私たちに君は不要「…綺麗!」
感嘆の声を上げ、風に揺られ桜吹雪を起こす大きな桜の木をセレスは見上げた。さらさらと風で木の枝が揺れ――そしてぶわりと勢いよく風が吹く。セレスとマティスの間を吹き抜ける桜の雨が、桜吹雪がマティスは自分からセレスを奪い取る存在のように思え、桜に攫われて消えてしまいそうな、そんな儚げな笑顔に思わずマティスはセレスの腕を掴んだ。
「マティス、くん…?」
「あ、す、すいません…つい」
ただ事ではない必死なマティスの顔を見て何かあると感じたセレスはじっとマティスを見つめる。わけを話してくれ、と訴えると降参したというようにマティスは小さく息を吐いた。
「じ、実は…あなたが、さ、桜に攫われそうに見えて…僕の前から消えてしまうんじゃないかって…そう思えてしまって、不安で……それで、つい」
ごめんなさい。と言ってマティスは視線を落とすがそんなマティスに向けられるのは心底愛おしいと思うようなセレスの笑顔だった。
「ふふ、」
「セレスさん…?あ、呆れたり…しないんですか?」
「まさか!」
そう言ってくすくすとセレスは笑うとマティスの両手に自身の手を重ねた。途端にぶわりとマティスの頬から全身に赤みが広がっていく。
「マティスくんが私を引き留めてくれたことが、嬉しい。それに……私も、同じだったから」
「え?」
「私も…マティスくんが攫われてしまったらどうしようと思っていたから…マティスくんに引き留められていなかったら私が同じようなことをしていましたよ」
「セレスさん…」
「…大丈夫、大丈夫、」
そっとセレスは片手でマティスの頬を撫でた。
「私も、不安よ。ずっとマティスくんといれたらいいのにって思う。だから…不安になったらこうやって抱きしめ合って、触れ合っていたら、お互いの瞳を見ていたら…大丈夫だって気がしてこない?」
こくんと頷くマティスにふわりとセレスは笑う。
「僕が不安になっても、セレスさんが不安になっても…こうしていたらきっとなんだって乗り越えられる気がします。そうすれば、世界にだって、あなたを奪わせることはないのだと…信じられる気が」
「うん」
信じていよう、その言葉を唇に乗せて二人は口づけをそっと交わす。もう二人の世界には桜の花さえ仲間外れをくらっていた。
-Fin-