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    nanana

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    過去に体の関係があった二人の未来の話。

    #雷コウ
    ##ハンセム

    残り香が晒す傷跡(雷コウ) 水面に浮かんだ泡のような、明け方の葉についた露のような、そんな夢とも紛うような一時の事。十八から二十歳になるくらいの間、嫌いな男を抱いていた時期があったのだ。
     どうしてそれが始まっただとか、どうして一夜の過ちで終わらせなかったのだとか、そういうものはもはやわからない。ただ、確かにそんな時期が存在していた。
     それが終わったのは、そう、あれは二十歳の誕生日の事。二十歳の誕生日、という自分にとってそこそこに大きなイベントだったから記憶している。丁度誕生日がHEADばかり集められた会議だったのだ。恒例になった会議の前日の夜のホテルでの逢瀬。いつものように適当に抱いて、適当に眠りについた誕生日当日の朝。目覚めたときにはベッドの隣は空だった。触れてみてもそこにぬくもりは無く、とっくの昔に男はこの部屋を出て行ったのだと知る。目覚めた時にいないのは初めての事でもない。それなのにどうしてか今日は心がざわつく。いつも通りにベッドサイドの机に置かれていたホテル代金がいつも以上に他人行儀に見えた。
     遅刻しないようにたどり着いた会議室には昨夜の事なんてまるで知らないという顔をした男がすでに座っていた。
    「お、雷我。おめでとう!今日誕生日だろう?二十歳か?おっきくなったな!」
    そんな流の声が会議室に響く。その声につられたようにコウは書類から視線を雷我に寄こす。
    「そうか、今日が誕生日か。和食君、おめでとう」
     平素と変わらぬ柔らかな声。信者がカミサマと崇めている包み込むような声色は、特別でもなんでもなく、その表情は初めて知った情報に対する僅かな驚きが滲んでいた。
     パチン、と得体の知れないものが雷我の中ではじけたのはその瞬間だった。弾けたものがなんだったかなんてものはもうわからないし、知りたいとも思わない。まるで夢から覚めたように意識はクリアになり、なんでこんな気に食わない男を抱き続けていたのか本当にわからなくなった。淡い色の睫毛に縁どられた左右色の違う瞳がじっと雷我を見つめて、それから無言のまま逸らされる。
    「アリガトウゴザイマス」
     それから雷我は会議の前日にコウへ連絡をするのをやめた。それに対して向こうから連絡が来るどころか、何かを言われることもなかったから、多分、そういうことなのだ。

    ***

     そうして何もなかったかのように一年以上が経過した。
     そういうことだったはずだったのだ。
     全部終わった話のはずだったのだ。

     ボードゲーム部で信乃の誕生日会をするから支部の部屋を貸してくれ、とノラに言われたのは六月も終わりかけの頃。続々と集まる面子と最後にやってきた主役の姿。数年前までははるか下方にあったはずの幼子の目線は、今や雷我のそれよりも数センチ高い。
    「雷我の兄貴、お邪魔してるぜ」
     すれ違いざまにぺこりと下げられた頭、鼻腔をくすぐるのはシャンプーの香り。信乃はとっくにいなくなって角の部屋へと消えたというのに香りだけがまとわりついて離れない。
     もう一年以上も嗅いでいなかったというのに記憶が鮮やかに溢れ出して脳内から零れ落ちた。あの男と同じ家に暮らしている信乃のシャンプーの香りはあの男と同じ種類のもの。それのせいで心はあの頃のホテルの一室に引き戻される。何故、どうして、忘れるどころか記憶していたつもりもないのに。
     薄暗い部屋で僅かな明かりだけを頼りに男に触れていた。カーテンの隙間から漏れるネオンライトや月明かりを反射する潤んだ瞳。女にしては丸みの無い、男にしては薄すぎる体を暴いて開いて、漏れ出す上ずった声。触れた手に甘えたように摺り寄せられた汗ばんで上気した頬。
     全てが雪崩のように思い出されて一気に上がりきった体温。目の前が真っ赤になりそうな衝動に慌てて蹲って呼吸を整える。あんなものもう過去にしたどころか、無かったことにしたはずなのにどうして今更。
     真っ白で薄い皮膚をなぞりたい。平素よりも余裕のない少し高めで上ずった声を聞きたい。あの柔らかな細い髪の毛に触れて、小さな頭を懐に抱え込んでその香りを吸い込みたい。
    「最、悪ッ……」
     蹲って抱え込んだ頭をかきむしる。今更もうどうしようもない熱に浮かされている。こんな感情に名前を付けるというのならば一つしかないのに、それを認めてしまうのは怖くてたまらない。あの時はじけたまま知らないでいたかった。
    全部あのシャンプーのせいだ、雷我は呪詛のようにそう小さく呟いた。
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