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    rein2jiaca

    くぅ〜〜 … 自信ない時にこっち投げることにします。。

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    rein2jiaca

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    完結後の世界線なのでネタバレ要素ほんのりあります。
    レイマシュですが割と足し算寄り、先輩と後輩の関係性で、それにデフォルトでマッシュくん愛されがある感じです。
    読んで完走したその日のうちに書き始めたので多少の不出来は大目にどうか…お許しをば…

    先輩が後輩の勉強を見る話イーストン魔法学校のチャイムがなる。
    それは授業が終わり昼の訪れに学生皆が息をつき、開放感に安堵する合図だった。
    今日もこの時を心待ちにしていた学生らは、普段通り扉を開け各々学食や、持参したものを食べるべく動き始める。

    はずだった。そう、このかの黒髪の少年。数ヶ月前にこの世界を救い、魔力無しにして神覚者に選ばれたマッシュ・バーンデッドのクラス以外は。
    「…ハッ!お昼だ」
    「しっかり昼になると起きるんだよなマッシュ君…」
    そう言って隣の席で眠る友人を起こすために肩を叩こうとした手を止めたのはフィンである。
    授業でも呆然としており、なんとなしにふと横を見ると遠くに意識が持っていかれてるか、突っ伏して寝ているかがほとんどなマッシュという友人に良くも悪くも毎日世話を焼いていた。
    ただそれすらも彼にとっては幸せな学校生活のひとつらしく、その全ては優しさと楽しさの溢れた行動となっている。
    今日も律儀に寝起きでぼぅっとしたマッシュを連れていくべく手を引いて教室を出ようとした矢先のことである。
    ピリっとした空気が不意に廊下と教室に走った。
    少し静かな学校の昼なんて違和感でしかなく、何事だろうかと教室のドアを開けると、そこには眉間に皺を寄せ無言でみつめてくる自分の兄。
    「え!?兄様!?なんで僕のクラスに…」
    そこには神覚者であり今にも舌打ちをしそうなほど険しい表情をしたレイン・エイムズが立っていた。
    彼は1度弟の顔を見た後に、その手に引かれている少年、マッシュを見て大きくため息をつく。
    「…ひとつ聞かせろ。今日の授業こいつはまともに受けていたか?」
    「えっ」
    フィンは突如投げかけられたその質問への答え方に悩んでしまった。正直なところ答えなんて1つだし、言い淀んだことで間違いなくこの兄には結論が見えているはずで。
    それでも兄から感じる怒りを、恐らくこの後マッシュ君へ向けられるであろうそれを少しでも減らしたいがためと静かに急いで答えを考える。
    「えっと…昨日よりは、頑張ってた……かな?」
    「まともに受けていたかを聞いているんだが」
    「うっ… でもマッシュくんも少しづつ意識がある時間が増えて」
    そこまで言った辺りでもう一度兄は大きくため息をつく。まずい、やはり自分でも力不足だったらしい…。
    でもどうかそんなに彼を怒らないでと思うのは、自身のマッシュへの甘やかしが板についてきてしまったが故であることを、フィン自身も気づけていないのだが。
    そうしてピリついたクラスでの会話の最中ですら、自分が手を引き話し合いの対象とされたマッシュはぼうっとして天井にイマジナリーシュークリームを浮かべては夢との狭間に浸っているのだ。
    もう一度レインの険しい表情が後方のマッシュへと向けられる。
    「やはりか仕方ねぇ…しばらくこいつを借りる。学長からの件だ、気になったらここに来い。」
    「えぇ!?!ちょっ、あれっいつの間に!?!?」
    フィンはようやくここで自分が掴んでいたはずのマッシュの手の感覚が無いことに気づく。振り返るとそこにはおらず、兄の言葉の次には兄の隣にマッシュが移動していたのだ。チェンジズ使ったっけと少し首を傾げるくらいにはスムーズな移動だった。
    そして必要なことだけを伝えた兄はそのままぼうっとしたままのマッシュくんの手を掴んで昼とは思えないほど学生の整列した廊下を歩くのだった。
    …同じ寮のマントをなびかせて歩くその後ろ姿だけは、まるで寮長会議にでも向かうのかと見まごうくらい2人はかっこいいのだが…恐らく前方から見た2人の表情の差に驚いた学生が通り過ぎたあとへたり込むあたり、相当なんだろうななんて遠目で見つめるしかないフィンだった。
    どうしよう、気になることだらけなんだけどマッシュ君借りた理由とかも聞いていいのかななんて、突拍子の日々に慣れ始めたこともフィンはそろそろ気付くべきであった。


    当のマッシュは到着した天井が食堂でないことに気づき、ようやく前を見る。
    「あれ、ここ食堂じゃない…」
    そう呟いた頃には掴まれていた手は離され、何故か目の前にはフィンではなく対象のツートンカラーの兄の方のエイムズがいた。
    「いつの間に。レインくん、お久しぶりです」
    「…久しぶりだな。」
    「どうかしたんですか?」
    「……」
    「シュークリーム食べますか?昼用に朝作ったんですけど。」
    「また…調理室を勝手に使ったのか」
    「流石に許可取りました。その代わり作ったのを食べさせて欲しいと言われたので。」
    「…そうか。」
    「これからは授業のない時なら自由に使っていいと言われました。先生ふほっははへふへ」
    「食いながら喋るな」
    言い終わるまで食べないという選択肢はシュークリームに対しては薄いらしく、それにすら慣れてきた自分を戒めるように今一度シュークリームを取り上げる。
    「あっ、…シュー」
    「急ぎだ。先に俺の話を聞け、終わったら返す。」
    「そんな横暴な」
    しゅんとした表情に少しだけ言い難いきゅっとした感覚が湧くが続ける。
    「簡潔に言うからこれくらい耐えろ。
    いいか、お前は少し前に神覚者に選ばれその上で世界をも救った。その影響力は世界に及んだ上、当然実力も申し分は無い、誰もが認めるだろう。」
    「すごい褒められる…ありがとうございます。」
    素直さも最上級だななんて思うのはこれで何度目だろうか。しかしそれを上回る程のものをあのじじいから押し付けられた今、俺はやむ無くこれを突きつけるしかない。
    「だがな、…この成績はなんだ。」
    ぺらりと置かれた筆記の小テストには芳しくない評価が並び、隣にはもっと頑張りましょう、せめて寝ないで、力で解決していいから1/5くらいは何とかとって!等、もはや先生からの懇願すら書かれている始末だった。
    「おお、前より上がってる…」
    「…これでなのか……」
    レイン・エイムズは連れ込んだ空き教室で天井を見上げる。そうしてもう一度覚悟を決めるように目を閉じ開くと、テスト置いた所に座るよう促した。
    渋々席に着いたマッシュは目の前で眉間を深くした先輩を見上げて首を傾げる。
    そうして告げられたのは、
    「この1ヶ月、俺がお前の授業の面倒を見ることになった。どんな手を使ってでも知識の基礎を叩き込む。覚悟しておけ。」
    「えっ」
    「お前は魔法に触れてこなかったから他よりイメージも言葉も繋がらないのは仕方がないだろう、そこを責めるつもりも毛頭ない。だが、神覚者として名を連ねた以上最低限の知識がないと今後生きていく上でも不便が多くなるのは間違いない。
    そして直前のテストがこれだ。言うまでもないが…」
    「もしかして、めちゃくちゃまずいやつですか?」
    彼は表情筋を動かさずにいつもの夕飯でも聞くような声で尋ねる。いや、だがきっとかなり焦っている方の顔だろうこれは。
    「…少なくともこのテストをもう一度やって8割……いや、5割は取ってもらう。」
    ガーンと青い背景が見えそうなくらいには衝撃を受けたらしいマッシュは、あばばばと微かに小刻みに震え始めた。5割、5割だ。
    全く同じテストで5割。
    いや、正直8割と言いかけたところで本能的に意識が飛びかけたマッシュを見て咄嗟に5割といい直したのはもはやこのレイン・エイムズという男すら甘さが出てしまったという他ないだろう。
    全くもって無意識に甘さがでてしまうのは血筋故か、面倒見の良さというには些か偏っているが止めるものも意見する者もいないのでこちらも仕方ない。
    レインは、もう一度テストを見る。そうだ、この初歩的なテストで半分を取らせることから始めようと、震えるマッシュの頭を抑えるべく先程とり上げたシュークリームを戻す。
    ピタッと止まりもっもっという効果音と共に顔色が良くなったマッシュを見ながら、もう一度同じことを告げると今度は小刻みに震えながらシュークリームを食べていく。
    どことなく一瞬でも自室の兎を連想してしまった自分に僅かに混乱しつつ、今一度昼だからなと食堂へ連れていくのだった。
    昼下がりの込み合っていたはずの食堂が一瞬で空席を作ったのは言うまでもない。

    ……
    その後事情を把握した先生らにより教室とマッシュの授業時間を受け持つことになったレインは、早速持ってこさせたノートを開かせる。
    「…おい。」
    「ハッ、クリーム生地は手早く混ぜると崩れにくいです」
    「……」
    眉間のシワが濃くなる。
    ノートを開かせ、教科書を並べた時点でこれだ。教室でもない、マンツーマンでこの状況である。
    今日この1時間で俺は何回天井を見上げた。初日でありながら見慣れてきた天井から視線を落とす。
    まともにやった所で恐らく改善には繋がらないと悟り、教壇から降りるとマッシュの目の前に立つ。
    結論を言うと意味はさほどなかった。
    再び「おい」と小突くと呑気にそういえばレインくんは座らないんですかとまで言われる。
    そうか。教師役とすら認識していなかった訳だと、体裁の面で深く考えることを一切辞め、いっそそれに習うかとマッシュに言われたまま教師のように前に立つことを諦めた。
    そして隣の方へ座り込み、教科書を開かせる。
    「そこだ、ここから始める。分からなくなったらすぐに聞け、いいな。」
    「な、ナルベク、ドリョク、シマス」
    ぷるぷるとしながらも、先程よりは聞く姿勢のある様に安堵しつつ、マッシュに勉強を教えるという長い長い道のりの1歩がようやく始まった。

    ……
    『彼の勉強を見てやりなさい』
    そう突如呼び出され押し付けられた案件に、俺は素で怪訝な顔でもしたのだろう。
    フォッフォッと笑った学長はニコニコとしたまま今日から1ヶ月だと流れるように内容を述べた。
    『先輩としての働きじゃよ、それに時期彼も神覚者として動いてもらわねばならんからの。』
    『手段は一任されるということでいいのでしょうか』
    学長は頷き、あまり厳しすぎないようにと付け足したのを聞き届ける。その日以来確かに俺への神覚者としての外の任務は減り、一日のほとんどを学校で過ごすこととなった。同室の親友との顔合わせも増して会話も増える。
    多忙を体現したような日々を送っていた自分にとってそれはどこか懐かしさもあり…それでいて後輩の面倒を見る時間というのも、ある意味休憩と言っても過言ではないくらい、存外ゆるやかで悪いものでもなかった。
    弟の友人ではなく、先輩と後輩。そんな関係性でもあったと、今更ながら思い出し首を傾げる。そこには差は無いと認識しているが、どことない違和感が拭えなかった。



    ペラペラと教科書を捲りつつ隣で直に指摘していく。
    マッシュの勉強を請け負うことになってから数日経ったが、見ていて理解が悪い訳では無いらしいことが分かった。
    マッシュ・バーンデッドという人間自体やはり言うまでもなく非常に素直で、丁寧に伝えたことは実践してそのまま行えるほどにスムーズであった。
    ただの当初数問解く度に電池が切れたように机に突っ伏す現状を打破すべく、俺が必要経費としてシュークリームを両手に抱えて教室をもどるはめになったこと以外は。
    「……プシュー」
    「…はぁ」
    隣で電池が切れる度にまるで水分補給のようにシュークリームを1つ掴んでは口に運んでやる。
    そうすると復活して再び問題を解き始めるのだ、傍から見ても説明はし難いが見たままである。
    それをひたすら繰り返して、以外にも予定通りの進捗で事は進んでいた。
    「…水はいいのか。」
    「……出来たら欲しい…、ですね。喉は乾くので」
    「……」
    気まぐれに聞いた自分の甘さではあるが、素直過ぎるなと思いつつ隣で順調そうな後輩を労るべく今一度魔法で紅茶を注いでやる。
    すると、つらつらと筆の音が止まった、横を見るとじっと金の瞳とかち合う。分からない所でもあるのかと覗き込むとすぐさまそらされた。
    「なんだ」
    「…いえ、レインくんとフィンくんってやっぱり似てると、思っただけです。」
    「…勉強には関係ないだろう。」
    「すみません」
    乏しいはずの表情筋に、どことなく悲しさの影が見えた気がする。それだけで少し会話くらい付き合ってやってもいいと、いつの間にか思考は偏ってしまうのだ。
    今一度頭を抑えて時計を見る。
    休憩と称して投げかけた言葉に生意気な後輩はやっぱり似てるなんて同じことを言ったのだった。



    1週間経ち、基本的な用語を覚え固まってきた頃行ったテストは何とか合格ラインには届いていた。他にも成長したと言えば、電池切れ(?)の頻度が僅かに減ったことくらいだろうか。
    「フフン」
    ドヤ顔をするには物足りないが、最初に5割と言ったのは俺だ。素直に褒めるべきだろうかと、少し頭を悩ませた時のことだった。
    「…」
    マッシュはスンと真顔に戻り席に着く、静かなそれは普段と変わらないはずなのに言い表せない違和感があった。
    まぁいい、一区切りではあるが次の章に進められると区切りに入れた紅茶を浮かせてプリントの準備をする。
    休憩として他愛も無い会話をするための時間をとったのだが、大抵は後輩が燃料切れで突っ伏してこの一週間は寝ていることがほとんどだった。
    ただ今日は珍しく起きているらしい、午後に響かないだろうかと自分の方が気がかってしまう。授業中眠ったらペナルティがあることは伝えたはずだと頭に過ぎらせたところ、思い出したような問いがかけられた。
    「そういえばどうして僕の勉強をレインくんが見ることになったんですか?」
    マッシュはシュークリームを食べる手を止めて一つだけ尋ねてきた。
    やっとこれを聞いたかと、飲んでいた紅茶を置く。
    早々に尋ねられるだろうと思っていたのに数日も置かれて聞かれることになるとは、もはや気にしていないのかとすら考えた。
    他のやつらからすると、それこそ
    「"神覚者"であるから。」の一言が俺達ふたりのどちらとも理由になる(神覚者の相手は神覚者がするべき、神覚者様なら大丈夫だろう)と、納得できることだろう。
    俺自身も最初にこの件を言われた時、後輩や寮長としての兼ね合いもあり学校内の様子見など含めての活動だとすぐさま納得したものだ。そんなふうに軽く説明してやるつもりだったが…
    「学長に頼まれたからだ。」
    ここまでの経験上、あまり情報量の多い余計なことは言わない方がいいと判断した。
    「…そうですか。」
    それだけ答えるとマッシュは再びシュークリームを頬張る。端的に答えすぎただろうかと、なにか1つ間違えたかのような歪な感覚に覆われた。
    「第一お前、初めの方のテストはどう乗り切ったんだ?間違っては無いがどこかボロが見える解答が多い、4割思い出せているかどうかだろ」
    「…みんなに、手伝ってもらったんです。それで乗り切れました。フフン」
    少しばかりドヤ顔を向けられ、数日前に資料として提示された成績表を思い出す。…さほど威張る点では無かったことは確かだが、その表情からして本人的にはさぞかし有意義であったことは十分に伝わった。
    ただ、乗り切るための勉学と理解するための勉学とではその後の応用や発展に大きな差がつく。こいつには今後のためにも理解の面でかなり固い基礎が必要そうだと、再認識する。
    「だがまぁ、乗り切ったのはいい事だ。」
    そこで乗り切れず退学にでもなっていたら、今は無い。
    視線の先を丸い黒い髪が映りこむ、金の目とかち合うと、ふい と逸らされ俺もマッシュも再び黙り込んでしまった。
    「?」
    俺はかける言葉でも間違えたのだろうか。
    意図的な仕草に感じ視線を落とす、手元の残り少なかったカップの紅茶に気付いて飲みほした所だった。
    「だから別に…勉強を見るだけならそんなわざわざレインくんじゃなくても僕は大丈夫でしたよ。」


    パキッ
    「あ?」
    「えっ」
    音の先を見ると手元の陶器にヒビが入っていた。力を込めすぎた訳でも無いはずなのに。
    幸い飲みほした直後で支障はひとつもない。
    「なんか、すみませ「謝らなくていい」はい」
    「…休憩は終わりだ。次の章から始めるぞ。」
    「でも」
    指でトントンと教科書を叩くと、無造作なペンの音が再開する。
    後輩の視線も今は慌てるように手元の紙へと向けられていた。
    替え時だったか?とティーカップをまとめて端に置く。静かな教室に、ペンの音と陶器を置く音はよく響いていた。
    「?」
    まただ何か少しざわつく。どことなくもやついた感覚に覆われていたのに気付いて、先程のがどうやら無意識のうちに魔力がこもっていたのではと考える。それに伴ってさっきのも思っていた以上に低い声が出ていたらしい。それで怒ったと思われたのだろうか。
    (…静かになると、色々考えちまう)
    どこかすっきりとしない状態に嫌気がして、そして誤解もないようにと気がせったのだろうか。
    「…別に怒ってはない。」
    付け足すように告げる。変に気にせず続けて欲しいと少しばかりの罪悪感から発しただけのこと。
    「いや怒ってましたよ今の」
    「…」
    まじか、そこで言い返すのかと。内心区切った会話が即座に繋ぎ直されてしまう。
    「怒ってはない」
    「嘘やめてください、僕は分かりますよ」
    「チッ」
    「ほら怒ってますって」
    何故、こんなにもガキみてぇなやり取りをし始めてしまったのか。こんどは無性に腹が立ってきた。
    「怒ってはない、早く問題を解け」
    「なんか納得いかないので嫌です」
    こいつ… あぁ、だが別にこんな小さなことで喧嘩を引き起こすつもりもないのだ。
    少しづつ眉間の皺が濃くなっていく気がして、俺は席を立ち空気をリセットさせるつもりで教室を離れることにした。
    「続けてろ、少ししたらもどる。」
    「…サボ「サボりじゃねぇ、カップの換えと別の紙を持ってくるだけだ」
    パタンと閉じたドアを背にして、教室に初日からの内側から出ていかないようにする魔法を今一度かける。念の為とはいえ、本気であいつが逃げたら誰も捕まえられないだろうからと。
    慣れてきた教室を横目に冷えた廊下を1人で歩く。
    数秒前の出来事がやけに鮮明に頭の中で再生されていた。
    『別にレインくんじゃなくても』
    …あぁ、ここからだ。この後輩の他意もないはずの言葉の後からなぜか、むしゃくしゃとした感情があった。
    カツカツと、床を踏む靴音が早まる。
    あんなにも教室はぬくいくせに、壁を隔てただけの授業中の廊下は冷えているなと思わずにはいられなかった。



    そうして紙を取りに行くと言って出ていった俺は、実際のところサボるでもなく自室へあいつ用に作成したテストを手に取り戻る予定だった。
    だがその途中で連絡が入り、学校近くの街中での騒動を抑えるべく呼び出され、対処に向かわされるはめになった。
    「…」
    新しいカップを、持ったままだが。
    「うおおお!紅茶を片手に!さすが神覚者様!」
    光の神覚者と似たようなことを言われたのはあまりにも不本意である。
    だがこの所学校に居座り続けてこういったのが一切無かったため、対応自体久しいものもあった。
    結論をいうとさほど大変でもなく。ただ騒動の原因が集団によるもので、周辺の人々の騒ぎ方が尋常では無かったのは確か。神覚者として呼ばれたのもいわゆる念の為というものだろう。
    魔法警察の制服を着た輩がこちらに降り立つ、部下に指示を出しながらふわりと浮いた紙とペンに報告要員かと察した。
    「お疲れ様です神覚者様。さっそくですがご報告の必要がございますので、現場の詳細をわかる範囲でお教え下さい。」
    「あぁ。ここの建物の…」

    神覚者が現着しただけで起こっていたパニックは収まり、それなりに人々は落ち着きを取り戻せる。
    それくらい存在しているだけで抑止力となれる所以、その分駆り出される頻度も低くは無いのが常であった。
    だからなってからというもの、学校にいる時間も減り寮長としての働きも活発には行えていない。それも見据えてなのか、ウォールバーグ学長はこの件を俺に持ってきたのだろう。
    俺自身もその点は割と感謝している、フィンの様子もわかりその上であの日以来の学校の雰囲気も知れるのは大きな収穫でもある。
    特にうちの学校は間接的にもマッシュに助けられた者が多い、偏見といった面でもはや奴的にも気にする事はないだろうが長年続いていた風習のような概念そのものを根本から即座に変えることは難しい。
    今日街を歩いていて耳をすませずとも、そういった声はなくはなかった。
    あいつは自分で運命に抗い、勝ちとった。
    言うまでもなく拳1つで成し遂げたんだ。外野に文句を言わせてたまるかと、これ以上何か理不尽なことに巻き込まれて欲しくも無かった。要するに、

    ただ単純に、俺はあいつのことが心配だったのだろう。
    だから…
    「その後の集団の一部は東側へ逃走と…神覚者様?」
    「…パルチザン」
    街中の上空に舞った金の粒子が剣を生成する。
    「へ?」
    「急ぎだ。報告はそれで通せ。」
    「は、はい!」
    街に影を作ったそれに飛び乗りもう一度「サーフパルチザン」と唱えるとスピードを上げがら学校へと最短で距離を詰めていく。
    あの後輩をどうこうできる奴がいるとは思えないが…
    それでも、もう一度顔を見るまでは。


    ガラッと教室のドアが元気よく開く。
    「やっほーー!!マッシュくん!勉強どう?」
    「ハッ!フィンくん」
    「私もいますよーー!マッシュくん〜!やっと会えましたね!休み時間なので来ちゃいました!」
    「あの男も居ないようだしな」
    「勉強ちゃんとしてんのかぁ??サボってねーか?あとこれ教室きた土産のハーブティーな。」
    人の教室来たからには…いや、人の教室ってなんだ…?と自問自答しつつドットくんから渡されたパッケージは黄色で少しだけ良い香りがしていた。
    続々と顔をのぞかせたいつもの4人に内心ほっとする。あの先輩と間近にいて思ってた以上に緊張していたらしい、キムとケビンも一緒に緊張してピクピクしていたし。切り詰めた空気が和らいで
    「本当はさもうちょっと来たかったんだけど…」
    「私も流石に何か怒らせないかな〜とか…ちょーーーっとだけ怖くて…」
    「すっごいわかる。」
    レモンちゃんの言葉に頷く、僕が言えたことじゃないかもしれないけど、表情が乏しくて正直怒ってるのかなとか何度も考えてしまうのだ。
    「あはは…兄様中々顔に出ないからね…」
    「で、どうなんだ実際の進捗は」
    ランスくんが手元の教科書とさっきのテストを見るぞと言ってめくる。
    「お、お前ここ前結局最後まで苦手だったの解けてんじゃん」
    「おお〜!成果でてますね!」
    「フフン」
    「わぁー!いつものマッシュくんだ〜!すごい1週間も授業一緒にいないだけでなんかもう懐かしい感じする」
    そうして流れるように詰め込まれたシュークリームをもっもっと満足しながら食べる。これはお土産だから、先輩も怒らない、大丈b…

    「あ」
    「「え?」」

    そういえばさっき…
    「…」
    「…え?何、だ。急にそんな思い出したみてーに黙るなよ…すげー怖いんだけど!?」
    「えっえっ、私何かしました!?」
    「マッシュくん?」
    「何かやらかしたのか」
    「…たふん」
    「マッシュくんだから今更怖いものないとは思うけど、ちなみに何やからしたの?」
    「へんはいほほはへは」
    「シュークリーム飲み込んでから話そうね」
    シュークリームをシュポンと飲み込む。
    「レイン先輩…怒らせた、かも。」
    シン…とした教室にレモンちゃんとドットくんの顔がひきつってく。
    「お前…」
    「まじか」
    「えぇ、でも兄様だし」
    「兄様だからだろ!」
    「心当たりはあるのか?」
    「…」
    そう言われると、実の所あるようでない。なんならこの"学長からの頼まれごと"で機嫌が悪いのかもと思っている。
    「僕…なのかな」
    「は?」
    「まてまてまて、順を追って説明しろ。」
    「兄様がマッシュくんに怒ることとかそんなないと思うんだけど」
    「ほ、ほら!頼りになる弟くんもこう言ってます!大丈夫ですよ!きっと!」
    「でも僕はそんなに頭が良くないから、きっとかなり困らせてるんだと思う。いっつも機嫌悪そうだし」
    「ほんっとにドストレートに言うなお前」
    「まあ兄様だから表情固いけどさ…」
    「でも引き受けたのはあいつなんだろう、ならお前は気にしなくていい。」
    「それもそうです、それに現にマッシュくんも逃げずに続けてるじゃないですか!」
    「あ、それは教室に出られないように魔法かけられてて、ドア壊したら怒られちゃうから…」
    「逃げようとしたんだ…」
    「実践済みなのがマッシュらしいよまじで」
    「…ん?出られないように魔法?」
    「あ!そろそろ次の授業の準備しなきゃ!またねマッシュくん!」
    この4人といると時間が過ぎるのが早い気がする。みんな各々教室に戻ろうとドアに手をかけた時だった。
    ガタッ
    「「…」」
    「…マッシュさっきなんて言った?」
    「ドア壊したら怒られちゃう「その前だその前」
    えっと、教室から出られないようにレイン先輩が魔法をかけてて…」
    ランスくんが頭を抱えた。
    「えっ待ってください!!それほぼ閉じ込められてるってことですよね!?」
    「あ、そっか。先輩プリント取りに出ていってそれきりだから…」
    「うわあぁぁ!!そ、そんな…無断欠席なんてしたら…」
    「ドア壊す?」
    席を立って向かおうとするが全力でドットくんに止められる。
    「いいぃぃぃやお前ただでさえ今あの先輩怒らせてんのかもしれねーんだろ!?これ以上罪を重ねるな!」
    「でも1回怒られたら2回も3回も一緒…」
    「でたその0か100みたいな思考!」
    「というか、先輩遅いな…」
    取りに行って戻るだけならいつもさほど時間はかからない。やはりボクが怒らせてしまったから、嫌になってどこか行ってしまったのだろうか。
    「…まぁどちらにせよ焦っても仕方ない、このまま戻ってくるまで待つしか…」
    「ランスくんは成績良いから余裕あるかもですけどぉ!!わだじはぁ!!」
    「僕もだよぉ"!うわぁぁ!」
    「やっぱりドア壊「だからやめろって!!」」
    そうして席に戻される。チャイムの音がして4人の授業不参加が決定した瞬間だった。
    だがその音を聞いたとたん、吹っ切れがついたのかむしろ嘆きの声が止まり明るい声が飛び交う。
    「でも!これで久々にマッシュくんと一緒に過ごせますね!」
    「確かに、なっちゃったからには仕方ないし。そうだ、せっかくだからこの際さっきの兄様怒らせた件について聞かせてよ!」
    「お前らほんと吹っ切れ早いよな…」
    「修繕の申請出すのも面倒だしな、それより本当に心当たりないのか?俺もそれが気になる。理不尽に怒るような男じゃないだろ、あいつは。」
    僕は上げていた視線を逸らして、教科書をみつめる。
    「…レイン先輩は忙しい人、なんだと思う。だから僕の勉強を見るっていう面倒事を任されて、ただでさえ大変なのに、嫌なんじゃないかなって。」
    「えぇ…絶対無いよ流石にそれは…」
    「そんな心の狭い男なんですか?」
    「普通にそれはねぇと思うけどな、現にお前に無条件で面倒見のいいやつとかここにも居るし」
    「…グラビオル」
    「あっっっぶな!!」
    そういうものだろうか。
    「でも、先輩ずっと眉間に皺寄せて僕のことずっと見てるから。睨まれてるみたいで…」
    「兄様はとりあえず気に入ったものじっと見ちゃう癖あるから、それも大丈夫だと思うよ。」
    「あの人の眉間の皺は平常運転みたいなとこありますし」
    「ほんとレモンちゃん急に他人に辛辣になるとこあるよな」
    「第一本当に嫌なら最初の時点で断ってるはずだ、あの人なら。」
    ランスくんがテストの下に重ねられたプリントを見ながらはなす。
    「こんな自作プリントも用意してるんだ、ひとつも気にしなくていいだろ」
    「お、うさぎのマークで注意箇所もつけてるぞ律儀だなー」
    そういうものだろうか。
    フィン君を見ると、笑って頷いた。
    「ほら。だからマッシュくんの心配は杞憂だと思うよ、大丈夫。なんだったら1回兄様に聞いてみたらどう?」
    「聞く…」
    僕は少し考えこんだ。
    「そう言えばさっきレイン先輩に勉強の面倒見の件嫌なのかなって思って、"勉強の面倒みるの先輩じゃなくても大丈夫"って言った…かも」

    パサリ、
    とランスくんが持っていたプリントを落とす。

    「「え?」」「「は?」」

    直後、ガッッシャンと教室の窓ガラスが破片を散らしながら割れた。
    黄金の剣が反射して、破片が煌めき光の差し込む教室がスローモーションに見える。
    その剣はくるりと急カーブを描き、乗っていたレイン先輩が視線を動かすと剣はスゥっと消えたのだった。
    「…なんだ、お前らか。」
    「「ひ、ひぇぇぇ」」
    「?授業中だろう、なんでここにいる」
    「先輩が教室に軟禁魔法かけたから入ったら出られなくなりました。」
    「…あぁ、そういう事か。」
    フッと杖を横にひくと、問題なくドアが動くようになる。
    「やっと開いた…」
    「先生方には俺のせいだと言っておく。戻るのが予定より遅くなってこうなっちまったからな」
    「わ、わかりました!」
    パタパタと駆け足の音がする。みんな教室を出て行く途中でフィンくんが1度振り返る。
    「あ、」
    「ほら、大丈夫だって。」
    そう言って風通りが良くなった教室は再び2人きりとなった。


    パタパタと長い廊下をかける。
    もう少ししたら各々階段で別れるだろう。
    「びっっくりしました…窓バリーンって…」
    「うん、時間止まってたよね」
    「…教室全体に魔法をかけてたんだ。神覚者なんだ、魔力の感知くらい容易いだろう。」
    「はぁ?それがなんで窓割ることになるんだよ!」
    「でもさっきの…多分私がマッシュくんに同じこと言われたら絶対ショック受けちゃうので、なんというか…」
    「…お互い様だったというか」
    4人とも謎の疲労感におそわれつつ、そうして教室へと向かっていく。
    4人の昼前最後の授業は少しだけ短くして始まったようだった。


    「レインくん、おかえりなさい…?」
    「…悪い、遅くなった。」
    窓ガラスの破片をすぃっとまとめて避ける。仮にも借りている教室を勘違いとはいえ破壊したからには、面倒だが修繕申請が必要となるだろうと頭の隅で考えた。
    「…なかなか帰ってこないからてっきり、怒ってもう戻ってこないのかと」
    「怒ってない。」
    2度目だ、またやるつもりは無い。
    「途中で呼び出されて、街の対処に時間を食った。他に理由はねぇ。」
    「…なんだ、そうだったんだ。」
    そう言うと後輩はホッとした表情を見せた。
    本当に俺を怒らせたと思っていたらしい。心做しか背景が穏やかにみえる。
    「でもなんで窓割って帰ってきたんですか?」
    「…」
    向けられるのは悪意もない、澄み切った純粋な目だった。
    「お前は…気にしなくていい。」
    「…そう、ですか。」
    6秒の沈黙と、噛み合ったままの視線。折れたのは俺の方だ。
    「…さっきこの部屋から魔力を感知した。お前は魔法が使えないからお前以外がなにかちょっかいかけに魔法を使ったとしかないだろう。」
    「まぁ、はい。」
    「それで、今更魔法でお前をどうこうできる奴がこの世界に居るとは思えねぇが…」
    じーっと向けられる視線は微動だにしない。
    …真っ向から言うのは気が引けてほんの少しだけ視線を逸らした。
    「お前が他に理不尽に手を出されるようなことがあれば、俺はそれを簡単に許すつもりはない。」

    「……………なる、ほど。」
    「…」
    「…」

    俺は視線を逸らしたことに、酷く後悔した。
    絶対に、こいつは何も理解してないと察してしまったのだ。もはや再び前を向くことを体が拒否している。
    後輩の頭上に浮かぶ"?"に気付きたくなかった。
    「…素直に言え、意図がわからないと」
    「い、いいいいえわか。わかりま…
    …わかりませんでした、すみません」
    しゅんとした後輩に向き直り、再び数十分前と同じように隣に座る。
    「要は…」
    「要は?」
    言いかけたところで俺は口を止めた。生意気な空気の読めない後輩は不思議そうにこちらを見て答えを待っていた。
    …少しだけ、この1周間で"教え慣れ"をしてしまったらしい。簡単に答えを言ってやるのは良くないと、俺も気づくべきだったのだろう。
    足を組み、サッと顔を逸らし一言だけ発した。

    「…自分で気付け」


    「えっ」

    わたわたとしだした後輩は、普段見ない様子で隣にいる分にはかなり面白かった。
    こんな俺の所作1つに、こいつの乏しいはずの表情筋が動くのは、…存外悪いものでは無い。


    …そうしてマッシュが優秀な解読班(友人)により言葉の意味を理解するのは、その次の休み時間のことであった。
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