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    sorcierudia

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    #CVS4Boss

    #CVS4Boss

    『名もなき断片たちよ』 白く、簡素で、西日が眩しい部屋。床には原稿らしき紙がたくさん散らばっている。書かれては放られ、重なっては滑る。
     窓が開いている。部屋のドアも開かれた。風が吹き抜けていく。パラパラと音を立てて紙が舞うが、気に留めない。
     文豪のような風体に似合わない、壁際の簡素なデスクで、《魔人》が一心不乱に書き散らしていた。小説、日記、ああ、なんと呼ぶべきか。己から切り離した数多の人格を、書き起こしては散らしている。整頓するように断捨離のごとく、理路整然と冷酷に切り離す。
     《魔人》は永い時を生きてきた。しかし、ここに描かれたものは、全てが怨嗟に塗れている。悲しみ、怒り、嫉妬、悔恨。認められたい。必要とされたい。愛されたい。弱々しい承認欲求が醜く見える。
     こればかりは仕方がない。《魔人》の根源が憎悪なので、幸せな思い出など一つも残さない。
     紙片と化した人格は、言わば、傷んだ毛先、割れた爪、痂のようなもの。ヒトで例えるならゴミを出す日なのだ。捨てるべきものを処分するのは当たり前のこと。それなのになぜ、涙が流れるのか。
     捨てていいものなど、何一つないからだろうか?
     捨て去ってしまったら、努力が水泡に帰すからだろうか?
     ならない。幻覚のような感傷は一蹴すべきだ。
     だから、
    「私が、全て喰らってやっても良いぞ」
     《悪魔》の甘言に似た何かが声をかけてくれた。
     開け放たれたドアに立つ、「るがーる」らしき何者かが、問いかけてきた。
    「これらを全て処理できれば、君は楽になれるのだろう?」
     廃棄寸前の人格たちを、全て喰らうと宣うのだ。なぜ、と問いかける前に、るがーるらしき誰かは答えた。
    「それが私のロールだからだ。君が切り離した人格を余すことなく取り込めば、私は進化できる」
     まるで愛されなかった子どものような言い分だと思って、少し声を荒らげてしまった。しかし、るがーるらしきは意に介さない。
    「悪の心が赴く儘に、暴れ、奪い、殺す。斯様な悪人の最期に欠かせないのは、派手で、惨めで、無様な死に様だ。演者としてカタルシスを盛り込んだ死に様を、提供せねばなるまい」
     違う。お前は愛されたかっただけだ。
    「関係ないのだよ。憐れな生い立ちも、壊れた精神も、残酷な観劇者には不要だ。配慮する必要性が無い。私も君も、一つの結末のために生まれた駒だなのだから」
     何の変哲もない、苦痛を入れるだけのゴミ箱が、たまたまルガールの形しているだけだ。
     ゴミじゃないよ。わたしたちは君が大切だから、きみに生きていてほしいから、故にここにいる私は、君が捨て去る人格を喰らい尽くす。君に愛されるために。
    「破綻した」
     立ち上がろうとした。すると制するように、背後から、優しく手を添えられる。ドアの側にいた者とは別の。「ぎーす」らしき誰か、だ。
     ぎーすらしき誰かが、魔人の耳元で囁く。少し嗄れた声で、静かに。
    「慌てることはない。本来、この部屋にいるのは、かわいい娘や息子たちだ。他にも、お気に入りの人形、気のおけない部下、魂を分けた存在、……貴様の中には、たくさんの存在がいる。その気になれば、誰でも望むがまま呼び出せる。だが、今、ここにいるのは私達だ」
     重なった手が、雪のように冷たい。
    「どういうことだか、分かるか?」
     耳にかかる吐息も凍りつくようだ。それなのに、《人間》のあたたかさを感じる。
    「分かるはずだ。答えは出ている。貴様が私達といるためだけに、一つの人格を誂えていることを。愚直に無知を装い、ヒトのカタチを保っている」
     刹那、部屋の入口に立っていたもの、背後にいたもの、二つの人形が、砂のように崩れた。床に散らばった紙を、飲み込んでいくかのように隠し、埋めていく。消えていく。
     また独りになる気がした。なぜ上手く行かないのか分からない。何一つ、満足に物事をなし得ない。
     手の甲に残る砂を見た。不完全の残骸だ。けれど違う。妄想じゃない。確かに居たのだから。たった今、死んでしまったんだ。
     こんなはずじゃなかった。
     置いて行かないでくれ。嫌な思いをさせたのなら謝るから。
     わがままも言わない。困らせたりしないから。
     一人にしないで。


     ……と、縋り付いたのは誰だったのか。
     私は溢れるほど存在するから関係ない。海のように、病原体のように、根絶できるようで叶わない。尽きない。それが私だ。
     故に、人格の一つや二つが潰えようと、歯牙にも掛けない。何処で何かが働くのならば、全く問題がない。
     至極当然のことだ。
     《影》が完成した暁には《魔人》の役割が終わる。
     だが、失うことに痛みを感じようと試みている。これは失敗だ。欠陥を抱いている。
     ああ、間違わなければ、お前たちと一緒にいられないなんて。


     夢から醒めた。
     頭の中が重い。
     私は思い立って、車椅子を持ち出し、ギース・ハワードを探した。そしてすぐに見つけた。バスルームの入り口で項垂れている。偏頭痛の発作が出ているのだ。
    「おや、魔人様、……この様な、場所に……」
     ギースのいつもの軽口が、スラスラと出てこない。だから代わりに私が担う。
    「なんてことはない。夢見が悪かったのでな。魔人として、貴様を案じて来てやっただけのこと。予想通り、相当酷いようだなぁ?」
     黙りこくっている。いや、反応するのも辛いと言ったところか。決まりだ。
    「薬を飲めなさそうだから、注射をする」
    「注射ぁ?」
    「水も飲んでいないようだから、点滴もする」
    「えぇー……?」
     そこまでしなくても、いったリアクションだが、抵抗できまい。ギースを車椅子に座らせる。
    「MRIも撮る」
    「どこかで前に撮っただろ?」
    「あれはCTだ」
    「しぃーてぃー」
     廃墟寸前だった我が『家』が、銘々に魔改造されていくことに、慄きと趣きを感じずにはいられない。
    「いい機会だ。貴様の脳を隅々まで目視してやる」
    「MRIなんて、どこに置いてるんだ。そもそも、どうやって動かす」
    「サイコパワーで賄える」
    「目に余るレベルだ。サイコパワー帳簿をつけねばな」
    「ださい名前だ。格好良くしろ」
    「しらんがな……」
     私はギースを乗せた車椅子を押しながら、バスルームを後にした。
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