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    nanana

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    年下の男が調子を崩した話。

    #雷コウ
    ##ハンセム

    ハッシュ・ア・バイ ベイビー(雷コウ) ホテルの部屋のチャイムが鳴ったのは「何号室?」と素っ気ない年下の男からのラインに返信をした五分後のことだった。
     広島でのHEAD会議のあとに用意されたいつものホテル。コウがドアを開けるため風呂上がりできちんと着ていなかった服を正しく着なおしていると、急かすようにもう一度チャイムが鳴った。
     ドアスコープの向こうにいたのは先ほどラインを寄こしてきた男で、俯いているその表情は見えない。チェーンを外してドアを開ける。お邪魔します、と呟いた声は小さく覇気がない。ぬるりという擬音が似合うように男は部屋へと入り込んだ。暑がりの男にしては珍しく薄手の長袖を着込んで片手には自分の部屋から持ってきたのであろうシーツを抱えている。どうしたんだ、という言葉よりも先に男は窓際にあった一人がけのソファーを指さしてこちらに尋ねた。
    「あそこ、使わせてもらっていいっスか?」
     尋ねる、という言葉はふさわしくはなかったかもしれない。それは決定事項であったかのように男は返事を待たずに歩き出してその場所に座り込んだ。膝を抱えるようにしてソファーに体を埋める。持ってきたシーツを乱雑に体に巻き付けて繭のように包まる。年下のくせに大きく見える体躯がやけに小さく見えた。
     こうやってこの男が自分の部屋を訪ねてくるのは初めてではない。どうしてだかこの男と体を重ねる関係になって、今日だってその用事で来るものだと思っていたというのにどうにも様子がおかしい。
    「和食、くん……?」
     近づいて見下ろした男の顔はホテルの薄暗い照明でもわかるくらいに青白かった。その体は小刻みに小さく震えていて色の悪い唇から漏れる荒い吐息。
    「あー……ここ、邪魔か?なら、ゆかでも、いい……」
     もぞもぞと緩慢に体が動き出す。ぐちゃぐちゃに巻き付けたシーツが動きを制限してうまく動けないらしい。ぼんやりとした瞳が閉じられる。ぐらりと傾いた体を抱き留めたら信じられないくらいに熱かった。
    「……もしかして、体調悪いのか」
     ゆっくりと開かれるサファイアにも似た瞳が今は輝きを失ってどんよりと濁っている。
    「……たぶん」
    「多分じゃないだろう、熱がある。なんで部屋で大人しく寝ていないんだ」
    「…………」
     返事はなかった。ただ腕の中で荒い息を吐き続けるだけ。
    「とにかくベッドに横になりなさい」
     当たり前のことを言ったというのにどうしてか男は瞳を見開いてこちらを見つめている。長く伸びた睫毛がパシパシと音を立てるほどに大きく瞬きを繰り返して、こちらの手を借りるようにして俯きながら男は立ち上がった。

    ***

     どうしてこうなったのだろうかと熱で浮かされた脳を必死で雷我は回す。朝から悪かった体調は、会議を終えて気を抜いたところで急激に悪化した。真冬のような冷気に体が震えて、手持ちの服を着込んでみたところではどうにもならず、ガンガンと痛む頭とオーバーヒートで思考もままならない。一人布団にくるまってみたところで柄でもなく心細くなった。テレビをつけて音声を聞いたところでそれは治まらない。
     誰かにそばにいてもらえばいい、けれどそうやって心配をかけるのはプライドが許さなかった。
     ふと浮かんだのは一人の男の顔だった。自分のことを気に食わないはずのあの男ならば、こちらのことを心配などしないだろう。邪魔だとは思われるかもしれないが、そこは申し訳ないが隅にでもいるから目をつぶってもらおう。そう思っていたはずだった。
     けれどこの状態は何だろうか。床でもいいと思っていたはずなのに今温かい布団に寝かされてぽんぽんとあやす様に優しく胸を叩かれている。
     男が歌を歌う。それはおそらく英語の歌詞だろう。生憎英語の成績が自慢できるものではない雷我には一つも聞き取れなかったが、恐ろしく綺麗な発音で紡がれる歌声は原曲を知らない雷我にすらわかるくらいには音が外れていた。
     そんな不快であるはずの歌声がどうしてか酷く心地よい。生まれた時からハンデッドであった自分にはわからないけれど、自分たちの歌声を聞くアライバーの気持ちはこのようなものなのかもしれないとぼんやりとした頭で思う。
     子供じゃねぇんだけど、そんな気持ちを込めて男に視線をおくる。見上げた男の顔は部屋の電灯のせいか酷く眩しい。
    「どうした、苦しいのか?やはり病院に……」
    「……行かねぇ」
    「じゃあ水とかいるか……?」
    「……いらねぇ」
    「えっと、じゃあ何かしてほしいことは……」
     おろおろとうろたえたような男の黒く変色している方の手を掴む。それを引き寄せて自分の頬に触れさせた。デッドしている手は体温が低くて気持ちがいい。
    「わ、和食くん……?」
    「……いいから歌ってろ」
     戸惑うような沈黙が数秒。やがて小さく決して上手とは言えない歌声が聞こえだす。
     落ちていく意識の中、ふとこの男の顔が浮かんだのは本当に自分のことを心配しないだろうと思っただけだったのだろうかと考えて、答えが出ないままに意識は途切れた。
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