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    nanana

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    nanana

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    文アルでマリみてパロ

    【姉妹】:学園生活を規律正しく円滑に過ごすために、指導者役になる上級生が下級生と「姉妹」になる。上級生、下級生いずれも1対1で行うものであり、複数の「姉」、「妹」を持つことは出来ない。
    【山百合会】:生徒会。選挙で選ばれる役員は紅、白、黄の3人の薔薇さまだけだが、3人だけでは手が足りないため、手伝いとして妹である薔薇のつぼみ、さらには薔薇のつぼみの妹が常時働いている

    ##文アル

    マリみてパロ詰め1.多喜啄
    たきじ(1年)とたくぼく(3年紅薔薇様)

    「あ」
     とお互いに声が出た。

     いつものように昼休みに聖堂の隅にある小部屋に逃げ込もうとした時の事だった。そこは何に使っている部屋なのかはよく知らない。知っているのは小さい部屋で滅多に人がこず外にも声は響かないということだけ。誰もいないだろうと信じ切って開けた部屋に先客がいたのだ。
     相手の顔は酷く狼狽していた。一年生だろうか、見たことのない顔である。癖のある柔らかい猫っ毛が肩のあたりから伸びている。床に座り込んでいるからよくわからないけれどやたらと手足がすらりと長い。綺麗な足をしているなと助平親父のような事を思った。
    「先客か?悪い、出ていくから」
     先客がいたのなら仕方ない、出ていこうと背を向ける。こんなところで何をしていたんだろうと聞きたい気持ちもあったけれど、初めて会った下級生に尋ねるなど自分のお姉様のお姉様にあたる先々代の赤薔薇様でもあるまいし聞けやしない。
     外に出ようと背を向けた瞬間だった。ぎゅっと制服の裾が引っ張られた。
    「あの……紅薔薇様」
     上目づかいで名前を呼ばれる。見知らぬ生徒が自分の名前を知っている、ということにも大分慣れた。お姉様の妹になった時から取り巻く世界は変わったのだ。
    「どうした?」
    「あの、啄木サンが、いや紅薔薇様が」
    「あ、呼び方はなんでもいいし、敬語も使わなくていいって。そんな大それたもんじゃないし、肩書だけだから」
    「でも」
    「いいから」
     もごもごと何か言いたげな口がしばらく何かを小さく呟いて、やがて意を決したように開かれた。
    「その、啄木サンがいいなら、ここ、半分どうぞ。もし一人になりたいのなら私が出ていく」
    「あーあー、出てかなくていいし気を遣うのもやめて欲しい。うーん、それなら遠慮なく」
     少しずれて開けてくれた左側のスペースに腰掛けて二人でそのまま地べたに座る。
    「お前、名前は?」
    「たきじ、小林多喜二。私はアンタを知ってる」
    「たきじか、ありがとな。まぁ、紅薔薇様なんてのをやってるし割と名前は知られてるわな」
    「そうじゃなくて」
    「そうじゃなくて?」
    「もっと昔から、啄木サンが紅薔薇様じゃなくても知っていた」
    「へ?」
     これ、と多喜二が懐から取り出したのは一冊のボロボロになった冊子。それは去年リリアンの学祭で発行された文芸部の冊子だった。
    「これを見て」
     震える手で多喜二は開いたページに指を指す。そこには気まぐれで投稿した一つの歌。
    「私、これを見て、詠んだのはどんな人だろうって思って、それで外部受験してリリアンに入学した。だから今啄木サンに会えてとても嬉しい」
     やたらと綺麗な顔だと思っていたその表情が一気に崩れてふにゃりと笑う。そんなにも自分に会いたかったのかと思うと少し照れくさい。なんだか気まずい空気になって頬を掻く。話題を変えようと話しかけた。
    「ところでお前こんなとこで何してんだ」
    「えっと……私外部生だし、クリスチャンなわけでもないし、別にクラスメイトは仲良くしてくれるし優しいんだけど、なんだか居心地が悪くて。それで隠れる場所を探してここにきた」
     ふうん、と適当に相槌を打つ。生え抜きのリリアン生徒の自分には多分理解できる話ではないだろうと思ったからだ。その気持ちはなんとなくいつも何かから逃げている自分と通じるような気もした。まぁ、今現在進行形でやり残した生徒会の仕事から逃げている自分とは比べようもないくらい深刻なものなのだろうけど。
    「私たち、似てるのかもしれないな」
     なんて適当なことを言う。それでも何故か酷く多喜二が嬉しそうな顔をしたのだけはやけに印象的だった。


    ◆◆◆


    2.かたい←はくちょう
    かたい(3年黄薔薇様)とはくちょう(3年新聞部)卒業式

     最後のホームルームを終えて、玄関の扉を出た瞬間強く風が吹いた。強い風が腰までのびた髪の毛を噴き上げる。それを払いのけて瞳を開けば視界が薄桃色に染まった。外にはお姉さまを待つ妹たちやかつての仲間を待つ部活の後輩たちが目当ての人物が出てくるのを今か今かと待ち構えている。姉妹も、特に親しくする友人さえも作らなかった私を見送るのはマリア様の通りの桜並木だけ。
     私は今日、幼稚舎から過ごしたこのマリア様の庭を出ていく。
    「お姉さま!」
     一際よく通る凛とした声につられて振り向けばMr.リリアンと名高いその少女が駆けていくところだった。その先に見えるのは先代黄薔薇様、田山花袋の姿。今にも泣き出しそうな自分より背の高い妹をあやす姿はどう見ても立派なお姉さまではあるから、さっきまで教室で大号泣していたことはリリアン瓦版には書かないでおいてあげる、なんてもう自分がリリアン瓦版にコラムを投稿する事もないのだけれど。
    『はくちょうさんの髪の毛すっごくまっすぐで綺麗、私の髪の毛くるくるだから羨ましい』
     そんな声がふと脳内に蘇った。幼稚舎の頃から友達を作ろうとしなかった自分に花袋は突然そう声をかけてきたのだ。ちょっと触っていい?と断りをいれて当時おかっぱだった私の髪の毛を撫でた。
    『こんなに綺麗なんだから、もっとのびたらもっと綺麗だよね』
     何故そんなことを今思い出したのだろうか。腰まで伸びた長い髪が風で揺れる。気が付けば花袋の周りには妹だけではなく、その妹――孫や他の薔薇ファミリーも集まり始めていた。新聞部が声をかけてこれから記念撮影をするらしい。
     沢山の人に囲まれて花袋は笑っていた。同じ代の薔薇様、独歩や藤村と比べるとパッとしないとコラムに書いたこともあった。
     するりと自分の髪の毛を撫でた。昔、花袋がしたように。特別な手入れはしていない、けれど美しいと評判だったこの髪。ずっと伸ばし続けたこの髪。

     ――羨ましかったのはなんだったのか。

     人ごみに背を向けて歩き出す。喧騒を抜けて一人歩いていく桜並木。ずっと頑なに手を合わせることをしなかったマリア像の前に通りかかる。今日も変わらず祈ることはしない、だけどずっと見守ってきてくれたマリア様に『ありがとう、さようなら』と呟いてマリア様の箱庭をあとにする。
     ハサミを買って帰ろうと思った。大きくて、よく切れるハサミを。それでバッサリと髪を切って、『綺麗だな』と言われるのを待っていた自分にもお別れを言おうと決めた。


    ◆◆◆


    3.とーそんとむしゃ
    とーそん(2年紅薔薇の蕾)、むしゃ(1年)

     妹は当分作るつもりはないよ、と言った数分前の自分はたった今死んだ。

     妹を作れ、妹を作れと義務の様に繰り返される言葉が好きではなかった。姉の事は別段嫌いではない、しかし妹を作れと言われるのは非常に面倒である。そのあたりの論争は一通りやり終えているので妹の話題になるたびに藤村は薔薇の館を飛び出すことにしている。何度も同じやり取りをするのは好きではない。書類を届けてくる、という名目で外へ出た。放課後のリリアンは授業中よりも少し浮かれ成分が多いのかふわふわとしているような気がする。
     春の陽気が気持ちよくて、浮足立っている放課後の空気が自分の足元もふわふわと頼りなくさせて、それで少しぼおっとしていたのだろう。曲がり角で人とぶつかるなんで古典的な事をしてしまう。
     バサバサと足元に散らばる書類たち。慌てた様に拾い集めようと手を伸ばすぶつかった相手の少女。慌てふためいてちょこまかと動き回るその姿が面白いな、と思った。それだけだった。その瞬間にこの子を妹にしようと決めた。逆に教えて欲しい、面白そう、それ以上にどんな理由が必要だろう。
    「ねぇ、君、姉はいる?」
     そう問いかければようやく目線があう。明るい赤茶色の髪にまあるい大きな瞳、可愛らしくて庇護欲を誘うような容姿の少女である。
    「姉、ですか?それならリリアン大学の方に一人います!私と三つ違いなんです」
     スールの有無を聞いて、まさか実の姉の話をされるとは思わなかった。動いても面白い、喋っても面白い美少女なんて期待以上である。
    「そうじゃなくて、スールの。君、一年だよね?上の学年にお姉さまはいるの?」
    「はい一年です!あ、そっちの姉ですか。特定のお姉さまはいないですね。特別親しくしている方もいませんし」
     条件はそろった。藤村はゆっくりと首から下げているロザリオを外して右手に握る。なんの話をされているのか全く理解できていないような目の前の少女はただただ元気にこちらの質問に答えながら首を傾げるだけ。手には散らばった書類。それをこちらに渡そうとした腕を掴んで持っていたロザリオを差し出す。
    「ねぇ、僕の妹になって」
     え、小さく呟いたまま少女の動きが止まった。さて、傲慢と言われてもいい。この名前も知らない少女がなんと返事をするかで本当に妹にしたいのかを確かめたかった。
     即座にはいと言うならばこちらも即座に妹にしたいと思うし、いいえというならば追いかけ回してはいと言わせたいと思った。
     でも考えさせてください、なんて間の抜けたことをいうならばこの話は無かったことにしたかった。そんなありきたりの返答は期待していない。
    「あの、貴方は紅薔薇の蕾の島崎藤村様ですよね」
    「そうだよ」
    「山百合会の」
    「そう、山百合会がいや?」
    「とんでもない、私学園のためならなんでもしますよ!是非私を妹にしてください」
     差し出したロザリオを藤村から奪い取るその力は強かった。渡されるでもなく、首にかけてもらうでもなく、半ば強引に奪い取るようにして自ら首にかけて見た目以上に勝気に笑う少女。
    「君、名前は?」
    「武者小路実篤です、よろしくお願いしますお姉さま」
     じゃあ早速薔薇の館に案内してもらえますか?と逆に自分を引っ張って行きそうなほどの勢いで武者は藤村の手を引く。
     山百合会の仕事に興味はあっても、驚くほどに自分に対しては興味が無いんだなぁと少し楽しくなって、姉になったばかりの赤薔薇の蕾は手を引かれながら彼女には珍しく大声で笑ったのだった。


    ◆◆◆


    4.しらかば三人とそのお姉さまの話
    1年:しが(黄薔薇の蕾の妹)、むしゃ(紅薔薇の蕾の妹)、ありしま(白薔薇の蕾の妹)
    2年:かたい(黄薔薇の蕾)、とうそん(紅薔薇の蕾)、どっぽ(白薔薇の蕾)

     ギシギシと軋む階段をのぼっていく。ビスケット扉を開けばもうすでに薔薇の館の掃除を始めていた二人がこちらを見つめて笑った。
    「ごきげんよう、志賀君」
    「ごきげんよう、志賀」
     てっきり自分が一番最初だと思って教室にまで迎えに行ったのに二人はもういなくて、二人のクラスメイトに聞いてみればもう薔薇の館に向かったとのこと。猪突猛進な武者はともかく、いつもはゆっくりしている有島が先に行っているなんて珍しいなと疑問を浮かべて、それから教えてくれたクラスメイトにお礼を言って一人で薔薇の館に向かったのだった。
    「なぁ、今日は特にやることはなかったはずだよなぁ?」
     いつも以上に手際よく掃除されていく部屋。薔薇の館の掃除は一年生である自分たちの仕事である。普段は志賀が指示をださないとなかなか進まないというのに、どういうわけか今日はもうほとんど終わっているという。さすがに驚いて、今日は何か特別なことがあっただろうか、特に集まる予定すらなかったはずなのにと確認してみれば「ないよ」と二人の口が同時に動いた。
    「あと残っているところは?」
    「もうほとんど終わっちゃった。あとは玄関を掃くだけかな」
     そう言って二人はバタバタと一階に降りていく。やることが無いというのも居心地が悪いものである。特に今日は何の予定もないからとりあえず薔薇の館の掃除をして帰ろうと思っていたところだったのだ。その後に駅前に新しいクレープ屋が出来たと聞いたからそこに二人で行ってもいいなとも思っていた。
     せめて二人のためにお茶でも淹れようとコンロに火をかける。夏も近づく八十八夜、なんて鼻歌を歌ってみたけれどこれは日本茶の茶摘みの歌であって、今淹れているのは紅茶である。
     遠くで小さく聞こえるアブラゼミの声。もうそろそろ温かい紅茶ではなく冷たいアイスティーを用意する頃だろうけれど、こういうものは勝手に変えてもいいものだろうかと少しだけ思案。あとでお姉様に聞いてみようと頭の中のメモに記入した。
     ギシギシという足音が二つ分二階へと迫ってくる。多分煩いほうが武者。ビスケット扉が開いて二人がひょこひょこと顔をのぞかせる。そのままテーブルに向かうと思いきや、揃って窓から外を眺めて何かを確認してから席につく。ありがとう、と二人して紅茶に手を付けたもののどこかそわそわと上の空の様子だった。
     二人ともどうしたのだろうか、と尋ねようとしたその時だった。階段をあがってくる音なんてしなかったはずなのにビスケット扉が突然開く。「ごきげんよう」と酷く平坦な声で顔を見せたのは紅薔薇の蕾。相変わらず気配の読めない人だと思う。
    「お姉様!」
     ガタンと勢いよく武者が立ち上がった。
    「ごめんね遅くなって。じゃあ行こうか」
    武者が勢いよく紅茶を飲み干して、カップを流しに持っていこうとする手を志賀が止める。
    「いいって、私が洗っておくから。今日はどこかに行くのか?」
    「ありがとう、志賀。これからお姉様と映画を見に。あとで意見交換会をするんだよ」
     スカートふわりと舞い上がらせながらバタバタとお姉様のほうに向かっていくその姿はどうにも落ち着きも品はない。マリア様もお嘆きになるだろう。
    「急がなくても上映時間までまだあるから。あぁ、そうだ有島」
     うっとうしいくらいにはしゃいでいる妹をなだめつつ紅薔薇の蕾が奥でお茶を飲んでいた有島に声をかける。
    「窓の外、覗いてみて」
     そんな要点をつかない言葉を残して去っていく紅薔薇の蕾と武者を見送ってから二人で窓の外を覗きに行く。志賀より若干窓に近かった有島が窓の外を見下ろして驚いたように「お姉様」と呟いた。
     なるほど、窓の下ではこちらに向かって手を振る白薔薇の蕾。途端にオロオロとした有島は急いで紅茶を飲み干そうとして、そしてむせた。ゲホゲホとむせかえる背中をバンバンと叩いて、片付けようとしたカップは志賀が取り上げた。
    「お前も何か約束があったんだろ、いいから早く行けって」
    「ありがとう……あの、その、……お姉様に一緒に買い物に行こうって誘われてて……」
     真っ赤な顔をしているのはさっきまでむせていたせいだけじゃないだろう。どれだけ有島はお姉様が大好きなんだろうかとこっちまで赤くなってしまうほどである。マリア様だって恥ずかしがってしまう。
     武者よりはゆっくりと、でも普段の有島にしてはギシギシと音を立てながら有島が階段を下りていく。後に残ったのは静寂と、淹れすぎてしまった紅茶と。ゆっくりと三人で話をしようと思っていたから多めにいれたのだ。ティーポットにはまだ三杯分くらい紅茶が残ったまま。一杯分自分のカップに追加してみてもまだ二杯分残っている。
     少しだけお腹がすいたなぁと思った。お茶菓子でも引っ張り出してこようか、いやここには自分一人しかいないのだ。一年生の分際でお菓子を引っ張り出してくるのはためらわれる。三年生の薔薇様達は今日は何かの会議があると聞いた。戻ってくるのはもっと遅くなるだろう。あぁ、クレープが食べたかったなぁ、なんてさっきまでそうでもなかったのに突然にクレープが恋しくなる。そうはいっても元々約束なんてしてなくて、自分が勝手に思っていただけなので仕方がない。なんとなく酷くもやもやした気分になって冷めた紅茶をもう一口。もう帰ってしまおうかなぁなんて思っていた頃、再び薔薇の館の階段が軋んだ。
     一段飛ばしで、ぎいぎいと軋む階段を軽やかに上る足音。薔薇の館の住人で一番賑やかなその音。ビスケット扉があく前からその足音の正体はわかっていた。
     バタンと大きな音がして扉が開かれる。そして現れた黄薔薇の蕾は志賀の姿を見つけると、やっぱりここにいた、と向日葵のように笑った。
    「お、丁度喉が渇いてたんだ」
     そう言うと志賀が動く間もなく自分でティーカップを持ってきてポットから紅茶を注ぐ。それを一気に飲み干してさらにもう一杯。丁度ポットの紅茶は無くなった。ふうと一息ついて椅子に座ってしまった黄薔薇の蕾は何故だかそこで落ち着いてしまったようで、話の続きを待っていた志賀は思わず突っ込みを入れざるを得なかった。
    「それでお姉様、私を探していたんじゃなかったんですか?」
    「え?あ!そうそう!ついつい紅茶を飲んでまったりしちゃった。駅前にね、新しいクレープ屋が出来たって。直哉と一緒に行きたいなって思って探してたんだけど、今日は暇?」

    ***

     空になったティーポットを片付けて、お姉様が来ただけで賑やかくなった薔薇の館をあとにして志賀はお姉様と歩く。いつもより少しだけ足取りが軽いのがマリア様にはばれているだろうか。
     さっきまでの欝々とした気分が嘘のよう。初夏の匂いが漂う空の下、二人は駅前のクレープ屋にでかけたのだった。


    ◆◆◆


    5.みょーじょー三人イタリア修学旅行
    たくぼく(紅薔薇の蕾)、たかむら(黄薔薇の蕾)、はくしゅう(白薔薇の蕾)

     どこにいてもどこからか陽気な音楽が聞こえてくる。キラキラと水が反射して眩しいのに、少し彩度が落ちた様なアンバランスな色彩。石造りの街並みは、地震大国である日本では見られない光景である。
     ここは水の都ヴェネチア。現在修学旅行二日目の自由行動である。石川は異国の情緒あふれる石畳をカツカツとローファーを鳴らしながら歩く。異国だってリリアンの掟は同じ、スカートはひざ下5センチ、靴下は白で三つ折りだ。不意に目に入ったのは雑貨屋。窓から店内へチラリと目線をおくれば何かがきらりと赤く光ったように見えた。
    「高村、」
     目の前をずいずいと歩いていた友人の服の裾を引く。何、と振り返った顔に「ここに入りたい」と告げた。いいよ、と笑った友人はくるりと踵を返して店のドアに手をかけた。
     カランと音を鳴らしながら店のドアが開く。まるでそこは昔絵本で読んだ魔法使いのお店の様だった。時を重ねて思い出を音色に乗せるオルガン、祭りに使われる何かを宿したようなお面、それから何色ものガラスがちりばめられたランプ。その店の奥で綺麗な首飾りを眺めていたのはよく知った顔だった。ドアの開く音でこちらに気が付いた先客が全校生徒を虜にする美しい顔で笑う。
    「おや、君たちと土産物が被ると困ってしまうのだけれど」
     自分たちのクラスよりも先に出発した二人の友人、白薔薇の蕾、北原白秋。
    「ごきげんよう、白さん。一人?珍しいね」
    ごきげんよう、といつもの挨拶を異国でもいつものようにかわす。そんなまどろっこしいやり取りは脇に置いて、石川は先ほどの赤い光の正体を探す。確かこの辺で光ったはずと、窓際の方へ少し歩けばそれはすぐに見つかった。
     ガーネットのよりも真っ赤なその石。それはロザリオにつけられていた。これが反射して光ったのかと手に取って眺めれば予想以上にずっしりと重い。少しだけ迷って、それをレジへと持っていく。無口な店主がイタリア語で値段を告げた。
    「随分面白いものを買っているね?」
     ひょいとレジに顔をのぞかせたのは北原だった。
    「あらら、本当だ」
     その声につられて高村もひょいと顔を出す。君もようやく妹を作る気になってくれたかね、と北原はくすくすと揶揄うようにして笑う。
    「ちょ、何見てんだよ……!そんなんじゃねぇし、別に誰かにあげるとかじゃなくて単純に綺麗だから買っただけだっつーの」
    「おやそうなのかい?てっきりそれが似合う妹候補でも出来たのかと思ったよ。うちの妹は少々頼りないからね、新しく薔薇の館に人が増えるのは良いことだと思ったんだけどねぇ、黄薔薇の蕾、紅薔薇の蕾?」
     揶揄う立場だったはずのに、ついでにチクリと言われた高村が気まずそうに顔を逸らす。でもどれだけ嫌味を言われたところで自分は妹を作る気なんてないし、高村だってそうだろう。
     店主から受け取ったロザリオを鞄の中にしまう。綺麗な赤色。何故か自分の首にかけようとは思わなかった。部屋の、窓際の、そう光を反射するところに飾っておこう。

     そのロザリオが恐ろしくよく似合う少女が入学してくるのは来年の春の事。まだ将来の妹の顔も知らぬ日の出来事だった。
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