梅と菊のキューピッド 初めて会った時の印象は、【おうのさんみたいな人】だった。人懐っこく、スキンシップも多い。裏表がなく、ころころと変わる表情で笑い、怒り、泣く、私にはないものしかなく羨ましく思ってしまうほどだった。
…きっと、彼も好きになってしまうだろうと思うほどには。
「高杉さん?いい人だとは思うけどあたしのタイプじゃないからなあ〜」
一緒に昼食をとりながらバッサリと明里さんは私の旦那をフった。
「た、タイプ…」
「そう!あたしはサンナンさんみたいな人が好きだから」
そう隠すこともなく言ってのける明里さん。彼女がいう【サンナンさん】とは山南敬助さん。新撰組に所属していた人で生前も二人は良い間柄だったらしい。
「サンナンさんって食が細いのよ。昔、遊びに来てくれた時は何にも食べなくてこ〜んなに眉間の皺が寄っててね!」
そう真似する明里さんがおかしくて思わず笑ってしまう。
「ふふ、だからねあたしは食べれるのも嬉しかったけどサンナンさんがどうやったら笑ってくれるのかなってばかり考えていたの」
そう言って明里さんは目を細める。
「私は、大好きな人には笑ってほしいしそういう意味では雅さんも気になるかな」
「わ、私?いつも寂しそうな…何かを言いたそうな顔をしているもの。そんな人を見たら私が笑わせてあげたいって思っちゃう」
言われ、自分はそんな顔をしていたのかと驚いてしまうが明里さんはにこにこと笑うばかり。だから私も釣られて笑うのだった。
***
「雅がいない…」
カルデアに召喚され、交流関係が増えた妻・雅子を探すのは晋作にとっては癖のようになっていた。今日も雅子を探しうろうろと彷徨っていると「フラれましたか」と声をかける存在が。
「君は…山南敬助」
思わず低い声が出たがそれは生前の関係性だからではなく雅子がそばにおらず不機嫌だからに他ならない。
「フラれたってどういうことだよ」
「私もそうなので」
「はあ?」
「明里が雅子夫人を連れて利休さんのお茶の席に行くと言っていて…デートだそうです」
「な、なんだとぉ!?」
生前、お茶も嗜んでいた晋作としては羨ましくもありそしてその場に自分がいないことを歯痒く思ってしまうものだった。
***
「あー!楽しかった!雅さんは!?」
「私も楽しかったですよ、貴重な体験ができました」
「だったら笑って!ね?」
「もう…ふふふ、」
困った人、なんて言いながら雅は笑みをこぼす。その様子は遠くから見ても美しく、ここに召喚された男たちをみな魅了してしまうのではと言う危機感を抱かせるものでーー…、
「…晋作様?」
動けないでいる僕に声をかけたのは雅だった。雅の凛とした声が僕を突き動かす。
「ま、雅…」
「顔を青くさせて…何かありましたか?」
「え、あ、いや…」
視線を彷徨わせる。君が綺麗で可愛すぎて心配していた、なんてことは言えずどうしようかと思っていると雅の隣にいた明里くんが意地悪く笑った。
「高杉さん、雅さんが取られるか心配だったんでしょ!?言われなくても返しますよ」
「えっ」
「明里さん!?」
「あはは、なんだ雅さんちゃんと愛されてるじゃないですか。あー、でも一途じゃないのはよくないですよ!」
「僕は雅一筋だが!?」
「それが伝わってないと意味ないって話です!じゃ、私もサンナンさん探さないと」
そう言って明里くんは僕たちを置いて去っていく。隣の雅は驚くほど顔を真っ赤にさせていた。
「雅、」
遠慮がちに小指をその小指に絡ませると驚きそして雅は僕の方を向いた。
「楽しかった?」
「…はい、」
「雅の笑う顔が好きだよ」
「…っ、はい…」
「…可愛いな、」
「!?」
驚いたように口をぱくぱくさせる雅はやっぱり綺麗で可憐で可愛い。僕だけの菊にしたいと思うほどに。
「…今はしないよ、」
そう言えばますます顔を赤くして俯く雅がいじらしく、可愛くて絡めていた小指を離し強く手を握った。一体何を話していたんだろう、それが気にならない僕ではなかったが乙女の秘密を暴くのにもそれ相応の覚悟がいることも知っていた。
(どう伝え、暴いたものか…)
そう思いながら手を握り雅の腰を抱き、部屋へと向かったーー。
***
「サンナンさん!あたし、恋のキューピッドしちゃった!
「キューピッド?」
首を傾げつつも敬助は明里の口元に残る米粒を愛おしそうにとる。
「そう!」
ふふ、と楽しそうに笑う明里によかったね、と敬助は笑う。幸せで、幸福を振り撒くような笑顔だったーー。
-了-