幸福な明日を生きるために ――ねぇマイキー。ホワイトデーに贈るお菓子には、それぞれ意味があるんだよ――
脳裏をよぎったのは、今は亡き愛する妹の得意げな声だった。
「よ、タケミっち」
「マイキーくん!すみません、わざわざオレん家まで来てもらっちゃって」
「いーよ、オレが用あんだから」
「それで、今日はどうしたんですか…?事前にメールくれるなんて、珍しいっすけど…」
『今から行っていい?』それだけの簡素なメールに『もちろんです!』と返答をよこした武道は少し不安そうな面持ちで万次郎に問いかけた。
「たいしたことじゃねぇんだけどさ、オマエにコレ、渡したいなって思って」
ポケットから取り出したのは色とりどりの金平糖が詰まったガラスの小瓶だ。武道の手をとり、その温かい手のひらの上にそっと乗せる。
「ずっと頑張ってきたオマエに。別にご褒美、なんてもんでもねぇけどさ」
「…っ!!マイキーくん、オレはっ…!」
武道の目が大きく見開かれた。
――褒美なんてものが欲しくて頑張ってきたわけじゃない!なにより『頑張った』からといって、止められなかった悲劇が、救いきれずにこぼれ落ちてしまった人達がいるオレに、そんなものを貰う資格なんてーー
そんな彼の心の叫びを、青く澄んだ大きな瞳は雄弁に伝えていた。
だから万次郎は微笑んだ。
『わかってる』と伝えられるように、『大丈夫だ』と安心させられるように。
「オマエがなに考えてるかくらい、想像つくよ。…でもさ。頑張ったんだろ、オマエ。オレが、みんながそれを見てきた。だったら、誰かが『よく頑張りました』ってご褒美くらいあげてもいいと思うんだ。で、オマエがそれを貰うなら、その相手はオレでありたい。…ダメか?」
「…駄目なわけ、あるはずがないじゃないですか。ありがとうございます、マイキーくん」
万次郎の言葉を聞いているうちに、だんだんと瞳を潤ませていった武道は手のひらの中の小瓶を大事そうに胸に引き寄せる。
「それ、食ってみてよ」
「そんな、もったいないっすぉ」
「いいから」
再度促せば、武道は素直にこくりと頷き従った。瓶の中から薄紅色をつまみ上げ、ゆっくりと口に運ぶ。
「…あまいです、マイキーくん。すごくあまい…」
頭の悪い感想を伝える武道は泣き出しそうなのを必死に堪えているのであろう、なんとも言えない不細工な笑みを万次郎に見せた。
そんな彼がどうしようもなく愛おしくて、万次郎は武道をそっと抱き締めた。頬をくっつけるように寄せて、背中をポンポンと叩いてやればこらえようとしていた感情が決壊したのか、腕の中でわんわんと泣きじゃくりはじめる。
万次郎は瞳を閉じた。思い出すのはかつてエマから教えられた、ホワイトデーのお菓子の意味。
クッキーなら『友達で居ましょう』、『マシュマロならあなたが嫌い』。キャンディならーーキャンディや金平糖などの砂糖菓子なら、『あなたが好き』。そして『永遠の愛』。だって、甘い味がずっと続くでしょ。お菓子に想いを託して伝えるなんて、すっごく素敵!マイキーもそう思うでしょ?
――ああ、そうだな、エマ。言葉になんてできない気持ちでも、伝えられるのは嬉しいよ。オマエのお陰だ、ありがとう。
武道を抱く腕にぎゅうと力を込める。泣いている男の体は温かい。この体温を忘れないようにしよう。
オレが守ってやるから。
オマエのことも、みんなのことも、ヒナちゃんのことも。
もうオマエが泣きながら頑張らなくてもいいように、この先はずっと、オレが守ってやるから。
これから先は一人でいくのだ。
きっと修羅の道になる。
みんなも、オマエも、きっとオレのことを嫌いになる。
それでも。
オレの愛は、永遠を誓える想いはここにある。
小さな砂糖の塊に託して、全部全部、彼に渡した。
ならば、なにも恐れるものはないのだ。
武道は知らない。
オレの決心も、菓子に込められた意味も、なにも。
それでいい、どうかずっと、知らないままでいて欲しい。
そうして、最高の未来で『幸せ』だって、オレが惚れたまっすぐな瞳で笑って生きてくれーーそれがオレの幸せだ。
「オイ万次郎!!一度でいい!!〝助けてください〟って言えやぁああああ゙!!」
(マイ→みっち 君が幸福な明日を生きるために)
(みっち→マイ 君と幸福な明日を生きるために)