自分を大事にしてほしいのに 昆虫博士の研究室にて、大量の昆虫図鑑やら資料を開いていた獄原は隣の王馬に視線を移した。いつもなら暇だと喚いたり、ゴン太の見ている本を一緒に見ようと覗き込んできたりとするはずの王馬は今日はずっと静かなままだった。不気味とまでは言わないがそれが獄原は不思議でたまらなかった。
「…王馬くん?」
「……」
いつもなら反応をすぐくれる王馬はどこか上の空でぼうっと天井を眺めている。
「…王馬くん?」
「……」
もう一度名前を呼んでも反応はない。ただ、ぼうっと天井を眺めていて、そのままどこかに消えていってしまいそうな感じがしてしまい思わず獄原は王馬の両手を掴んでいた。
「王馬くん!!!」
「っわ!…な、んだよ…ゴン太、驚かせるなよな〜!」
「それは…ごめん、でも何度も呼んでも返事がなかったから…」
「え、そうなの?」
「うん」
「あー、そう、それは悪かったね…ちょっと、考え事してたかも」
「…王馬くん、大丈夫?」
「大丈夫って何が……」
「王馬くん変だよ。いつもと様子が違うっていうか…それに今握ってる手もなんだか熱い気がするよ」
「それはゴン太の気のせいじゃないのか〜?」
「でも…」
「ほんと、オレはゴン太が気にするようなことは何にもないからーー」
と立ち上がろうとする王馬とゴン太は必死に引き止める。
「ちょ、何して…」
「ごめん、王馬くん!」
「え、ちょっと……ーー」
王馬が抵抗する暇もなく、獄原は王馬と自分の額を合わせた。
「…やっぱり熱い」
「ち、近いって!」
「王馬くん、熱あるよ!」
「はぁ?熱ぅ?そんなのあるわけ…」
「ほら、行こう!」
「え、ちょ、ちょっとーー…」
強引に獄原に抱き抱えられた王馬はそのまま連行されてしまうのだった。
***
「ただの夏風邪ね。ご飯をちゃんと食べて薬も飲んでくれたからあとはゆっくり寝れば自然と治るわ」
「ありがとう、東条さん!」
「メイドだもの、当然のことよ。獄原くん、王馬くんに付き添うのでしょう?行ってあげたら?」
「うん、ありがとう!」
「当然のことをしたまでよ」
ふっと笑う東条にお辞儀をするとそのまま王馬の部屋へとゴン太は入って行った。
中には眠ってはおらずつまらなさそうな顔をしたままベッドの中に入った王馬がいた。
「えっと、気分はどう?」
「サイアクだよ。別に平気だって言ったのにさ〜!東条ちゃんだって大袈裟だってちょっと体温が高かったくらいで…ぶっ倒れたわけじゃないってのに…」
「でも、熱は苦しいものでしょ?だから、王馬くんも本当は朝から辛かったんじゃないの?」
「ーーさあな。」
「え?」
「オレは嘘吐きだからさ。熱を引いていようがいないが、関係ないんだよ。オレだってもう嘘を吐いてるのか吐いてないのかさえ分からないんだから」
きっと熱を引いているから、普段言うことはない王馬の心からの本心であることが伺えた。
「…じゃあ、ゴン太が気づけて良かった」
「はぁ?」
「王馬くんがわからないんだったらゴン太が王馬くんのこと気づけるようにするよ!」
「…オレの嘘に引っ掻き回されてばっかのお前にできると思えないけどね〜!」
「できるよ!ううん、できるようになる!ゴン太、王馬くんのこと大好きだから…無理してほしくないから、だから王馬くんが無理してたら今日みたいに気づけるようになれるように頑張るよ!」
「…オレが、無理してたらお前が気づくようにするって…そんなにオレと一緒にいるつもり?」
「え、ずっと一緒にいるんじゃなかったの…?」
共にいる未来を信じて疑ってないという獄原の様子に思わず王馬は笑ってしまう。
「ははっ、ほんっとゴン太ってば期待を裏切らないよな〜!さいっこう〜!ひーー…おかし…ははっ、あははっ…」
「そ、そんなに笑うこと?」
「笑うだろ!オレみたいな嘘吐きと一緒にいることを諦めてないとこなんてさ。…ま、そこがお前のいいとこなんだろうけどさ」
そうしてひとしきり笑った後王馬は獄原を手招いた。そのまま獄原にキスしようとするがそれは大きな獄原の手によって阻まれてしまう。
「何、この手…」
「ちゅ、ちゅーはだめだよ!…王馬くんの熱が引くまで、風邪が治るまでだめ!」
「えー…オレの気持ちを弄んでおいてそんなこと言うんだ…ゴン太ってばひど〜い」
めそめそと泣き真似してみたけれど獄原はダメの一点張りだった。
「ちぇ〜分かったよ」
「う、うん…あ、でも…その、王馬くん」
「うん?」
もじもじとした様子でそっと獄原は顔を近づけると王馬に小さく耳打ちをする。
「あの、でも…風邪が治ったらいっぱい、ちゅー、しようね?」
「!…ゴン太、お前…っ!」
「えへへ、」
そう、照れ笑う獄原につられるように王馬は顔を赤くさせる。
「〜〜〜、マジで風邪治ったら覚えておけよ」
「うん!」
嬉しそうに笑うものだからはーー、と王馬は息を吐く。
「寝る!…から、手、繋いでてくれよゴン太」
「うん、お安い御用だよ!」
ああ、早く風邪なんて治ってしまえばいいのに。そして早く獄原の唇に噛み付くようにキスをたくさんしてしまいたいーーと煩悩を何度も浮かべながら獄原の体温をじんわりと感じながら薬の副作用が効いてきたのか、眠りに入る王馬だったーー。
-Fin-