「あーっ!苺と生クリームが足りない!」
アドルフが叫んだ。
それは一大事、とヘスラーが顔を上げる。
「計算して買ってなかったのか!?」
「思っていたよりスポンジケーキの型が大きくて…」
どうしようか、と蒼白のアドルフに、ヘスラーは落ち着けよ、と声をかけ、エーリッヒに電話をかけた。
「エーリッヒ、すまん、帰りに苺と生クリームを買ってきてくれ」
『苺?生クリーム?……デコレーション用の?』
「ああ、思ったよりスポンジが大きくて」
そこまで説明すると、電話の向こうでシュミットが『デコレーションなら私がやる!』と大声を出したのが聞こえた。
『はいはい、シュミットは、テーブルに飾る生花とミハエルへのプレゼント選びが終わっていないでしょう。それにケーキのデコレーションは難しいんですよ。余計なこと考えず、ケーキはアドルフとヘスラーに任せましょうね』
エーリッヒに宥められて、シュミットが唇を尖らせるのが電話越しでも想像できた。
「とにかく、頼んだ」
『Ja. こちらは、あと1時間程で帰れると思います』
「助かるよ」
ヘスラーはエーリッヒに礼を言って、電話を切った。
毎年、ミハエルの誕生日は、シュミットが業者を呼んで、ホテルの宴会場を大々的に飾り付けて行っていたが、今年のテーマは「手作りのパーティー」と皆で決めた。
高級ホテルのシェフ謹製の料理やケーキには劣るだろうが、皆で手分けをして準備を進めている。
会場は、アドルフとヘスラーがルームシェアをして住んでいる、マンションの一室だ。
エーリッヒとシュミットの部屋にはミハエルは頻繁に訪れるから、こっそり準備をするのには向かないだろうということになった。
色紙で作った輪っかや花を壁に飾り付けて、風船をたくさん膨らませて、ヘスラーなりにパーティー感のある部屋を用意したつもりだ。
料理は主にアドルフが、エーリッヒに手伝ってもらいながら担当している。
プレゼントは、シュミットの担当だ。
シュミットのセンスならば、ミハエルの喜ぶプレゼントを用意できるだろう。エーリッヒはそのお目付け役である。シュミットを野放しにすると、何をするか分からない。それくらい、シュミットのミハエルへの敬愛は激しかった。
ミハエルへの招待状に書かれたパーティーの時刻まで、もう余裕が無い。
プレゼントを沢山抱えて帰ってきたシュミット、エーリッヒと共に、尊敬するミハエルの喜ぶ顔見たさに、皆一丸となってパーティーの準備を進めた。
そして、時間となり、ミハエルが部屋を訪れる。
「わぁ、僕、君たちのお家にお邪魔するの初めてだよ!」
嬉しそうなミハエルに、「狭い家ですが」とお決まりの台詞を告げて、飾り付けられたリビングへ案内する。
ミハエルは、一歩足を踏み入れるなり、目を見開き頬を紅潮させて、入口で立ち尽くした。
「すごーい!可愛いね!」
「ハッピーバースデー、ミハエル」
シュミットが、一番にミハエルに声を掛けた。
柔らかい声音だった。普段の高飛車な彼からは想像もつかないくらいに。
「ミハエル、お誕生日おめでとうございます」
エーリッヒもそれに続く。
「おめでとうございます、リーダー!」
「お誕生日おめでとうございます」
アドルフとヘスラーも、口々に祝いの言葉を述べた。
シュミットが、大きな白薔薇の花束をミハエルに差し出す。
「我らの愛するリーダーに、“尊敬”を込めて」
ミハエルが花束を受け取ると、ぱちぱちと拍手が起こった。
「すごい………この薔薇、僕に?」
「ええ、勿論」
「シュミットが用意したの?」
「買いに行ったのは私ですが、みんなで考えて選んだ贈り物です」
ミハエルは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。こんな綺麗なお花、見たことないよ」
「料理も、家庭料理ではありますが、精一杯作らせて頂きました」
エーリッヒがミハエルをテーブルに誘う。
アドルフ(とエーリッヒ)が作った料理が、所狭しと乗るテーブルに、ミハエルは目を輝かせた。
「君たちが作ったの?」
「はい、早起きをして。これなんて、3日前から仕込みをして……」
ミハエルが嬉しそうだから、アドルフは饒舌に料理の説明をする。
「アドルフはこんな才能もあったんだねぇ」
ぱあ、と笑ったミハエルの笑顔は眩しく、その場にいた全員が愛しさに目を細めた。
「部屋の飾りは俺がしましたよ!」
ヘスラーも、負けじとミハエルに主張する。
「うん、とっても可愛いお部屋だね。ありがとう」
「ミハエル、テーブルの花は僕が選びました」
エーリッヒが申告するのにも、
「プレゼントは他にもたくさん用意してますから!」
とシュミットが言うのにも、ミハエルは終始嬉しそうだった。
ミハエルが嬉しいと、アイゼンヴォルフの面々も、漏れなく嬉しいのだった。
ささやかだが心尽くしのパーティーが終わりに差しかかると、ミハエルはしょんぼりと「帰るの、寂しいな…」と告げた。
「では泊まっていきますか?」
「え!いいの?」
アドルフの提案にミハエルはぱっと顔を上げる。
その様があまりに稚く可愛らしく、アドルフは父性を擽られ胸がきゅんとした。
「ずるいぞ、お前たちばかり」
シュミットが頬を膨らませる。
「まあまあ、シュミット。ミハエルがうちに泊まったことはあっても、ここに泊まったことはないでしょう?今日はアドルフとヘスラーに譲りましょう」
エーリッヒに宥められ、シュミットは不満顔のまま、渋々頷いた。
「では僕達はそろそろ帰りますね。おやすみなさい、ミハエル。引き続き良い夜を」
コートを着込んだエーリッヒがミハエルの頬にキスをする。
「ありがとう、エーリッヒ。今日は楽しかったよ」
ミハエルもエーリッヒにキスを返す。
シュミットはコートを腕にかけたまま、まだ何か不満げにしていた。
「やっぱり私もここに泊まる!」
「ベッドが足りませんよ。ソファを使ってもね」
「エーリッヒ!お前は私の味方じゃないのか!」
わがままを言うシュミットとそれを宥めるエーリッヒが可笑しくて、ミハエルは声を立てて笑った。
そして、シュミットを手招きし、少し背伸びをして頬にキスをする。
「今度、シュミットたちのお家にも泊まりに行くね」
「……絶対ですよ?」
シュミットは少し表情を和らげ、ミハエルの柔らかな頬を啄む。
「それでは、また」
「あまり夜更かししないようにしてくださいね」
口々に言い、シュミットとエーリッヒは帰って行った。
「リーダー、もう少しケーキを召し上がりませんか」
「それとも、飲み物は?」
アドルフとヘスラーの心尽くしのもてなしは、深夜まで続いた。