No.3ヤロ・プペン(オクシアSS)・付き合う前、両片思いのオク→←シア
・CP要素はないですが女性モブの台詞あります
オビの事を意識し初めてから、素直になれなくなった。
子どものようだと思うが、昔馴染みにこんな感情を抱いた事を悟られたくなくてつい、つんけんしてしまう自分に呆れてしまう。そんな悪あがきも、もしかすると彼の前では無意味なのかもしれないが。
なんやかんやと、昔から飲みに行く事が多かった。性格は驚くほど真逆だが、何故か反りがあって話が尽きない。小難しい話をされてもよく解らないが、最後の最後に、共感できるポイントが一致するのが楽しくて、また飲みに行こうと笑って別れられた。
今日も今日とて、自分では選ばないような小洒落たバーを二人で梯子して、帰宅した頃にはすっかり夜も更けていた。
ベッドに寝転び、携帯端末のアドレス帳を開く。自分で言うのもなんだが交遊関係は広いし、それこそワンナイトの関係だって片手に収まらない位はある。
それなのに、どうしてそのディスプレイに表示される名前を見るだけで、こんなにも気持ちがざわつくのだろう。否、理由など、解りきっているのだ。ただ、認めて、踏み切れないだけで。
もし、今抱えるこの想いを伝えれば、今までの心地よい関係が終わってしまうかもしれない。もし壊れなかったとしても、何も知らなかった頃には戻れない。けれど同時に、伝えなければ先に進むことも、出来ない。
この歳になってからこんな甘酸っぱい気持ちを知るなんて、何とも面倒なことだ。
いっそ携帯の電源を落とし、シャワーでも浴びようとボタンに指を掛けた瞬間、メッセージの着信を伝えるポップアップが表示される。差出人の名前は幸か不幸か、たった今連絡をしようかどうか悩んでいた意中の相手で。
通知を開くと、勝手知ったる仲であっても毎回のように綴られる丁寧な感謝の言葉と、次の週末、買い物に付き合って欲しいと言う誘いの文句が書いていて、思わず頭を抱えた。
携帯をベッドに放り出し、枕に顔を埋め、小さく唸る。
酔いが回って、思考が上手く纏まらない。
このまま寝てしまおうかとも考えて、けれども返事をしないのは不味いと思い、意を決して携帯を手に取る。
何度か文章を打ち直し、結局予定を確認してから返事をすると、お茶を濁した。あぁ、なんて情けない。
纏まらない思考はそのままに、怠い身体を引きずってバスルームへと向かう。
結局、予定を確認すると言ってから返事をしないまま翌日の夜になってしまい、どうしたものかと一人、煌めく街灯を見上げる。用事で出掛けたついでにこのまま一人で飲んで帰ろうかと、何時もと違う通りを通ったのが転機だった。
ふわりと香る、馴染みのある匂いに足を止める。
振り返ると、高級ブランドの路面店のドアから幸せそうなカップルが一組、スーツ姿の女性店員に見送られ出ていく所だった。
あぁ、このブランドの香水だったのかと、思い出すのはオビの事。何の匂いかなんて気にしたことは無い。興味もないし、知ろうとも思わなかった。けれども、いつの間にかこれを「彼」の匂いだと覚えてしまっていたことに、自嘲する。
「よろしければ、ご覧になりませんか?」
ふと我に返ると、カップルを見送った後の店員が、道端で立ち尽くしていた自分へ呼び掛けていた。普段着のオーバーサイズのパーカーと、ハーフパンツで義足の自分に良くもまぁ声を掛けてきたものだと感心しつつ、けれども何故か、断ることが出来ず店に足を踏み入れる。
見るだけでも良いかと念を押せば、女性は勿論ですとはにかむ。まだこの仕事に就いて日が浅いのだろうか、純粋に接客をしようとしている姿が健気で、つい商品の説明を聞き入ってしまった。
「その香水、私のお勧めなんです」
ふと、吸い寄せられるように嗅ぎ慣れた匂いの元に立っていたのか、店員が嬉々とした声で語り始める。何でも普段は定番の人気ラインを並べているのだが、今週は彼女が店長に強く推薦し、この香水をピックアップ商品として陳列したらしい。そのお陰で、この匂いと出会うことが出来た。
「パンジーのフレグランスなんです。甘すぎなくて、良い匂いでしょう。パンジーの花言葉ってご存じですか?」
話しながら手際よくムエットに香水を振り掛け、差し出されたそれを受け取りながら首を横に振る。ふわりと香る甘い匂いに胸の奥が痛むのに気付かない振りをして、続く彼女の言葉に耳を傾けた。
「『私を想って』。素敵でしょう?プレゼントにもお勧めですし、お客様自身が使われてもロマンティックだと思いますよ」
私を想って。
その言葉に、表現できない感情が止めどなく溢れ、どくどくと心臓の鼓動が高鳴る。
独自の美学を持っている彼が、その言葉を知らずにこの香水を身に付けるだろうか?
誰のために、何のために。もしかして。自意識過剰すぎるかもしれない。だけど。
一人自問自答していると、不安げな店員に声を掛けられた。
「お客様?」
何でもないと笑って、けれども、決心が付いた。可能性があるのなら、賭けなければ。
図らずも、踏み切るきっかけをくれた店員に週末は出勤しているかどうかを尋ねた。彼女ならオビの美学を少しでも理解してくれそうな気がしたし、何より礼として商品を買って、彼女の業務にも貢献したかった。
彼女の出勤している時間にもう一度来店する旨を伝えて、店を後にする。話を聞いただけなのに、店の前まで丁寧に見送ってくれた事に感謝しつつ、歩きながら携帯端末を取り出した。
まずは、返事を先延ばしにしてしまったことを謝ろう。それから、週末の買い物と、ディナーの約束を取り付ける。
昨日の夜はあんなのも躊躇っていたのに、今は不思議となんの迷いもなく、アドレス帳の番号をタップできた。
これもきっと、ポケットの中に入れたあのムエットから香る香水のお陰なのかもしれない。
1コール、2コール、3コール。
『もしもし』
「あー、オビさん、俺だ。連絡遅くなって悪ィ、今大丈夫か?」
『ええ。勿論ですよ』
「週末のことなんだけど、あんたの買い物ついでに行きたい店があるんだ」
『では、予定は大丈夫ということですね』
「ああ。それと、夜はレストラン予約しとくからゆっくり飯でも食わねぇか」
『おや、貴方の選ぶ店ですか?』
「大丈夫、あんたとのデートにジャンクフードなんか選ばねぇよ」
『それは結構。解りました、楽しみにしてますよ』
「おう、それじゃ」
別れを告げて、通話ボタンを切る。電話越しの彼の声が、どこか弾んでいるように聞こえたのは気のせいかもしれない。
けれど。
そんな事を考えて、夜の街を一人歩く。帰ったら、レストランを予約しなければ。
パンジーの甘い香りを纏い、帰路へ就く足取りは軽い。
・・・
No.3 ヤロ・プペン
(声、香り、別れ)