「ああ、そうか。おまえは、俺を利用したかったんだな」
私の目の前にいるサタンは、いつもの貼り付けた笑みで私を見ていた。
嘆きの館に住んでいるという人間の留学生が気に食わない私は、執行部の中でも一番人間に興味がなさそうなこのサタンに、ゆっくりと近づいたのだ。
あの人間がさっさと消えてくれるのならば、誰がやってくれてもいい。ただし、私以外の手を使って。だって、さすがにあのディアボロ殿下に逆らう命知らずは、馬鹿しかいないでしょう? だから、そんな馬鹿を私は探していたの。
けれど思いの外、あの人間はしぶとく生きてる。執行部のメンバーと次々契約しているという噂まである。さっさと消さないと、どんどん消すことは難しくなる。
早く、早く…… 目の前から消したい。
そう思ったとき、執行部を味方につければ、上手くいくのではないかと思った。
それなのに。
「俺があいつに興味がないと。どうなろうと構わないと思っていた、ということであっているかな」
私の思考を読まれて、うっと言葉に詰まる。マズイと思った私は、慌てて首を横に振った。
「は、早とちりはよくないわ、サタン。あなた、いつもと違って随分と冷静さを欠いているのね?」
制止の言葉を述べたが、サタンの冷たい微笑みは崩れることがなかった。私は思わず冷や汗を浮かべる。
「冷静さ、か。この俺が司っているものが何かを、おまえは知らないのか?」
そう言って、サタンは口元を大きく持ち上げ、目を見開きながら嗤った。
「『憤怒』だ。憤怒を司る悪魔が、冷静だと思っているのか? 滑稽だなあ!」
サタンらしからぬ、高笑いを浮かべる男が目の前にいる。こんな姿は、私の知っているサタンではない。サタンはもっと、知的で、優しくて……
困惑した表情を浮かべていると、突然私の首にサタンの手が勢いよく伸びてきた。そのまま強く捕まれ、呼吸ができなくなる。
「っ……!!」
サタンのその表情は、感情に身を委ねた悪魔…… いや、むしろ鬼の形相のように思えた。普段の彼からは想像できないほど、恐ろしく…… 何より、愉快そうな表情だった。
「おまえみたいなクズが、あいつをどうこうしようと考えること自体がおこがましいんだよ。俺の『マスター』を消したいだって? それならばまず、俺をどうにかしなきゃならないんだが、わかってるのか? あ?」
サタンの口から「マスター」という言葉が出てきた。そのことに思わず私は目を見開く。
そうか。すでにあの人間は、サタンさえも従えていたというのか。
あの人間はいったい…… 何者なの……?
「さて、あいつの邪魔者は消さなきゃいけないな。それじゃ」
そういってサタンは、私の首を力強く締め上げた。