カロンの畔にてごうごうと音を立てる濁流の前に、頼りなげな金髪の少年が立っている。
やめろ、そっちへ行くな。
「ねぇ、ココ君――」
やめてくれ。
君は冥銭を稼いでいるんだね。
そう宣ったのは情報源の一つだった、大陸系の占い師の爺だった。
死者があの世で困らないように、弔いのために燃やす金。
赤音さんのことを知っている、そしてイヌピーのことも知っているという脅しだろう。
これからも御贔屓に、と流暢な日本語で握手を求められた。食えない爺だった。
握手をしながら片手ではその手を切り落とすための刀を握りしめているのが大陸流だ。
関東卍會として動くようになって、金の使い方も派手になった。兵隊は金がかかるし、ましてやチンピラどもは鬱憤が溜まればどこぞになびきかねない。
順調に裏社会へのコネクションが出来上がっている。まるで蜘蛛の巣だな。
佐野万次郎がかつての仲間と袂を分かってまでやりたいこと。
そこに滾るような欲望の匂いなぞない。
まるで自分の墓を作ってるみたいだと思った。オレや三途、表の社会では生きていけないような奴は道連れだ。
関東卍會の抵抗勢力、梵と六波羅単代。梵は資金力ではうちと拮抗するだろうが六波羅単代とうまいこと潰しあってくれれば残ったどちらかをうちが潰せばいいだろう。無敵のマイキーがいる限り、負けることはない。
梵に龍宮寺堅が、そして花垣武道が入ったと聞くまでは。
堅気になったなら戻ってくるなよ。
東卍の連中はマイキーにとっての泣き所だろう。オレにとってのイヌピーと同じく。
そんな中飛び込んできたのは龍宮寺、ドラケンの射殺。
そこからの動きは早かった。一触即発の六波羅と梵の間に乱入する。どちらにも加勢しない。どちらもすり潰す。
頭を潰してどちらの組織も吸収してしまえばいい。黒川イザナが稀咲の指示のもとやろうとしていたことだ。
サウスとマイキーの一騎打ちは誰もが殴り合いをやめて見入った。見入ったというより、恐れをなしたというほうが正しいが。
みるみるうちにサウスの顔面はへこまされていった。しかしそんなことは気にならないらしく楽し気にマイキーと打ち合っている。
おい、誰か止めろよ。なんて、誰も声を上げることすらできなかった。
「もうやめましょうマイキー君」
あぁ、いつもこいつだけが。
「サウスが死んじまう」
もう喧嘩じゃない、一方的な処刑。ドラケンの死の責任を取らせる気なんだろう。
だからお前が割って入る必要なんかない。
だけれど花垣武道は、どこまでいってもマイキーを守ることしか頭にないのだろう。
人殺しになることは、今まで彼を作ってきたものを突き崩すということ。
でももうその声も。
「テメェ、邪魔だよ」
瓦城千咒が頭を下げ、負けを認めたことで花垣は見逃された。
それでも虫の息で、生きていることが不思議なくらいだった。
夢を見た。
ごうごうと濁った川が目の前にあって、大きな石がごろごろと転がった河原に膝をついている。
馬鹿な。宗教的なことは知識にあっても、神頼みなんて赤音さんの時にもしなかった。
なのに、なんでこんなものを見せる。
金髪に、高校指定のYシャツを着た少年。後姿しかわからない。
会ったのは本当に久しぶりで、間近で見たのは目も開かないくらい殴られた顔で。
お前の顔が、わからない。
「ねぇ、ココ君。
この川を渡るにはお金がいるんですって。
こんなとこまで金次第かよーって思いません?」
こいつはこんな声だったっけ。
「お前には貸さねぇよ。
もしここを渡ってみろ。地獄まで追いかけていって取り立ててやる」
「そうっスね、君には借りがあります。
そんなに泣かれちゃ、心残りだ」
そいつは振り返らないくせに、オレが泣いているといった。
そうだよ、泣いてる。
九井一、生まれて初めての盛大な駄々をこねてやる。
了