GX/暗い十代くんの話未完 今日は一段と寒い日だ。もうすぐ春だっていうのに、朝から指先がかじかむほどに冷え切っていた。「冬が戻ってきたみたいだな」十代の隣でヨハンが呟いた。「いっそ雪が降ったらいいのに。なあ。春の雪っていうのも、素敵だろ」
目を細めて笑う。碧色の目。その宝石のようなきれいな碧は十代のお気に入りだったので、笑うとまぶたに隠れてしまうのはすこし勿体ない気もした。それでも、その笑顔の暖かさと、指ごとてのひらを包んでくる手の暖かさに、どうでもよくなる。
「本当に雪が降んなら、雪だるまを作りたい」
「いくつでも作ろう」
「けど本当には降らないじゃん。だって春だ」
「十代がそうしたいんなら、カキ氷器を出して来よう。三年くらい前だったか、おばあちゃんからもらったのが、戸棚にあったろ。そいつで雪を作ればいい」
確かにカキ氷器はあった。自動じゃない、ハンドルを回してガリガリ削る手合いの物だ。削るほどにふさりふさりと小気味よい音で薄氷が積もっていくのは気持ちよかった。薄氷だ。だけど雪だと言われれば、そうとも見れる。いいアイディアだった。
「ないなら作ればいい。なあ、そうだろ」
碧が細まった。棒切れのようにこわばっていた十代の指は、今や温もりと同じ温度に解けていた。
ヨハンは、十代が子供のころからそばにいる。ずっと一緒だ。仕事で忙しいという両親が家に戻ることは、十代の覚えている限りではめったになかったけれど、別にそれでも構わなかった。どうせヨハンがいるからだ。
十代は、ほとんど毎日ヨハンと一緒に遊んで、暮らして、そうして育った。二階建ての、こじんまりとまとまった家の中、欠けた空間すべてをヨハンが埋めていた。
ヨハンの容姿は説明しがたい。漠然と、きれいなものだ。目は碧、髪は青々として、白い手足がすらりと長い。まるで理想のつくりものの形をしていた。十代の身長は当初ヨハンの腰にも満たないほどだったが、すくすくと成長したおかげで今や並べば彼の胸に頭が付けられる。しかし、本当に最初の最初からその背丈だったかと問われれば、よくわからなくなる。けれどたとえきちんと説明できたとしても、十代は誰にもヨハンのことを言わなかっただろう。言いたくなかった。
夜の闇がそっくり空を覆うころ、ベッドに入ればヨハンが本を読んでくれる。どんな本でも構わない。マンガでも図鑑でも教科書でも、なんなら辞典や専門書でも。十代が興味のない、意味の不明な本だとしても、ヨハンは面白おかしく丁寧に解説を交えて、十代が理解できるように言葉を砕いてくれた。十代はヨハンの使う言葉たちが好きだった。世の中でこれほど美しく優しく耳に届くものはないと思っていた。
夜中の読書の中で、特にお気に入りなのは絵本だ。
それらは母親の蔵書だった。十代は特に好きとかいうわけでもなかったが、絵本を読むときのヨハンの声色がいっとう好きだったので、大人しく聞いていた。どんな退屈な絵本でも、ヨハンが読み上げれば人や動物がまるでいきいきとして、本当にあるかの話のようで、何度聞いてもいつだってワクワクできた。
シャドー / my best friend(未完)