「お誕生日おめでとうございます、シュミット…」
エーリッヒが両手でシュミットの頬を包み込み、柔らかく優しく、唇を啄む。
「ありがとう、エーリッヒ」
キスの合間に答えると、それを合図にしたようにエーリッヒのキスは深くなった。
ぴちゃり、水音が、響く。
「んっ……」
恥ずかしい、と思うも、エーリッヒは逃げることを許さない。
「…ふぁ、…エーリッヒ………んっ、ぁ…むっ」
とろけるようなキスに、シュミットは甘く声を漏らす。
その事に興奮したのか、エーリッヒは頬を包んでいた手を離してシュミットの腰に回すと、ぐっと力を込めて抱き寄せた。
密着した下腹部に、熱を感じる。
自分の熱か、エーリッヒの熱か……。
続きを無意識に期待してしまっているシュミットを、しかしエーリッヒは解放して、シュミットの唇をそっと拭う。
「さぁ、パーティーの準備をしましょうね」
「待ってくれ、エーリッヒ。こんな状態で、放り出さないでくれ」
シュミットがエーリッヒの腕に縋ると、エーリッヒは困ったように笑った。
「僕だって、もっとあなたを堪能したいですよ。でも、今日のパーティーはすっぽかす訳にはいかないでしょう」
そう宥めて、エーリッヒはシュミットから素っ気なく離れてしまった。
今日のパーティーは公的な、シューマッハ家主催のものだ。シュミットの誕生日を祝うのが名目のそのパーティーに、遅れるわけにはいかず、渋々、シュミットも身支度を始める。
「エーリッヒ!タイが上手く結べない」
「はいはい。全く、困ったひとですね、あなたは」
エーリッヒにタイを結んで貰うのが、シュミットは好きだ。
エーリッヒに世話をしてもらうのが、甘やかされるのが、エーリッヒの全てが、シュミットは好きだ。
ぴしりと正装したかっこいいエーリッヒを見ることが、退屈なパーティーの唯一の楽しみだった。
「ねぇシュミット。僕たち、結婚しませんか」
何気なく、エーリッヒはパーティー会場へ向かう車中、並んで座る後部座席で話しかけてきた。
「……は?」
「結婚してください、シュミット」
シュミットは目を白黒させて、「待ってくれ、エーリッヒ、」とようやく言った。
エーリッヒとは、長く恋人として付き合っているし、同棲もしているし、だけど、結婚?
「僕の生涯のパートナーになるのは嫌ですか」
「………嫌なわけない」
そんな聞き方ずるい、とシュミットは唇を尖らせ、目をそらす。
「だったら、結婚しましょうよ」
ね?と優しく言われ、シュミットは真っ赤になり頷いた。
「ありがとうございます。愛していますよ、シュミット」
そっと、エーリッヒがシュミットの左手をとる。
薬指にちゅっと口付けられてシュミットは胸をドキドキさせた。
「……今年のあなたの誕生日、何を贈ろうか悩んで。僕の人生の全てを贈ることにしました」
「……重いな、お前のプレゼントは」
「嫌じゃないでしょう?」
確信に満ちた目で見つめられ、シュミットは恥じらいに目を伏せる。
しかしエーリッヒは許さず、シュミットの顎をぐっと掴み、顔を自分の方に向かせた。
「ね。あなたからの愛の言葉。聞かせてください」
「言わなくても分かるだろう」
「言って欲しいんです」
渋々と、シュミットは視線を彷徨わせながら、言葉を探し──結局は単純な言葉しか浮かばず、
「……愛してるよ、エーリッヒ」
とやっとの思いで言った。
シンプルな言葉にもかかわらず、感極まったらしきエーリッヒにぎゅっと抱き締められて、シュミットは恐る恐るエーリッヒの背に腕を回す。
「私でいいのか、エーリッヒ」
「あなたでないと嫌です」
エーリッヒが答えたのに、ぐすっと鼻を鳴らしながら、「シュミット坊ちゃん、おめでとうございます。よかったですねぇ…」と運転手が零した。
「ありがとうございます。あなたのご主人、僕が必ず幸せにしますね」
エーリッヒはにこやかに言うものの、シュミットは恥ずかしくて仕方がなくなり、エーリッヒの胸を押しやって身体を離すとツンとそっぽを向く。
「今日のパーティーで、あなたのご両親にご挨拶しますね。僕の実家にはいつ行きますか?役所には、早めに行きましょうね」
エーリッヒはシートに投げ出されたシュミットの手に、それより少し大きな自分の手を重ね、心底嬉しそうに笑いかけた。
「──もし、私の両親や、お前の御家族に反対されたらどうする」
シュミットの意地悪な問にもエーリッヒは怯むことなく、
「世界中の誰が反対したって、あなたを諦めたりはしません」
ときっぱり答えた。
そうか、と答えてシュミットは、俯いて小さく笑った。