    愕然とした顔で羞恥に打ち震える清春の顔を見るのが、堪らなく気持ちいい。


    清春のハーフパンツに手を掛けてそれを引き下ろそうとすると、清春は嫌がって小太郎の手を振りほどこうと暴れる。

    動きを遮られたことに苛立って、小太郎はその手で清春の足の間をぐっと掴んだ。

    熱を持ってゆるく固くなりかけているそこを強く揉みしだくと、清春の体は面白いくらいにびくびく震えて抵抗が和らいだ。



    「う、うっ……!」

    「練習の後、勃つことあるよな。分かるよ。でも今は……、あの話をしたせい?」



    抵抗が弱くなっている隙に小太郎は清春のハーフパンツを下着ごと一気に引き下ろした。

    下着に引っかかって外気に晒され、ふるりと震えたそこは隠しようがないくらいに熱を持ってそそり立っている。



    「い、やだ……まだ、風呂入ってない、し」

    「それ、風呂に入った後ならいいですよって聞こえるぞ」

    「ちがう……っ!」



    清春の足を無理矢理開かせて間に体を割り込ませると清春が小さく悲鳴を上げたが、小太郎は捕らえたままの腕をシーツに押し付けて逃さない。

    そして自由なもう片手で清春の股間のものを直接握り込む。


    血が集まって熱くなったそこは小太郎が軽く扱いただけで先端から透明なものをぷくりと溢れ出させていた。



    「人からヌいてもらったことある?」

    「……あるわけ……ないだろ」

    「ちょっとだけ、ヌくの手伝ってもいい?」



    おかしな聞き方だ、と小太郎は自分で口にした言葉に苦笑いした。

    嫌がる友達を押し倒してズボンを脱がしておいて、

    「手伝ってもいい?」

    だなんて今更どの口が言うのか。



    それでも、もしここで清春が嫌がったら、まだ歯止めが効く気がした。





    ――大丈夫、まだ冗談で済まされるレベル。




    こんなことを他の友達としたことはないけれど、男子寮なんだからふざけてこのくらいしているやつはいる。

    きっとまだ、大丈夫。




    ここで止めることができれば。




    清春は全身を強張らせて小太郎の方を見上げてくる。

    押さえつけられていない方の手をゆっくりと持ち上げて




    ――そして脱力して、シーツに落とした。



    「……ちょっとだけなら」



    顔を真っ赤にして視線を逸らしながら言う清春を見て、何かを考えるよりも先に小太郎の体は動いていた。




    ――僕が悪い?違う。清春が良いって言ったから。




    乾いた手で竿を握り込んで乱暴に上下に扱くと、清春は目を丸くして痛い痛いと何度も繰り返した。



    ――そんなの、同じ男だから知ってる。



    その内、亀頭から溢れた透明なものがだらだらと零れ落ちてきて小太郎の手を汚して、グチュグチュと音を立て始める。

    その頃にはもう清春も痛みを訴えなくなっていて、開いた太腿をふるふると震わせながらシーツを握りしめていた。



    「気持ちいい?」

    「ん、ん……あ、っ、」


    「いつも自分でやる時、どんな風に触んの?」

    「あぁ、ッ、……わ、かん……ないからっ、てきとう……」

    「適当ってことないだろ」



    立派な男子高校生なのだから自慰の仕方を知らないはずがない。

    清春は素直に小太郎に触られている割に、いつまで経ってもひどく恥ずかしそうな様子が抜けなかった。

    小太郎の眼下には林檎みたいに真っ赤な顔。


    裏筋を親指で擦り上げてやると清春の体がぞくぞくと震えて、赤い顔が快感で歪んだ。




    こんな清春の顔を見るのは初めてだった。

    清春の顔を見ているだけで小太郎の方まで性欲を煽られて息が荒くなる。




    ――大丈夫、人間は目の前に性的なものを突きつけられたら誰でも少しは興奮する。


    まだ、お遊びの範疇だから大丈夫。



    清春はかなり快感に呑まれて正常な判断力を失っているけれど、自分がちゃんと周りが見えている間は、まだ大丈夫。




    小太郎の頭の中では『正常な自分』が自分を正当化し続けている。







    「はー、っ、……あぁ、っ、こ、た俺の、くちっ、ふさ、いで……声、抑えられない……」

    「……清春ってそういう趣味があるの?」




    「ち、ちがう!……気持ちよくてっ、声の……っ、ぁ、止め方、分かんないんだよ……!」




    あ。これはまずい。

    小太郎は自分が今まで抱いたことがないような大きな性欲に呑み込まれそうになっているのを感じた。

    そして、感じたのと同時に、もう、それに呑み込まれていた。




    清春のモノを握っていた手を離して、小太郎は肩で呼吸を繰り返す。




    部活をやった後のように息切れが酷い。

    動機が止まらない。




    「あ、ぁ……、え?」

    「……ごめん、僕も一緒にヌかせて」



    驚いている清春を尻目に小太郎は履いていたズボンを脱いだ。

    快感で頭が蕩けてぼんやりしている清春はまだその先に起こる自体を把握できていないようだったが、小太郎が下着まで脱ぎ始めたのを見てようやく事態を察したらしく目を見開いた。



    「だ、めだ……こた、だめだ、」

    「口塞いでやるから、声抑えてろよ」

    「いやだ、だめ――……ンンっ!!」



    小太郎は閉じられかけた清春の太腿の間に体を割り込ませて、自分のそれと清春のそれを一緒に手のひらに収める。

    清春のご希望どおりもう片手はその口に押し当てて、拒否の言葉ごと清春の声を奪った。


    同じモノなのに微妙に形の違うそれを擦り合わせると、清春が垂れ流していた先走りが絡んでぐちゅぐちゅと水音が室内に響く。



    熱い感覚と背徳感が混じり合って小太郎は例えようのない快感に呑み込まれていた。




    ――大丈夫、これは、清春の自慰を手伝ってやっているだけだから、大丈夫。


    何も悪いことなんてしていない。


    後ろめたいことなんてしていない。




    「は、……っ、きよの、あっついね……」

    「ンン……うう……ッ!」

    「大丈夫、清春、これは……僕も、清春もっ、ただ、ヌいてる……だけで……」




    小太郎は自分が何を言っているのか、もう理解できていなかった。



    ああ、気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。



    先端を合わせて清春の腹部に推し付けるように強く擦り合わせると、清春の腰がびくんびくんと跳ねた。

    小太郎の手に塞がれた口から絶え間なく漏れているのは、くぐもった喘ぎ声。


    羞恥心と呼吸のしづらさとで清春の顔は相変わらず赤く、目はとろんと快感に蕩けている。



    清春の限界が近いのだと悟って小太郎は一旦、清春のものから手を離した。

    快感で蕩けた目が寂しそうに細まって、つられて小太郎も首を傾げて笑う。


    そっと清春の口元から手を離すと清春の口からはひゅう、と苦しそうな呼気が漏れたが、それ以外に清春が何か言葉を発することはなかった。



    小太郎は自分のものだけ何度か扱いて、熱の集まったそれに更に熱を籠もらせる。

    清春が目を丸くしたまま小太郎の姿を見つめていた。


    半開きの口からは一筋、唾液が零れていて、まるで腹を空かせた子供みたいだと小太郎は思った。



    「ちょっと待って、一緒にイきたいから」

    「……こたは、するの」

    「ん?」


    「こたは、他のやつとも……こういうことを、するのか」





    ――これは普通を逸れた行為じゃないのか?




    清春が聞きたかったのはきっとこういうことだろう。

    小太郎はそう解釈してなんと答えようか迷った末に、体を寄せて先に自分のそれと清春のそれをまた一緒に握り込んだ。



    「あ、……っ、」

    「大丈夫、だって……これは、ヌいてるだけだから」

    「っあ……、あッ、こたの、熱い……」

    「きよのも……っすげー熱い」



    ぐちゅぐちゅと音をさせながら小太郎は清春と自分のモノを夢中で擦り合わせて快感に浸った。

    亀頭の出っ張ったところを擦り合わせると、大げさなくらいに太腿を震わせて清春の腰が浮く。


    二人の性器は爆発しそうなくらいに熱を持って、擦り合わせた亀頭は真っ赤。

    どちらのものか分からない先走りで二人のものはどろどろだった。


    清春は快感に体を打ち震わせながらシーツを引っ張って咥え、声を必死に抑えている。



    「きよ、舌噛むなよ」

    「っ、こえ、出たら……聞こ……え、る……」

    「声聞こえるの、嫌なのか?」



    小太郎が口にした愚問に、清春は視線だけ小太郎の方に向けた。

    その口元がシーツを咥えたまま笑顔の形に歪む。


    清春がそれを口にしたのと、小太郎が先端に強く刺激を与えた清春の性器が限界を迎えたのはほぼ同時。





    「俺たちっ……、と、なりと、同じことして――っあ……!!!」

    「……!」




    清春の体が硬直してぶるりと震えるのと一緒に、そこからは白く濁った精液が弾けて清春のシャツに飛び散る。


    小太郎も少し遅れて達して、しばらく発散する機会がなかったそれを清春の腹の上にぶち撒けた。

    射精後特有の怠さがある程度抜けて、呼吸が整ってからも二人はしばらく無言だった。
    小太郎は清春の太腿の間に体を割り込ませたまま。清春は大の字で力なくシーツに沈んでいる。二人のそれは萎えてもなお清春の腹の上に重なっていた。
    小太郎の頭の中では自分を正当化する自分が、まだ馬鹿なことを言い続けている。


    ――まだ大丈夫、これはお互いにヌいただけ。何も後ろめたいことなんてない。清春がヌきたいのを手伝って、自分もついでにヌいて、ただそれだけ。

    ――俺たち、隣と同じことをしてる

    清春が達する寸前に口にした言葉が思考に割り込んできて、小太郎は慄いて肩を強張らせる。
    取り返しのつかないことをした自覚は心のどこかにあった。

    もう一歩、あと一歩、このくらいなら大丈夫、男の友人に欲情していることを認められなかった末路がこれだ。けれど、小太郎にはそれを認めるだけの勇気なんてない。

    うわ言のように小太郎は何度も呟いた。大丈夫。大丈夫。まだ、大丈夫。

    「……大丈夫、これは、……隣とは、ちがう」


    小太郎の声を聞いて清春がのろのろと体を起こす。そのシャツと腹は二人分の精液でどろどろ。

    ひどい有様にもかかわらず、清春はまだどこかとろんとした目でルームメイトを見つめている。

    「……こた」
    「きよ、今のは……スキンシップみたいなもので、俺ときよの利害が一致したから、それで」

    「なあこた」
    「だから、俺達は」



    「こた、俺は何も知らない小学生じゃないよ」



    清春はいつもの顔で、そう言った。

    一緒に過ごしている時、食堂で食事をしている時、何気ない会話をしている時。

    その時と同じ顔。

    でも、目だけがまだ少しだけ欲に蕩けていて、清春の表情をいつもより柔らかく錯覚させる。

    清春は何も答えられずにいる小太郎の方に両手を伸ばした。

    両の手のひらが小太郎の頬を挟んで、そこを撫でる。

    子供を撫でるように、ゆるゆる。

    ゆるゆる。

    そのままきゅっと頬が挟まれて、清春の顔が近付く。

    放心状態に近かった小太郎もはっとして体を引こうとしたが、さっき小太郎がそれを許さなかったように、今度は清春が小太郎を逃さなかった。

    ――だめだ、だめだ、もう大丈夫じゃない。これ以上は、もう何も言い訳ができない。だめだ。だめだ。

    小太郎の頭の中で自分を正当化していた無責任な自分が今更警鐘を鳴らしている。


    清春は顔を少し傾けて、自分の名を呼ぼうとした小太郎の唇に自分の唇を押し当てた。




    「気持ちよかった」



    毒のような言葉と一緒に、舌がぬるりと唇の中に割り込む。








    どの時点から、自分が戻れなくなっていたのか
    どの時点から、自分が戻れない事実から目を背けていたのか


    小太郎にはもう分からなかった。







    fin.
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