幸福を分かち合う「槐!」
笑って、といえばくるりと振り返って白いワンピースのスカートを翻して槐は笑った。その笑顔を収めるべくシャッターを切るとすっかり手に馴染んだデジカメの画面には槐の眩しい笑顔が映っていた。
「黒雪、ほら。写真撮ってばかりいないで黒雪も遊びましょう?」
「あ、ちょっと…!」
槐に強引に腕を引かれ、デジカメをしまい直して槐に近づいた。
「やっぱり海はいいものですね」
「槐は海が好き?」
「ええ」
生前――槐は里から出たのはあの一度きりのみで海を見ることはなかったという。だからこそこんなにも海を見ているとはしゃぐのだろうとオレは頬を緩めた。春先の海に人はおらずオレと槐の二人貸切状態だった。靴も靴下も脱ぎ捨てザブザブと海の中に入っていく。春先の温かさからか海の水は丁度良い温度だった。
「黒雪、私は勿論――海が好きですけれどそれ以上に黒雪すること全てが好きなんです」
そう言って槐はオレの手を取るとそれを自身の頬に摺り寄せた。
「今世で初めて海を見た時、黒雪のことを想いました。前世で夢見た海はこんなにも美しかったのかと、そして…黒雪と見られればもっと美しいものになるに違いないと」
「…それで?」
「幼い頃、月下丸たちと一緒に海を見た時も、今二人きりで見ている海も黒雪がいるだけでとてつもなく美しいものに感じます」
黒雪は?と問われ槐のその額に自身の額を合わせながら、澄み切った槐の瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。
「…綺麗だと思うよ。お前とするすべてが楽しいし、お前と見るすべてがかけがえのないもののように感じる…お前がいるだけで世界が色づいて見えるんだ」
今になっては夢のように思えてならない前世の地獄のような日々の記憶。その中でも槐に関するものだけは色鮮やかだった。そして今世は記憶障害も何もない、全て…槐の事も色んなことも覚えておける。それがとてつもなく嬉しかった。
槐は笑った。心底嬉しそうに。
「ねえ、槐。口づけをしてもいい…?」
「…嫌だなんて言うはずがありません」
その言葉に泣きたくなる思いがしながらそっと唇を合わせた。傍からみたら心中をはかろうとしているように見えるのかもしれないな、と思いながらもオレと槐にそのつもりは毛頭なかった。海水に足を浸らせながらも愛を育むこの時が幸せで寒くなくなるまでずっとそうしているオレと槐だった。
-Fin-