その日。オーレリアに呼び出され、散々こき使われていたクロウだったが、駄賃は弾むと言われた通り、かなりの額の入った袋を渡され。今日はウマイ飯が食えそうだな、とニヤニヤしながら外に出るため廊下を歩いていた。
時刻は夕方。既に日も落ちかけていて、生徒たちもみな部活は切り上げ、寮へと戻ったらしく。しんと静まり返った中を歩きながら、誰もいない校舎ってのはなんでこんなに不気味なんだろうな、と考えていたのだが、突然声をかけられて驚いて振り返れば、そこに居たのはワーカホリック気味の後輩だった。
「あれ、クロウ? こんな時間にどうしたんだ?」
「おわ、びっくりした。……なんだ、リィンか。お前こそこんな時間まで仕事か? ご苦労なこったな」
「もう終わったけどな。分校長にずいぶんこき使われたみたいだな?」
「ああ。こっちがこなせるギリギリの量を見極めて仕事を寄越しやがるもんだから、サボる事も出来やしねえ。まったく怖え人だよ」
「はは。……な、終わったんなら一緒に夕食を食べに行かないか?」
ついでに一杯どうだ? という、リィンにしては少し珍しい台詞に目を見開いたクロウだったが断る理由などなく。
なら帝都まで出ようぜ? と誘いをかけ、外出届を出したリィンと共に以前来た時に見つけた美味しい料理(つまみ)も出してくれる居酒屋へとやって来た。
「なあリィン。お前確か、酒はそんなに強くねえよな?」
「そうだな。全く飲めない訳じゃないけど、そこまで強くもないな」
「最初はビールで良いか? あとここはつまみだけじゃなくて飯も食えるし美味いから、自分の好きなの頼め」
「あ、ああ。……もしかして、奢ってくれるのか?」
「はあ? 誰がんな事言ったよ。ちゃんと給料貰ってんだから自分の分は自分で払え」
「……クロウに期待した俺がバカだったよ」
「うっせ」
相変わらずだな、と笑いつつ互いに好きな物を頼み。乾杯したところで互いの近況について話す。
リィンと違ってあちこちをふらふらとしている(本人いわく見聞の旅らしいが)クロウの話は面白く、またその語り口も巧妙なため、思わず食事をする手が止まり、ついつい聞き入るリィンに苦笑しながらもあれこれと話をしているうちにあっという間に時間は過ぎ。
そろそろ出ようか、というところで、リィンはなぜか気まずい顔でクロウを見る。
「……なあ、クロウ」
「ん? なんだ、どした?」
「実はな、俺、今あまり持ち合わせがないんだ」
「はあ?」
「だからさ、やっぱり奢ってくれないか?」
「マジかお前!」
「マジだ。帰りの電車賃くらいしかない」
「ならなんで来たんだよっ」
「クロウの懐があったかいっていうのはわかってたから、だな。……ダメか?」
しゅんと体を縮こめ、少し上目づかいでこちらを見上げるリィンの頭上に垂れた耳が一瞬見え、はあ、とため息をついたクロウは仕方ない、と折れて支払いを済ませると、外へ出る。
そして後について出てきたリィンに渋面を向けた。
「ったく。次からは財布の中身を確認するからな?」
「す、すまない。次は俺が奢るから」
「ああ、そうしてくれ。……ってなんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「いや。次があるんだなあって思ったらなんか嬉しくて」
そのリィンの言葉にクロウはハッとする。
内戦の時、リィンの目の前で死に、その後甦った時もこれはあくまでボーナスステージに過ぎないのだと言い聞かせ。
未だリィンの中にはあの時の事が重くのしかかっているのだろう。
だから次の約束をこんなにも喜ぶのだろうと思ったクロウはポンとリィンの頭に手を置くとぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
そしてぱちぱちと瞬きをするリィンにそんなに心配しなくてもそう簡単に死ぬ気はねえから、と告げるとくるりと踵を返して駅の方へと歩き出し。
後に残されたリィンはしばしポカンとしていたが、我に返ると慌ててクロウの後を追いかけるのだった。
リィン君は次の約束が欲しくてお金はあるけどない振りをしたのかもしれないし、あるいは本当になかったのかもしれないですね。読んだ方のお好きな方で想像してください!