1遠くでガラガラと、建物が崩壊していく音がする。
せっかく建て直したのに、また同じように壊されるなんてなんとも滑稽だ。
「なぁ、お前もそう思わないか?…ディルック」
崩壊していくカーンルイア。その中心にある城で、ガイアは笑いながらそう言った。
「……ガイア、聞いてくれ。僕は、」
「はぁ…お前は本当に情緒のないやつだな」
何かを必死に言おうとするディルックを、ガイアは氷のように冷めた目で見つめる。
「…ッ、でも僕は君を殺したくない!…いや……きっと殺せない。僕はもう二度と、家族を失いたくないんだ…」
ディルックは義弟の目を見て少し言葉を詰まらせたが、グッと前を見据えて自分の思いを吐き出した。
もう二度と大切な人を失いたくない。
血が繋がっていないだとか、感性が他の人と違うだとか、カーンルイアのスパイだとか、嘘つきだとか、なにも、なにも関係ない。
ディルックにとってガイアは唯一無二の、そして必要不可欠な存在なのだ。
「…ハ、ハハ…ッお前、まだ俺のことを家族だなんて思ってるのか!アハハ……冗談はよしてくれよ」
スッとガイアの目が細まる。その目にはなんの感情もなかった。
「俺は、カーンルイアの最後の希望。カーンルイア再興のためだけに存在しているんだ。お前の家族だったことは一度もない」
その言葉を聞いて、ディルックはスゥッと心が冷えていく気がした。でも、心以外の全身が熱い。まるで全身が炎でできているかのよに熱い。
「ッじゃあ君は!!僕と過ごしたあの日々をなかったことにするのか?!僕だけじゃない、父さんやアデリン、ワイナリーの皆とのことも全てッッ!!」
叫んだ勢いのまま大剣を構え、その剣に炎を纏わせる。
しかし、そんな激昂したディルックの姿を見ても、ガイアはただ笑うだけ。
悲しい。許さない。悔しい。憎い。辛い。
ディルックのなかで色々な感情が溢れ出す。
そんなディルックのごちゃまぜな感情に呼応するかのように、朱色の炎は大きな鷹となり、ガイアを飲み込まんとする。
ディルックはその大きな鷹と共に、過去を否定した元義弟を睨みつける。
鷹はそのままガイアの方へ一直線に向かっていく。
が、
突如フッと消えた。
ディルックは見てしまったのだ。
迫り来る炎を見て嬉しそうに破顔したガイアを。
心底嬉しそうに笑うガイアの姿が、ディルックの脳内で昔の義弟と被った。義兄さんと呼んでいたずらっ子のように笑っていた、在りし日の義弟と。
何故あんなに嬉しそうに笑うのか。どうしてもディルックにはわからない。
ただ、今思えば、昔から彼のことをわかったことなんてなかったように思う。彼はいつも矛盾していた。今だってそうだ。炎の鷹が消えてただ唖然としているように見えるが、その顔に少し安堵の色が入っているように見える。先程まではあんなに嬉しそうな顔をしていたというのに。
ディルックにはわからない。ガイアの本心がどこにあるのか。
「アハハハッ!あれだけ言ったのにまだ殺さないなんて!やっぱりお前は優しいな」
ガイアは笑っている。だが、一度冷静になったディルックには、その笑みが泣き顔に見えてしまう。
「…ガイア、一緒に帰ろう。モンドへ」
「まだそんなこと言って、」
「僕に、もう一度だけ機会をくれないか」
ガイアの言葉を遮り、ガイアを見据えて、一つ一つの言葉に心を込めて伝えた。
ディルックにはガイアの考えていることがわからない。嘘だらけで矛盾だらけな義弟の本当の気持ちが何処にあるのかもわからない。
でも、どれだけ彼のことがわかっていなくても、理解できなくても、彼にどれだけ否定されようとも、彼はやっぱり家族なのだ。昔、父やワイナリーの皆と一緒に過ごした日々は嘘なんかじゃないのだ。
「…」
ガイアは顔を伏せたまま、何も言わない。
「ガイア……ッ?!」
突如、周りの空気が寒くなった。全てを凍りつかせる冷気が、ガイアからディルックの方へ流れてくる。
困惑するディルックを他所に、ガイアはうっそりと笑った。それは誰もがゾッとするような、精巧な作り物のような笑みだった。
ガイアはそんな笑みを浮かべたまま、ディルックの方へ歩いてくる。
嫌な予感がする。離れなくては。
ディルックは足を一歩後ろへずらそうとする。
「…なっ!?」
両足が氷漬けになっていた。
急いで氷を溶かそうとするが、ガイアの方が早かった。
ガイアは両手をディルックの顔に添える。
そしてそっと口付けた。
ほんの数秒である時間が、何分にも感じられた。
「…じゃあな。これが俺の答えだ」
「…ッ!!」
待ってくれ、と言おうとした。しかし、声が全く出ない。そして喉を抑えようとして気づく。全身、殆どどこも動かない。
「アハハ、さすがのお前でも全部溶かすのは時間がかかると思うぜ」
そう言うとガイアは氷元素を手元に集め、氷の短剣を作り出す。
その短剣はキラキラと輝いていて、こんな状況だと言うのに、とても神聖な雰囲気を醸し出していた。
ガイアはそんな細く鋭い短剣を、自らの首にあてがう。
「俺は、お前のことが大っ嫌いだったぜ、義兄さん」
刃を首に押し付けた。