I was born (You Are My Sunshine:妊娠中江澄と虞紫鳶、江楓眠夫婦)You are my sunshine
「産みたいのです」
己に悪しくも似た意志の強い瞳で娘は言った。今はその気質が憎らしくすらある。
子を宿してから悪阻はひどくなるばかり。医者に妊娠の中断をすすめられるほど苦しみながら強情を張る娘に虞紫鳶は苛立っていた。
未だ見たこともない孫と、今目の前で息も絶え絶えの己が産んだ子と、どちらを優先するかなど考えるまでもなく明白だ。
「阿澄、貴方の命が危険なのよ。これ以上は見過ごせないわ」
汗で額に張り付いた髪を後ろに流してやれば娘は隈の浮いた目元を細めた。
「母上」
か細いながらも芯の通った声だ。
「母上」
虞紫鳶がそこにいるのかと、たしかに聞いているのかと確かめるように二度も呼ばれる。愛娘の声をよく聞こうと顔を近付ければ胸元に手が伸ばされた。そのまま病み細った指が力強く衣を掴む。赤子が手に触れたものをその幼い力のめいっぱいで握りしめるように江澄も確かに強く母の衣を握る。
「母上」
見開かれた大きな紫紺の瞳は今にも溢れ落ちそうだ。
「母上」
何度も、何度も呼ばれる度に江澄の言葉を待つ。しかし彼女から言葉は出ない。昂る感情と相反して口を噤むのは幼い頃からだった。泣き過ぎて赤い顔で涙を流す。
昔は何故そう口が回らないのだと怒り言うことが纏まるまでそこにいなさいと放っておいたものだ。しかし今となっては小さな頭の中で目まぐるしく考えていたのだろう。小さな口から言葉が紡がれるのを待っていてやれば良かった。江澄の母は自分しかいないのだから。そんな過ぎた時を悔やむ。
「母上」
江澄の呼ぶ声に力が宿っている。その一声に全てを込めるような。
「私は、私が、藍渙の子を産みたいのです」
膨らんだ腹に手をあて江澄は全身全霊をかけ血を吐くように言葉を吐き出す。
「藍渙の子がいるのならそれは私の子でないと嫌だ」
その意志の強い瞳で戯れではないと示す。
「だが阿澄、お前の命は危ない。今この時もだ」
江楓眠は常と変わらぬ物分かりのいい顔で幼子に諭すように言う。
「私達はお前を失いたくない。わかるね」
江澄は眉を顰めた。涙はもうその青白い頬を伝っている。ひとつゆっくりと瞬いてから父から視線を外す。
「母上」
助けを求めるように一層強く胸元の衣を握られる。苦痛に背中を丸めようとして腹を気にして体を思うように曲げられず息を深く吐き出すことで耐える娘の背中を江楓眠が撫でる。
「先の跡取りの為に阿澄を失えない」
それを聞いて娘は泣いた。こんなにも泣くのは本当に幼い頃以来だ。
「どうして」
小さく呟いた声。
「私はこの子を産みたい。誰の許可もいらない。私が産む。私の子だ。いらないなんて思わない」
「父上、どうしてあなたがいらないと言うんですか。この子は私の子です」
「あなたが私を愛しているというのならそれと同じように私もこの子を愛している。失えない」
「この子をどうしても諦めろというなら、もしも私の意思に反してそうしたなら私は蓮花湖に身を投げる」
江澄が必死に言い募るのを虞紫鳶は静かに聞いていた。
「子を十月十日胎で育てるのは母にしかわからないこと。あなたが私の子であってもあなたの子を諦めろなんて言っていいことではなかったわ」
江楓眠もようやく思い至り悲痛を噛み締めながら黙る。
「もし私たちがあなたを失うことになっても」
意志の強く見返してくる紫紺があまりにも鏡の中の自分に似ていてどうしてこうも似たのかと憎らしかった。