今日も東海道兄弟は仲がいい 今日もすごいなぁと山陽新幹線はしみじみと思うのだった。
スケジュールを確認・管理し、身の回りのものを揃えて整えて、連絡は二人分を全て一人で受け持つ。
「弟くん♡今日は魚の煮付けが食べたいって言ってたよね♡だからお兄ちゃん張り切って作ってきたよ♡」
デレデレ……というよりもはやベタベタとした声で弟にひよこ柄の巾着に入っている愛妻弁当ならぬ愛兄弁当を渡すのは東海道本線。
「うーむ、昨日はそう思っていたのだが今は肉の気分なのだ」
「わかったよ弟くん! すぐ買ってくるね!」
持っていた弁当を叩きつける勢いで机に放り、勢いよく部屋を出て売店に向かう東海道本線をなんとも言えない顔で山陽は見送るしかなかった。
「ねぇ、東海道? せっかくお兄さんが作ってきてくれたんだから食べてあげたら?」
まあこのやりとりは初めてではないので、どうせ返ってくる言葉はいつも通りなのだろうがそれでも毎度食べられない弁当が東海道本線が可哀想に思えて山陽は東海道新幹線にそう促してみる。
「何故だ? 私は肉の気分なのに」
やはりいつも通り心底不思議そうな顔で東海道新幹線はいつもと変わらない返答をする。
「それに兄も既に行ってしまってるしな」
「食べられなかったお弁当が勿体無いって思わないの?」
「私が食べなかった分は兄が代わりに食べる。何の問題も無い、全く何度同じ事を言わせるんだ山陽」
「いや、だからそうじゃなくてぇ……」
「お待たせぇ!!」
山陽の言葉の意図を理解できない東海道新幹線に呆れてどうしたものかと思ったところに、ばたばたばたと騒がしい足音が近づいて汗だくの東海道本線が今度はビニール袋を引っさげて戻ってきた。
額に滲む汗と肩で息をしている所を見るに今日も全力で走って駅構内を行き来していたのだろう。
「遅いぞ兄よ!」
「うう、ごめんね弟くん。何が一番美味しそうかなって見てたら遅くなっちゃった。でも向こうであたためて貰ったからあったかい内に、はい、食べて!」
袋から出して東海道新幹線の前に置き、蓋を取ってやり挙句の果てには箸を割るのも東海道本線がやってから、東海道新幹線はそれを受け取り「いただきます」と手を合わせて、大ぶりの名古屋コーチンが照り焼きにされた弁当を食べ進めていく。その間にも東海道本線はお茶の用意をしたり、弟の為に弟の午後のスケジュールや現在の状況確認をしている。
「……ねぇジュニア、毎日そんなんで疲れない?」
「? 何がですか?」
山陽の言葉にきょとんとした顔でそんなことを言う彼はやはり兄弟なのだと再認識する。この兄弟のタチが悪いところは、我儘な弟だけではなくそれを良しとして溺愛し甘やかしている兄がいることだ。弟は兄に甘やかされることを、兄は弟を甘やかすことを何とも思っていない。まるでそれが一般常識かのように自然の摂理かのように二人は互いにそう接している。
そしてそれが兄弟間だけで済んでいるならまだよかったのだが、願えば与えられ、やることなすこと褒められて、そうやってずっと現在進行形で甘やかされている東海道新幹線はその横暴で我儘な振る舞いを兄以外にもしてくるのが問題だ。自分の意見は必ず通るものだと信じきっており、こちらが反対意見を出すとよっぽどの正当な理由が出されて納得しない限りは己の意見を曲げす妥協もせず押し通そうする。加えて彼は年間一兆を稼ぐ他の追随を許さない堂々たる実力者であるのも手伝って身勝手さに拍車がかかっている。
そんな我儘モンスターを生み出した兄の方に「ちゃんとした教育をしろ! 」と言おうものなら「弟くんの言うことが全て正しい!! この世の真理でしょうが!! 」とそれこそモンスターペアレントさながらの逆ギレをかまし余計に話が通じなくなるので現状誰にもどうにも出来ないでいる。
最初の頃は何回か説得を試みていたのだが、二人共心底不思議そうにして理解を示すことは少しも無く、説得する方が折れてしまう始末だった。
「全く、振り回される方にもなってほしいよ……」
二人に聞こえると面倒臭いので極めて小さく零しながら、昼食に買った煮物の弁当に手を付けて、この迷惑極まりない兄弟を尻目に見つつ、山陽は束の間の休息を過ごすのだった。
食べている間も東海道本線は弟の世話をあれやこれやと焼き、デザートのゼリーを東海道新幹線が食べ終わる頃、まだ時間はあるが余裕を持って各々の持ち場に戻ろうかというタイミングでカツカツという革靴による足音とガサガサという物音が段々と休憩室に近付いてくる。音が止まったと思うと腕に何やら大きい紙袋をいくつもぶら下げている九州新幹線が無遠慮に休憩室へと顔を出した。
「御機嫌よう諸君」
「九州! 何その大荷物、旅行でも行ってきたの?」
机に次々とぶら下げていた紙袋を置いていく九州に、何事かと山陽が驚きと困惑の混じった声をかける。
「いや、ただこちらに顔を出しただけだ。しかし土産も無しでは失礼だろうと思ってな。ほら、我が妹よ遠慮なく受け取るがいい」
「ありがとうございます! つばめ姉様!」
屈託の無い笑顔で東海道新幹線は九州に礼を言い、その元気のいい謝礼に満足そうにうんうんと頷いた。喜ぶ東海道新幹線の隣で微笑ましげに二人を見ていた東海道本線がお辞儀をする。
「九州さん、いつもありがとうございます」
「いやなに、可愛い妹の為だ気にするな。それとお前にはこれを」
最後に九州の一つ腕に残した、他の紙袋よりは少々小さい紙袋を九州は東海道本線に押し付けるように手渡した。東海道本線はそれを丁寧に両手で受け取る。
「すみませんねぇ、いつも俺まで」
「気にするな、好きで持って来ている」
九州が東海道新幹線に渡すのは旬のフルーツを使ったスイーツだったり期間限定・ご当地限定の様々な有名銘菓の詰め合わせ。そして東海道本線に渡すのはいつも決まってこし餡の使われた高級な和菓子だった。
「ねぇ、九州? いっつもお土産渡すの東海道兄弟だけだよね? たまには俺にくれたってバチは当たらないと山陽さん思うな~」
そう、九州が手荷物いっぱいに紙袋をぶら下げている時は必ず東海道兄弟宛のもので、それが他の誰かに振る舞われることは今までに無い。この九州による東海道兄弟への大量の土産は昔からで、自分たちの業界に身を置いていれば噂は必ず一度は耳にするであろうというくらいに頻繁で目立ちに目立っているのである。
「フン、卑しい奴め。いいだろう、そんなに欲しければくれてやる」
「えっ!?」
山陽は冗談のつもりだったのだが、いつも目の前で色んな菓子が大きく広げられるのを羨ましいと思っていたことは少なからず事実なので期待と驚きが混ざったような素っ頓狂な声を上げる。
何をもらえるんだろう! とワクワクする山陽の前で、九州はスラックスの脇ポケットに手を突っ込み、その中にあったものを掴み山陽の前に差し出した。
「っわぁ――――――……?」
九州の手が開かれ最初こそ興奮したものの、手に収まってるものをはっきりと視認すると山陽の喜びの声は尻すぼみになり疑問符まで付いてくる。
「……ねぇ、これ、ポケットティッシュじゃん!」
わなわなと震えた叫び声を出しながら山陽が指差した九州の手の中に収まってる透明の切り取り線の入ったフィルムから見える小さく薄く白い長方形がいくつも重なり合っているそれは、どこからどう見ても、誰がどうやって見ても完全に完璧なまでに街中を歩いていると貰えるポケットティッシュであった。
「ここに来るまでにもらったんだ。お前にくれてやろう、感謝しろ」
「いや、ポケットティッシュじゃん! ズボンのポッケに手、突っ込んだ時点でロクなもんじゃないとは思ってたけどさぁ!」
「消耗品なぞいくらあっても困るものでも無いだろう、有難く受け取るがいい」
ドヤァという効果音が後ろに見えるのではないかと言うくらい見事なまでのしたり顔で九州は山陽に手と視線を向けている。自分が冗談でもねだってしまった手前、受け取らない方が後々面倒だと思い、渋々九州の手の平に乗っている見事なまでに何の変哲もない業者のPR入りのポケットティッシュを受け取った。
「アリガトウキュウシュウ……」
虚空を見つめるような瞳でカタコトで言う山陽の礼の言葉に九州は満足そうに高笑いをする。
山陽と九州の漫才を見ながらもらった土産に口をつけていた弟の世話を甲斐甲斐しく焼いていた東海道本線はそろそろ就業時間が再開する時刻を指す時計を見て、休憩室に備え付けてある冷蔵庫に自分と弟がもらった土産を詰め込んでいく。冷蔵庫のほとんどが兄弟の土産で埋まったが、そんな些細なことに申し訳なくなる東海道本線ではなかった。
「そろそろ戻るとするか」
「そうだね、そろそろ時間だから戻ろうか! 弟くん、午後も頑張ろうね!」
立ち上がり身なりを整え弟を手伝いながら東海道本線はにこりと笑ってこれからまた鉄道界の稼ぎ頭相手に必要のないエールを送り、休憩室を後にしようとする弟の後ろを付いて歩く。
「では姉様、私はこれにて失礼します」
「ああ」
礼儀深くお辞儀をして自分に挨拶する東海道新幹線の後ろで会釈する東海道本線に九州は軽く手を上げて応える。
「あっ、待って二人共置いてかないでよ! 九州と二人きりにしないでぇ!」
慌てて山陽も二人の背を追いかけ、残された九州は前二人の並び立つ姿を見て人知れず口元を緩める。
「我が妹はとよ! せいぜい午後の業務も励むんだな!」
九州からの激励の言葉に東海道新幹線は振り返り、自信が満ち満ちている笑顔を見せて天に拳を突き上げて口を開く。
「うむ! 全て私に任せておけつばめ姉様! 今日も稼いで稼いで稼ぎまくってやる!」
「きゃー! 他の追随を許さない唯一無二のカッコ良さ! 俺の弟くん世界一、いや、宇宙一! とにかくこの世に存在するもの中で一番の男!!」
今日もレールの上を彼らは走る。
弟絶対至上主義の兄とその兄に甘やかされた暴君の弟を中心に。何かと面倒くさくて鬱陶しいのはご愛嬌。色んな人を巻き込んで、色んな人を乗せて、今日も東海道兄弟は元気に出発進行です。