騎士の占い札:怨虎竜編・狩猟前夜(仮題)明日、私はカムラの里を発つ。
遥か昔からカムラの里を苦しめ続けた百竜夜行の元を断ちに、淵源の古龍を狩りに征く。カムラの里の今と未来の為の、私の好きな大好きな人達の為の、私の今が明日へと続くように、明日の私が未来を勝ち取る為の、大一番の大連続狩猟だ。
体調は万全、緊張で食べられないかもと思ったけど食欲もいつも通り。防具と武器の点検も終えてポーチの中も整頓した。もちろん加工屋一同のお墨付き。これまでおざなりにしていたというわけではないけれど、いつもの狩りのように丁寧に慎重に準備を重ねてきた。
里長とゴコク様にヒノト姉様とミノト姉様との夕飯を兼ねた打ち合わせでは、再び単騎で古龍に挑むことを重ね重ね里やギルドとして謝られたりしたけど、正直言うと私は気にしてない。必要だったのは今日までの準備と根回し、それに明日への徹底した擦り合わせなのだから。教官は里長の指示でハモンさんとアヤメさん達と翡葉の砦の最終設備点検と、里守や手伝ってくれるハンターさん達の配備確認に行っていてこちらの集まりに参加していない。ウツシ教官とも一緒に過ごしたかったけれど仕方ない、それも全ては明日の為なのだから。
竜宮砦へ船を出してくれるのは滞りなくツリキに決まり、ツリキとも申し合わせは万端である。この先未来、有事の際に何かの役に立てればと前回ナルハタタヒメを退けた時に速やかに砦の地形の記録も作っておいたのが良かった。まさか早いうちに入り用になるとは思わなかったけど、、記録があったからツリキも安心して頼みを聞いてくれたようなもので。ツリキはまだ少しおっかなびっくりしてたけど、これだけはどうしても幼馴染のツリキでないとダメなのだ。
窓の外でいくつも羽ばたきが聞こえる。夜にクエストに出たハンターのフクズクが夜に飛んでいるのは珍しいわけではないけど、百竜夜行の出征直前はこんなにいたの?ってぐらい夜にもフクズクがたくさん飛ぶのだ。今夜も百竜夜行を見張っていた里守の最新報告によって、里長達が決めた明日の時間を里中に拡げようとフクズクが飛び回っているのだろう。今頃ウツシ教官のところには里長のカエンが個別に伝令を届けているはずだ。
その教官とはいよいよ明日の朝に時間をもらう約束になっている。話すことを整理しとかないと…いっそ紙に書いて読み上げたいぐらい。考えてたら緊張してきた、マガイマガドとトビカガチの写真見て落ち付こう。そういえば夜に教官にフクズクをけしかけたこと無いんだよね。どんな感じなのかな。ええと、邪な考えは止めてさっきの打ち合わせの事を思い出せ。
……。
………………。
最後の悪あがきと言わんばかりの苛烈な規模が予測される百竜夜行を控えながらも、イブシマキヒコとナルハタタヒメを討ちに行く私の我がままを二つ返事で快諾して背中を押してくれた里守のみんなには感謝しかない。
「ツワモノよ、それは決してわがままでないぞ!猛き炎の刃をふるう力になるなら、戦場で立ち続ける糧になるなら、今それをやらずして何時やるのか!!」
「狩場に持ち込む憂いは少なければ少ない程よいゲコ。それにフゲンとワシじゃどうにも出来なかった悩みでもあるのだ。ついでに解決できるなら一石二鳥ゲコ!」
「あなたの勇姿と働きに勇気付けられて、里守の皆さんも心強く頼もしくなっていったのです。今こそ私達の力を見せる時です」
「あなたにその禍ツ斧の鬼火と、ほむらの加護がありますように」
肯定と激励、そして祈りを受けて私は明日、淵源の古龍を狩りに征く。
その前の大一番、里の期待を背負って、カムラの狼雷竜を討つ。
ーーー ーーー ーーー
夜が明ける。
狩場に向かうオトモ達とルームサービスが揃って来たのとほぼ同時に目が覚める。寝付くまで多少時間はかかったけど、とりわけ眠れなかったというわけでもなく、思ったよりちゃんと眠れたようだ。
「旦那サマ、これをロンディーネ様から預ったのニャ。『貴殿になら必ず伝わるはずさ!私は頑張る乙女の味方だからね!』と言っていたのニャ」
オトモアイルーの鳶山椒は肩にかけた風呂敷包みから封筒を取り出す。受け取った白い封筒に入っていたのは手紙ではなく一枚の絵札だった。
「これはあの時の占い…の?」
タロットという占い札を初めて知った日、ロンディーネさんが試しにと占ってくれた時に引いた絵札だった。『力』という名の、牙獣に寄り添うようにも首を締め上げているようにも見える女性の絵。手ごわい相手に挑む・困難を乗り越えようとする・和解というような意味の札で、私の「現在」を指し示したものである。ちなみに「未来」は不吉な見た目の割に終わることで新しく始まる・新しく変える…と妙に明るい意味の絵札だった。
これから行うことは「未来」だけど、今まさに「現在」の執念場を迎えようとしているのだ。ロンディーネさんが私に似ているとも言っていた「現在」を指し示したこの絵札、今の私に相応しいじゃないか。ロンディーネさん、頼もしい仲間をありがとう。
ルームサービスが朝ごはんを用意してくれてる間に、掛け軸の前に並べて置いた一人と二匹の装備をそれぞれ身に着ける。おおよその戦支度を済ませたら掛け軸の裏に潜むフカシギさんにも声をかけて、一人と四匹で朝ご飯を食べた。会話は敢えていつも通りに、今日の流れについては触れずに。みんなが私の勝負に乗ってくれるのだ。本当にありがたい。
朝ご飯を食べたら戦支度の仕上げに取り掛かる。ロンディーネさんの占い札はポーチではなく懐に忍ばせ、仲の良い女ハンターから貰った(押し付けられた)化粧道具を取り出す。紫色の化粧粉を瞼にごくごく薄く乗せ、唇には薄く紅を引いた。自分ではまだ加減を掴めていないので薄めでいい。そしてカムラノ装が覆えていない太もも、マガイマガドとの狩りで残っている傷跡を紫を乗せた指でなぞった。
「ツリキ先生、おはようございます。本日はよろしくお願いします」
「あぁ、承った」
小舟を出す準備を行うツリキにあえて仰々しく挨拶をしてみた。それに乗ってくれるのも幼馴染のツリキに依頼した理由の一つである。本当はこの場にミハバにも来てほしかったがミハバは加工屋として砦かヒナミさんのように里内に残る里守のサポートとして外せないし、何よりここに私の幼馴染が二人もいたら白々しくて教官に警戒されかねない。
「親父が送ってきた武士の本に書いてあったな。戦化粧だっけか?死してなお桜色ってやつ」
「ワーオ、随分と縁起の悪い事を言う。その桜色のキレイな私を里に連れて帰るのはツリキの仕事なんだからね?このフル装備の私の回収と帰還、頑張ってよ?」
「おいおいやめてくれよ、お前の方がよっぽど不謹慎だぞ。…ん、珍しいとこにも化粧してるじゃん。武器とお揃いにした験担ぎ?」
「そうだよ。気合入るしカッコいいでしょ?」
「なるほど、それなら何も心配いらないな。あとはウツシ教官が来るのを待つだけだ」
ツリキが言い終わるやいなや、集会所の屋根からウツシ教官が音もなく降り立った。
「おはよう愛弟子!昨日はよく眠れたかい?なにせ狩りの基本は食事と睡眠だからね!!」
「ウツシ教官、おはようございます。約束の時間が早くなってしまいました」
顔と太ももに視線を感じる。もしかしたら最初から話を聞いていたのかも知れないな。会話の内容は慎重に、慎重に。
見送りの挨拶を始めようとした教官をツリキが遮る。
「ウツシ教官、百竜夜行の方の時間はまだ少し余裕があるって聞いてます。教官もこいつも最近忙しくて碌に話もしてないんでしょ?師弟でのんびりと舟の上でウサ団子食べて腹ごしらえしていったらどうです?砦に送り届けたら教官はすぐに里に連れて帰りますので」
ヨモギちゃんとオテマエさん特製のウサ団子二人前を預かってきたというツリキは、こうしてウツシ教官をさらりと強引に小舟に押し込んだ。
ツリキの漕ぐ小舟は難なく竜宮砦跡の島に着いた。私の足が桟橋に触れたら――。
桟橋に降りた私は上体を少し傾け、利き腕を伸ばし教官の手を握った。
「少しですが教官とお話しできてよかったです。朝早くにここまで来させてしまって」
「そんなのどうってことないよ!昨日まで愛弟子とはあまり話も出来なかったし、百竜夜行到来まで時間の猶予があるみたいだからさ。少し一緒に俺もツリキ君と一緒に漕げば二馬力で里まであっという間さ!」
「フフッ、それは本当にあっという間になりますね。だからこうです!!」
握った利き手に力を込めて空いている腕で教官の腕を掴み、両足を踏ん張って上体を大きくねじって小舟から教官を引きずり降ろした。視界の隅でツリキがひと飛びでは届かない距離まで小舟を漕ぎ離れていく。舟も大きく揺れただろうに転覆させずにこらえてあそこまで進ませるんだから、荷運びで足腰を鍛えているツリキもやはり里守だ。頼んでよかった。
ーーここが私の最初の狩り場だ。獲物を誘い込む。
「愛弟子?!一体どうしたんだ!?」
私と小舟を交互に見ながら慌てている教官。翔蟲を使われたら小舟には届いてしまう距離だから、絶対に私から目を逸らさせない。教官、今は私だけを見ていて欲しい。
「教官とどうしてもお話をしたくて」
「そんな…すぐ後ろには古龍達がいるんだよ?もしここまで来たら」
「ご心配には及びません。前回ナルハタタヒメと戦った時にこの場所は安全であると把握してありますので。里で邂逅したイブシマキヒコは違いましたがナルハタタヒメは私が姿を見せない内は暴れたり島の外すら覗くことはありません。彼女と一緒ならイブシマキヒコも同じはずです」
これは昨晩ヒノト姉さまとミノト姉さまに確認したこと。古龍と共鳴した二人の所見である。それに何よりも前回ナルハタタヒメと戦う前、偵察隊が先んじて設置してくれたアイテムボックスはほぼ無傷だった。教官もそれを目にして信じたようだ。
「それに里では百竜夜行だって控えている。砦の修繕も準備も大体終わってはいるけども、相手は通常と違う状態の竜と獣達だよ?愛弟子は里が心配じゃないのか?」
「里には里長やヒノエさんミノトさんみたいなツワモノがいるし、ゴコク様アヤメさんやハネナガさんもいます。それに今モンジュさんとヒバサさんも里に着く頃でしょう」
「それにしたって…」
「その為に教官が俺達を鍛えてきたんですよ?俺達を信じてください」
ツリキがギリギリ会話を出来そうな距離まで小舟を桟橋に近付けていた。
「ツリキ君……妙だと思ったんだ。ホバシラさんの方が船の操舵も上手いし水の上での不測の事態に対応しやすい筈だ」
「みんなが私の為に手伝ってくれているんです。何日も前から」
「まさか、俺が…最近の百竜夜行の偵察から外れていたのは……」
「今のこの時間を作る為に里長とゴコク様が仕組みました。百竜夜行が到来する予想時間はもっと遅いんです。正確な時間をウツシ教官に悟らせないようにしたんです。昨日も教官の元にはカエンが報せに行ったでしょう?里の役職者である教官に里長が直接伝令を向けるのは至極当然のこと。里のフクズク達と確執があるのも併せて、それを利用させてもらいました」
「そんな、里ぐるみだっていうのか…?!」
「漕ぎ手が俺になったのも作戦です。もし、教官が話を聞かず無理に帰ろうとしたら、俺なら簡単に従う事はなかろうって。何せ俺はそこの幼馴染である英雄に逆らえませんので」
ツリキが私を見て投降するポーズを取って二へッと笑う。これはハッタリだ。狩猟や戦いの場では的確な状況判断と冷静さを失わない精神力を持つ教官と一対一で腹を割って話す為には、人生で特大級の鉄火場に連れていって里への退路を断たせるしかなった。
「わかった。愛弟子がそこまでやるならわかったよ。話を聞こう」
ハッタリが効いたのか、教官は肩の力を抜いて普段は口まで覆っている帷子を下げた。
ーー狩り場への誘導成功、今ここでウツシ教官を……討ちます。