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    nanana

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    nanana

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    モブ女にナンパされたり、縛ったり、噛まれたりする話。

    #雷コウ
    ##ハンセム

    あまりにも古典的(雷コウ) 路面電車のある風景にももう慣れたものだ。何度も会議やら何やらで行き来した広島本部周辺の地理はほとんど頭に入っていてもはや地図は必要ない。D4会議を終えてコウは一人でホテルへの道のりを歩く。少しだけ本部に用事があり一人居残りをしたために他のメンバーはとっくにホテルへと戻っているはずだ。
     夏の終わりの日が短くなった世界。オレンジ色の空に東から紫が混じって、雑多な街並みの色合いを一秒ごとに変えていく。人々の喧騒は福岡も広島も変わらず、街に溢れ返る人波に逆らわないように、白いコートを翻らせながらコウは歩いていた。福岡ではちょっとした有名人であるコウも、広島ではまだまだ知名度が低い。誰にも声をかけられず、誰にも振り返られることなく歩く道は少し新鮮でもある。
    「あの、すいません」
     コウが女に声をかけられたのは、もうホテルとは目と鼻の先。ホテルの隣にあるコンビニの前を通り過ぎようとした時だった。年のころは十代後半から二十台前半。亜麻色の髪をゆるく巻いて綺麗な爪をした女は、白いスカートを翻しながらコウへと駆け寄ってくる。
    「少しお願いがあるんですけど」
     ぺこりと女は頭を下げる。耳についていた小さな石のイヤリングが夕日を反射してきらきらと揺れた。
    「私、携帯を落としてしまって……誰かが拾っているかもしれないので鳴らしてみたいんですが少しだけ携帯電話をお借りできないでしょうか」
     小さく手を顔の前で合わせる女を見てコウはポケットに入れていた携帯電話を取り出す。
    「それは大変でしたね、何番ですか?」
     指紋認証をして開いた通話画面。ゼロハチゼロから始まる女の唱える番号を丁寧に黒い手で押していく。ワンコール、ツーコール、しばらく鳴らしてみたところで通話は繋がる気配はない。諦めて通話終了のボタンを押してコウは女を見る。繋がらなかった、と告げたのにも関わらず女は一向に落胆していないようで少し引っ掛かりを覚える。
    「まぁそのうち出てくると思います」
     女は狼狽える様子もなくカラリと笑った。昨今の携帯電話と言えば個人情報の塊でありお財布でもある。悪用されればとんでもないことである。すぐにしかるべきところへ連絡をして警察に行った方がいいと助言をしたというのに、女は後でしますとその助言を切り捨て、距離を一歩詰めてコウを見上げた。コウ自身は男の中では小柄なほうではあるけれど、女の身長はコウよりも低い。
    「助けてもらったお礼にそこの喫茶店にでご馳走します」
     ピンク色に染まっていた艶やかに潤む唇が弧を描く。何といって断ればいいのか、そう考えていると女はコウの大きめのコートの裾を掴んで引っ張った。その力に逆らうことなくふらついて一歩踏み出した足元。不意に背後から名前を呼ぶ声がした。
    「天神サン、知り合いか?」
     もう夕暮れは冷え込む時期だというのに相も変わらず半袖のTシャツを着た男がだらしなくポケットに手を突っ込んで立っていた。
    「和食君、どうしてここに?」
    「あ?コンビニに来ただけだけど。で、そいつは知り合いか?」
    「今出会ったばかりの女性だ。携帯を落として困ってるとのことで誰かが拾ってはいないかと私の携帯で電話をかけていたところなんだが」
    「携帯ねぇ……で、見つかったのかよ」
    「いや、繋がらなかった」
    「あっそ」
     じろりと雷我が女を不躾に眺める。蛇に睨まれた蛙かのように女は体をこわばらせて一歩後ろへと下がった。
    「携帯ねぇんならまずキャリアに連絡して不正利用されないように止めてもらえ。それから警察に紛失届出しとけ」
     コウと同じ事をコウよりも具体的に雷我は伝える。後でします、とは今度は言わなかった。女は素直に頷いてお世話になりましたと背中を向けて小走りに走り出す。それはどこか逃げるような走り方でもあった。
     その背中が雑踏に消えてからコウは隣に立つ男にわざと聞こえるように一つため息をついた。その小さなため息にも目ざとく年下の男が青筋を立てる。
    「アドバイスは的確だが、少し威圧的すぎやしないか。相手は女性だ」
    「あ?んなもんただのナンパなんだからあれでいいんだよ。それともナンパについてく気だったのかよ」
    「は?ナンパ?」
    「ナンパに決まってんだろ。ご丁寧に相手に自分の携帯番号まで教えるような真似して。賭けてもいい、明日ぐらいに携帯電話が見つかったって電話してくる」
    「そんなことは……」
    「あるだろ」
     きっぱりと言われてしまえばぐうの音も出ない。コウ自身も女に対してどこか不自然さを感じていたのだ。それを年下に納得のいく形で綺麗に指摘されて恥ずかしさと悔しさで少し腹立たしい。
     いたたまれなさにそのまま少し足早にホテルのチェックインカウンターへと向かう。サインをしてカードキーを受け取る寸前、雷我がコウの肩越しにカウンターを覗き込んだ。和食君、とたしなめようとしたときにはもう雷我ははるか後方、カウンターを離れてホテルの入口へと歩き出していた。そういえばコンビニに行く途中だったと言っていたか。わざわざ一緒にホテルまで逆戻りしたのは話をしたことでうっかりコンビニに行くことを忘れてしまったせいだろうか。
     ピロリ、とポケットの中の携帯がメッセージの着信を告げる。
    『1406号、23時にアンタの部屋に行く』
     メッセージの冒頭に書かれていた番号は今夜コウが泊まるはずの部屋番号。あの一瞬で部屋番号を知られたことに気が付いて、コウの脳内の敦豪が「だから少しは危機管理をしろ」説教を始めていた。

    ***

     ディーバのメンバーとともに夕食はお好み焼きを食べに出かけた。飲みなおすという敦豪と隆景とは街で別れて戻ってきたホテル。信乃の部屋は同じ階だったらしく、エレベーターを降りておやすみなさいとそれぞれの部屋へと向かった。敦豪と隆景は顔を合わせれば言い争いばかりだというのに、食べるものや飲むものに関してはどうも意見が食い違わないらしい二人を思い出してコウは小さく笑う。やはりあの二人は変なところで気が合っているのだ。
     部屋に取り付けられた時計は午後十時半を指していた。雷我がこの部屋に訪れる用事などコウは一つしか知らないし他に知りたくもない。念入りに体のソトもナカも洗い流して、何をやっているのかと虚無感に襲われながら男を待つ時間がコウは一番苦手だった。
     午後十一時の五分過ぎ、コウの扉は古びてダルダルになったスウェットを着た年下の男によって開かれる。遠慮もなく部屋に入り込んだ男はこれまた遠慮の欠片すらなく、今の今までコウの座っていた美しくベッドメイキングされたままの真っ白な布団へと腰掛けた。
    「夕飯お好みやき食ったのかよ」
     スン、と鼻をならして雷我が尋ねる。
    「そうだが匂いが残っているか?」
    「コートとか鞄とかに残ってんじゃねぇの?」
    「君は夕飯は何を?」
    「ラーメン」
     毎回お互いにそんなくだらない会話で少しでも時間を潰そうとするのはどうしてなのだろうか。水と油の二人が揃ったところで言い争いの他にすることなど一つしかないというのに。
     会話が終わって無言になった部屋。自分の部屋だというのに座っていた場所を奪われて立ちっぱなしになっていたコウを雷我が手招きした。言われるがままに近づいて、雷我に手を引かれてコウはベッドに押し倒される。するりとバスローブの紐がほどかれて頭上で両手を縛られた。
    「なんの真似だ」
    「アンタ縛られてるほうが好きだろ」
    「別に好きではないが」
     はだけたバスローブから覗く脇腹を雷我の指がなぞる。見下ろされて見上げたサファイアブルー。横たわった僅かな沈黙に、臨床心理士としての勘かそれともセックスフレンドとしての付き合いの長さかはわからないけれどコウは些かに違和感を抱く。チリチリと肌を刺すような気配は確かに怒りだ。
    「……何を怒っているんだ」
    「怒ってねぇけど」
    「そんなことは」
     ないだろう、そう続けようとしたのに漏れ出たのは悲鳴だった。顔を寄せられてキスされるかと勘違いしてぎゅっと瞳を閉じたコウを襲ったのは焼けるような痛みだった。肩に突き立てられた雷我の歯が、白いコウの肌に噛み痕を残す。コウの喉から漏れた引き攣るような悲鳴と、聞こえるはずのないぷつりと皮膚の切り裂かれる音がお互いの鼓膜を揺らした。
     与えられた痛みに思わず手ではなく縛られていない脚が動いた。目の前の獣を蹴り飛ばそうと振り上げた右足は簡単に捕らえられて雷我の手の中に収められて、その太ももの一番柔らかいところに再び獣が噛みつく。
     再び零れた悲鳴と白い肌にくっきりと浮かぶ歯形、涙目混じりにコウが「最悪」と悪態をついた。

    ***

     散々嬲られて気を失い、ふと目覚めて気が付いた時にはコウの白い体は噛み傷だらけだった。どれもこれも服を着てしまえばわからない場所だったのは幸いか。薄く血が滲むほどに深く傷をつけられた体はズキズキと血が巡る鼓動に合わせて痛みを訴える。
     唯一服で隠せないところにつけられた噛み傷が一つ。一本指の付け根を思いきり噛まれたそこは、遠目でもわかるほどに綺麗に噛み痕が残っていた。治癒力の低いハンデッドの体ではいつになったらこの傷が消えることか。
    「起きたのかよ」
     ろくに拭かないままポタポタと金色の濡れ髪からしたたり落ちる雫。シャワー室から出てきた雷我が未だにベッドに横たわったまま動けないコウを見下ろす。
    「……この噛み傷、どうしてくれる」
     じろりとにらみ上げたけれど雷我の表情は変わらない。じろじろと体中を眺めまわしてハッと鼻で一つ笑った。
    「笑い事ではないが?どれだけ痛むかわかっているのか?」
    「そりゃあ悪いことしたな」
     一つも悪いとは思ってもいない顔で雷我は言う。それを隠す気もないらしい。
    「それにここ、こんな目立つところにつけて皆が不思議に思うだろう」
     見せつける左手の指。少しだけ雷我の表情が変わった。
    「犬に噛まれたとでも言っとけば?」
    「犬の噛み傷には見えないだろう」
    「はいはい、じゃあ指輪でもはめて隠しとけば?右手につけてる指輪でも移動させりゃあいいだろ」
    「この指にはサイズが合わない」
    「んなら新しいのでも買ってやる」
     チリとまた得体の知れない感情がコウの肌を焼いた。大舞台だって、一人きりのレコーディングだって自信満々に自分が一番楽しんで、緊張なんて欠片も見せたことのないこの年下の男がなんの他愛もないこの会話で少し空気を張りつめさせる。
    「別に詫びの品をもらいたいわけではない」
    「あっそ」
     ふいとそっぽを向いた雷我が勝手に人の冷蔵庫を漁る。誰に言われたでもなくコウが二本用意していた水の蓋を躊躇いもなく開けて音を立てて飲み干していく。飲むだろ、と投げられた水をどうにかキャッチしてコウもボトルの蓋を捻った。

    ***

     とはいえ、やはりコウの指の傷は目立った。簡易的に絆創膏を巻いていたものの、仕事に来てからというもの何人かに心配の言葉をかけられてそのたびにちょっとした切り傷ということにも飽きてしまった。
     隆景に見つかった時など、手当をさせてほしいと言われて断るのが大変だった。噛み傷など見られた日には卒倒しかねない。
     やはり悔しいが雷我の案である右手の指輪を移動させて誤魔化すのがベストなのか、コウはそう思ったもののいつもしている指に指輪がないのもまた突っ込まれる可能性があることも否めない。そんなことをぐるぐると考えていると、アクセサリーをそれなりに持っていてなおかつ詳しい事情に興味の無さそうな男が扉を開けて入ってきた。
    「あ、敦豪、いいところに」
    「あ?なんだ?何か用事か?」
    「使っていない指輪など無いか?」
    「指輪?あるけどなんでだ?」
    「少し怪我をしてしまって。皆に心配されるから傷を指輪で隠したいんだが」
     広げて見せた絆創膏のついた指。色々事情を聞かれるのにも疲れてしまって、と零すコウを見て敦豪は首を傾げた。
    「いや指輪ならあるが……そこに指輪を付けたらまた色々聞かれるんじゃねぇか?」
     絆創膏のついた左手の薬指、それを見つめながら敦豪は呆れたように断言した。
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    nanana

    DONE付き合ってない雷コウ。
    次に会った時には、プレゼントされたのだというもっとよく似合うグレーがかった青のマフラーが巻かれていてどうしてか腹立たしかった。
    吐き出した冬を噛む(雷コウ) 以上で終了だ、と男が持っていた資料を机でトントンとまとめながら告げた時、窓の外には白い雪がちらついていた。数年に一度と言われる寒波は、地元である高知にも、今現在訪れている福岡にも珍しく雪をもたらしている。それがどこか新鮮で少しだけ窓の外をぼんやりと眺める。男もつられたように同じように視線を向けた。
    「雪か、どうりで寒いわけだな」
     二人きりの福岡支部の会議室。ちょうど職員の帰り時間なのだろう、廊下の方からも賑やかな声がする。
    「こんな日にわざわざ福岡まで来てくれた礼だ。もつ鍋でもご馳走しよう」
     こんな日に、というのはダブルミーニングだ。一つはこんな大寒波の訪れる日に、という意味で、もう一つはクリスマスイブにという意味だ。雷我がこの日を選んだことに深い意味はない。たまたま都合のよかった日にちを指定したらそれがクリスマスイブだっただけの話だ。夜鳴のメンバーと予定したパーティの日付は明日だったからクリスマスにはイブという文化があるのを忘れていたせいかもしれない。
    2302

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