I’m mad about you‼︎ 1祓ったれ本舗の主な収入源は、動画配信サービスの広告利益である。
その昔、メディアの王だった地上波テレビ放送は日に日に視聴率を下げ、その栄光は見る影もない。それに伴い、番組制作の予算も比例するように減少。ギャラの安い若手芸人を起用する動きも出始めているが、ほぼ無名に近い連中の名前が並んだところで誰が見るというのだろうか。テレビ出演は以前のように旨味のあるものではなくなってしまった。しかし、芸能人としての一つの到達点としては未だ健在である。
何よりも芸の面白さで評価されたい。誰しもがそう思うが、知名度も話題性もない人間が舞台に立てるほど、業界に空きはない。
そんな我々が活路を見出したのが動画配信サービスだ。ここでは一人ひとりがチャンネルを持ち、自分のやりたいように動画をプロデュースして配信することができる。見る側もテレビより何倍も気軽に、どこでも、何度でも視聴することができる。これが最良のプロモーション活動となったのだ。広告利益も一つ一つは大きくない。それでも毎日、こつこつと続けていれば、塵も積もれば山となるといった感じで、決して裕福ではないが男二人が生活するに十分な金額になる。それに動画が目に留まる機会が増えれば、自然と知名度はついてくる。
ネットからテレビへと、我々芸人は虎視眈々とそのチャンスを狙っているのだ。
ガタン。
衝撃音に目を覚ますと、俺は床へと転がっていた。まだ覚醒しきらない脳みそを状況把握のためにフル回転する。
部屋は橙色に染まり、時間は17時を過ぎたあたり。周りにはお菓子の空き袋と大量の書類が散らばっている。右ひざに軽い痛みもある。ローテーブルの上のパソコンはスリーブモードへと移行していた。
そうだそうだと合点がいく。
次の動画のネタ探しの真っ最中だった。マネージャーが調べた『面白いことリスト』を眺めながら、いつの間にか寝入ってしまっていた。寝てしまうくらいだから内容はつまらないものばかりだったのだろう。
背筋を伸ばして、大きくあくびをする。同居人の気配はない。
今の時間帯からすると、夕飯の買い出しに出ているのだろう。眠気覚ましにチョコレートを一つ口に放り込む。糖分で覚醒を促しながら、カレンダーを眺める。
そろそろ来週の投稿動画を収録しないといけない。編集は事務所に任せている。こっちで追う負担はネタ出しと、出演だけ。しかし、このネタ出しというのが厄介で、毎度毎度そう面白いネタが降ってくるわけもない。漫才一本書くよりも、動画のネタを何個もひねり出す方が苦行だ。
事務所の方針としては「ビジュアルだけは良いんだから」とモデルまがいなことをさせたいようだが、俺たちの、俺の方針には合わない。顔から売り出せばファンは付くだろう。だがそれは納得できない。それで満足できるのならば、芸人なんて選択肢を最初から選んじゃいないのだ。
俺は頭を掻きながら、体を起こした。
こんな有様では同居人に何を言われるかわからない。くだらないことで夕飯のおかずを減らされたくないと、散らばったゴミと書類を集める。全部集めてテーブルの上へ置く。ネタはあいつが帰ってきてから一緒に考えればいいだろう。とりあえず居眠りをしていた痕跡を消そうと洗面台へ向かう。
パチッと照明をつけると眩しさに頭が痛くなる。冷たい水を顔にかけて、顔を上げると蒼い瞳の男と目が合った。
実年齢に全く見合っていない白髪に、どんな人種よりも蒼い瞳と、190センチはある大きな体躯。目立ちたくなくても、目立ってしまう風貌。見た目は良いんだから、とはよく言ったものだ。俺は生まれてこの方、これを「良い」だなんて思ったことはない。
なんでも俺の家系では一定周期でこういう見た目の人間が生まれてくるらしい。隔世遺伝というやつだ。とんでもないものを遺しやがって、顔も知らない先祖に唾を吐きたくなる。
この容姿を受け入れるまで時間がかかったものだ。家にいようが、学校にいようが、街にいようが、常に好奇の目に晒される。この仕事を選ぶまではそれが嫌で嫌で仕方なかった。芸人になると決めてからは寧ろこの見てくれがプラスに働いた。なにせどこにいても目立つのだ。ざまぁみろ。
すっかり暗くなったリビングにも電気をつけた。
そのままキッチンへと向かい、冷蔵庫に入れておいた炭酸飲料のボトルを手に取る。何か言った覚えはないが、いつも買い置いてくれるものだ。
この家の同居人兼相方である男とは高校時代に出会った。
といってもドラマチックなものではなく、同じクラスで席が両隣だっただけ。話をしているうちに意気投合し、喧嘩しながらも仲良くなり、最終的にはお互いを「親友」と位置付けるまでになった。
世間一般的な「高校時代の親友」という人間関係を、俺が芸人というキーワードで延長した。「親友兼相方」。元から誰かを隣に置くことに抵抗があった俺が、どうしてあの男だけを特別に思ったのか。理由はいろいろとある。だから俺はその腕を引き続けている。
相方はまだ帰らない。
動画の再生状況でも見て暇をつぶそうと、先程と同じように床に座る。俺よりも長い昼寝をかましていたパソコンを起こしている間に、ふと『面白いことリスト』が目に入る。
その書類に書かれた文字が俺の頭に電流を流した。
「どーも、祓ったれ本舗の五条悟っです!」
「夏油傑です。」
「今回の祓ったれチャンネルは、みんな大好き『心霊スポット』に行ってみよー!ってなわけで。俺たちはとある山奥を歩いていまーす!」
「…」
都市部から車を走らせること2時間。俺たちは郊外の山奥に来ていた。
時間帯は深夜。トレードマークとしている丸フレームのサングラスも今回ばかりは外そうかと考えたが、キャラクターは大事だなと半分ずらしながら夜道を歩いている。
空には都会ではなかなかお目にかかれない星空が広がっていた。目線を上に向ければ良いものだが、下げれば途端に薄気味悪さに支配される。ネットの地図を頼りに、懐中電灯で辛うじて見える山道を進んでいく。
今回の動画のテーマは『心霊スポット』。俺の目に留まった書類に書かれていたのは、地図と噂話。俺たちは主に漫才で勝負している。そのなかでも、幽霊や前世、オカルトに寄ったネタには評判があった。俺たちのイメージと合致する。もっと早く気付くべきだった。
「ちょっとぉ、傑くん。顔色が悪いですよ?もしかして怖いとか?」
「そんなんじゃないよ…」
今回はマネージャーが都合が悪いと言い出して、ロケには俺と相方の傑との二人で行くことになった。進行もカメラもこなすのは面倒だが、手持ちのカメラというのも味があっていい。先程からノリが悪い相方の顔にこれでもかとカメラを近づける。相方はそれを右手で押しのけると、渋々ながら前へと足を進めた。俺はわざとらしく大きなため息をついて、録画を一時停止する。
「マジでオマエなんなんだよ。乗り気じゃねぇのはわかるけどもさ。やるって決めたんだからちゃんとやれよ。」
「まさか悟に正論を説かれるとはね。今日は雨が降りそうだ。」
「あぁ?」
「ごめんね。ちゃんとやるよ。」
見てわかる通り、俺の相方は今回の収録に乗り気じゃない。それは今さっき始まった話ではなく、俺が買い物から帰ってきた奴にあの書類を読ませてからずっとこうだ。祓ったれ本舗のスタンスは、二人揃ってオーケーを出すことしかやらない。仕事の内容や漫才のネタに関して、二人が納得しない限り通さない。それは結成当時からの暗黙のルールだ。俺もそうしてきたし、相方もそうしてきた。だから今回の収録内容だって、俺は彼に伺い立てたのだ。傑は俺の提案にまるで腐った雑巾でも飲み込んだような顔をした。それでも最終的に、いいよといったから今日がやってきた。
傑はどうしてここまで嫌がるんだろう。俺は苔で抜かるんだ石畳に足を取られないよう気を付けながら考える。心霊系が苦手だということはない。学生時代から幾度となくホラー映画を見てきたが、どれも顔色一つ変えずに見ていた。俺ももちろん怖くなどない。心霊スポットを怖がっているわけでもない。ましてや、俺に気を使っているわけでもない。俺みたいな気まぐれを起こす人間でもない。結局答えは出ず、とりあえず目の前にある階段をひたすらに登った。
「うわ、でかぁ。」
「随分錆びれているけど千本鳥居ってやつかな?」
階段を登りきると目の前に大きな鳥居が列を成して現れた。例にもれず朱色だった塗装は遥か昔に剥がれ落ち、木製だったのか風化の影響で柱が折れているものも散見された。鬱蒼とした森の中にこの光景があると思うと、心霊スポットといわれる説得力がある。
「第一関門クリアって感じな。ちょっと傑、その前でピースして。」
「なにそれ。関門って何。」
カメラを構えると、傑が嘘くさい笑みを浮かべてピースする。よしよし、サムネはこれでいいだろう。そして俺は満足げに、ひとつ鳥居をくぐった。
「心霊スポット自体はこの奥。でもそこにたどり着いた奴はいないんだって。」
「迷子にでもなるのか?一本道だったじゃないか。だいたい、誰も行ったことがない心霊スポットなんて、」
傑も俺の後から鳥居をくぐる。その瞬間にバチっと音を立てて傑の持っていた懐中電灯が赤く光った。それから何もなかったように、白色で道を照らした。傑は驚いた顔をしていたが何ともないようだ。
「やっば。今の何。てか、カメラに撮れたかな。」
「悟ってさ。動画配信始めてからさらに図太くなったよね。」
「オマエが淡白すぎんじゃね?もっとガツガツいけよ。」
「二人してガツガツしてたらバランス悪いだろ。ほら、さっさと先に進もう。」
またひとつ、ふたつと鳥居をくぐっていく。幾分先程より、上空を覆う木々が開けた気がする。適当な話で場を繋ぎながら歩き進める。最後の鳥居を出ると、目の前に半壊した門があった。元々は立派な造りだったのだろうが今は見る影もない。砂のように砕けた瓦が散らばるばかりだ。懐中電灯でその破片を辿っていると、大きな杉板を発見した。裏返してみると文字が書かれている。
「とうきょう、と、りつ?東京だって!懐かしい名前!あとは、なになに、専門学校?おーい、何の専門学校か読めねぇじゃん。」
以前は門に掲げられていたであろう板は、ここがその昔学び舎だったことをやっとの思いで伝えている。しかし、それ以上の情報はない。先に進もうと、瓦礫を押しのけて道を作る。かび臭い埃が舞って軽くくしゃみをした。
「何してんだよ傑!お前も手伝えって。」
「…ねぇ、悟。本当に覚えてないのか?」
振り返るが、傑の表情はよく見えない。しかし、それがどんな顔なのかは手に取るようにわかる。この質問を受けるのは今が初めてじゃない。もう何回も、何十回もうんざりするほど繰り返してきたのだ。
「…覚えてない。いつもいってるだろ。」
「そうか。」
俺がいつもと同じ返事を返すと、傑はそれだけをいって瓦礫を片付け始めた。
「誰も足を踏み入れたことのない心霊スポットには、いったいどんな話があるのかな。」
「あー、書いてあったのは『呪われた刀剣』とか『言葉をしゃべるぬいぐるみ』とか、あとなんか妖怪がたくさん。」
「ふふ、なんだいそれ。ここじゃなくてもいい話じゃないか。」
「あ、そうだ!あとは『腐らない生首』!もう100年も腐ってないんだってよ!」
「へぇ。そいつは怖いなぁ。」
そこは寺院のようで、見た目には学校には見えなかった。首の落ちた六地蔵に、扉が開きっぱなしの祠。この通り、世間一般におどろおどろしい空間だから、心霊スポット巡りとしては取れ高は十分だろう。俺はここの噂話を相方同様一ミリも信用しちゃいない。第一、俺はそういう非科学的なものを信じていないのだ。怪談だの、心霊スポットだの、話のオチどころはだいたい決まっている。しかし、この『お決まり』というのがテンプレ的にウケる。だからここにやってきただけということ。もし、いや、こっちの方が確率は低いがホンモノが映っても、映らなくてもどうだっていい。
懐中電灯を右往左往させて、侵入できそうな建物を捜索する。だが、ここにある建物は柱が立っていればまだマシな方で、殆どが基礎部分を残して更地になっている。
傑にまだ話していないが心霊スポット巡りをシリーズ化するつもりだ。俺たちの芸風に合っているし、コスパも良い。だが、それも記念すべき第一回の評価次第。俺としては盛り上がりが欲しいところ。だからどこか手軽な建物に入って騒ごうと思っているが、上手くいかない。次回はもっとわかりやすい廃屋とかトンネルにしよう。
「あ、あそこは?入れそうじゃん。」
「え?入るの?崩れたら危ないよ。」
「大丈夫大丈夫。傾いてるけど、他よりだいぶしっかりしてるよ!」
「ちょ、おい!入るならせめて拝んでから!」
「五月蝿えなぁ。もうこんなとこに神サマもいないっつーの。」
やっと見つけた入れそうな建物は、神社の社殿によく似た造りをしていた。ますます学校ぽさはないが、もういいだろう。文句が止まらない傑の腕を引いて、社殿の板戸を開ける。もちろんカメラの録画は再開していた。
「さぁさぁ、怪しげな建物に入りましたよ〜と。うわ、蜘蛛の巣ばっかりじゃん!キッショ。」
「はぁ。ここはだいぶ綺麗なんじゃない?」
「なーんか怖いね!怖いっしょ!ね?ねぇ〜?」
「はいはい。コワイコワイ。」
壁は剥がれ落ち、天井も穴が空いている。床板はギシギシと耳障りな音を立てる。いい感じ。これで行き止まりまで進んで、何かしら適当に叫んで映像を切ればオチになるだろう。
「悟、悟。」
「あんだよ。」
自分を呼ぶ声に振り向く。すると傑が小さな声で続けた。
「何か、聴こえない?」
「はぁ?何も聴こえないけど。」
「というか悟、私のこと呼んだ?」
「呼んでませんが?」
急に泣き言を言い出した相方の顔を照らす。どんな面してこんなテンプレじみたことを言い出したのか。見れば、それは冗談では無く言葉通りに顔を青くした男が映った。ネタに乗ってきたわけではないのはすぐにわかった。長年の付き合いから、とかではなく、本能からだった。俺はすぐに周りを見渡した。暗闇に耳を澄ます。声だと?そんなものどこからも聴こえない。
「おい。それどっから聴こえる?」
「どこって、あっちかな。」
「よし。」
「よしって、おい!行くのか?!」
「行くだろ。お前のこと呼んでるんだろ?」
「呼んでるからって行くのはおかしい!」
「せっかくおもしれーことになったんだからよ。」
カメラを構え直す。傑の指差した廊下の奥を照らす。俺に声は聞こえないが、あいつが嘘をいってるわけでもない。心の中に恐怖心が芽生える。しかし、それよりも好奇心で心臓が高鳴った。
声の主を探すため、ひたすらに進む。何かに近づけば近づくほどに声は大きくなるようで、恐ろしさからか傑の額には汗が滲んでいた。
「ていうか、霊感?ってあるもんなんだな。」
「嫌だよ私は、今生は長生きしたいんだ。」
「あっそ。なぁ、どこらへん?」
「あー、え、ここだ。」
立ち止まる。そこには金庫を思わせる分厚い扉があった。ここだけ雰囲気が違う。霊感が無くてもなんとなくだが俺にもわかった。まだ傑は俺を制止するが、構わず手を伸ばす。少し力を込めただけであっさりと開いてしまった。南京錠とか仕掛けがあると思わせておいて普通の扉。
部屋の中は廊下よりも暗く、どの壁も天井も破損していないようだ。空気が重い。流石に入るのが憚られて、とりあえず懐中電灯を向けてみる。高性能を売りにした光は、まるで飲み込まれたように消えていく。何も見えない。確かめるには入るしかない。ふとカメラを覗き込むと画像にノイズが走っている。この大事な時に故障かと電源を付け直す。いくらかマシになった画像に鈍い光が映る。不審に思って視線を部屋の中に向ける。その瞬間、ガタッと音がした。そして、それは床に落ちた後にゴロゴロと転がっている。ゴロゴロと、こちらに向かって。近づいてくる。肉眼でその正体がわかるほど近くに。そして、「目」が合った。何よりも蒼いその瞳と。
手からカメラと懐中電灯が落ちる。衝撃音と同時に俺は座り込んだ。何が、一体どうなってる。理解ができない。
「俺じゃん。」
目の前には俺と瓜二つの生首が転がっていた。