ふたりと二人 魔界から帰還したダイとポップはデルムリン島のとある岬近くに新居をかまえた。
なにせ成長著しいダイはブラスじいちゃんと暮らしていた家に入ろうとしても入口でつかえてしまったし、そこそこの成長を遂げたポップも同様だったからだ。
大魔王との戦いが決着がついた途端魔界へ墜ちてそのまま雷竜王との戦いへなだれ込んだダイは今、地上のすべてを満喫している。
太陽の暖かさと眩しさに毎朝感動し、雨が降ればその雨粒に瘴気が溶け込んでいないことに安堵する。
だから寝ているのがもったいなくて朝日がのぼると同時に目覚め、隣に寝ているポップを起こさないようにそっと抜け出してまず友達のモンスターに挨拶をしながら島を一周ランニングしてから洗濯をするというのが最近のダイのルーチンワークになっていた。
「ちょっと無理させすぎちゃったかな」
家に戻ってきても目覚めていないポップを見て一瞬、ほんの一瞬反省し(夜までもたないが)起きてくるまでに水汲みでもしようと戸口まで出た時ふいに額が熱くなった。
慌てて額を押さえると僅かだが竜の紋章が熱く青く光っている。
戦闘中でもないのに、とダイの背筋に寒気が走った。
「どうした?ダイ」
欠伸をしながら起きてくるポップに紋章を光らせたダイが向き直るとポップは一気に眠気が飛んだようで目を限界まで見開いた。
「分からないけど、胸騒ぎがするんだ」
「おいおい勘弁してくれよ、また魔族が攻めてきたんか?」
ポップはそう言いながらダイの目の前で寝間着を脱ぎ捨て旅人の服を引っ掴む。
「敵意は感じないんだけどなんていうか今までにない感じなんだ」
トレードマークの鉢巻を締め直しブラックロッドを後腰に挿すとポップはダイの剣をダイに手渡して装備するように促す。
「お前が自分のカンを信じねぇでどうすんだよ竜の騎士様よ」
「わかった。ポップもついてきてくれる?」
ポップはズイと距離を詰め睨めつけた。
「わかりきった事いうんじゃねぇよ。ってぇか置いていくのは許さねぇ」
離れ離れになるのはトラウマなのだ。ポップもダイも。
とりあえず気になる方角にルーラしよう、と上空に舞い上がるダイと手を繋いでポップもついていくとだんだん見覚えがある景色が近づいてきた。
「もしかして気になるのはロロイの谷か?」
依然と変わらず森林が突然途切れて山肌がむき出しになっている台地が見えたあたりでトベルーラに切り替え、バーンパレスの残骸とピラアオブバーンの近くに降り立つ。
「うん間違いない、心臓がバクバクするんだ」
ダイは服の胸元とギュッと握りしめ警戒するように周りを見渡す。
「敵っぽいのはいなさそうだけど警戒するに越したことねぇよな」
はっきり言って何もなければダイが空振りしてゴメンとか気にするだろうがそん時は今日は二人でデートした事にしよう、とポップは決心する。
そういやあ朝飯も食ってねぇからいっそのことカール城のアバン先生、いやアバン王にロロイの谷は平穏無事でしたと報告しがてら美味いメシをねだるのもいい。
ここはバーン大戦の最終決戦の舞台であり、戦後は魔族のオーバーテクノロジーの粋を集めたバーンパレスの焼け跡をアバン王主催で随分と調査したが中枢部分を中心に破壊された残骸からは結局大した技術は手に入らず、ポップにとってダイ捜索の手がかりにならないと気落ちした記憶がよみがえり一刻も早く立ち去りたい場所の一つだった。
「まだ気になるか?」
どこともなく視線を彷徨わせるダイにそろそろキリをつけようと水を向けた時。
耳だけでなく全身に響く衝撃波が二人を襲った。
発信源は、と目を凝らすとあの日と同じ雲一つない青空にぽつりと浮かんだ小さな点がぐんぐんと大きくなる。
「「上だ‼」」
叫ぶと同時に飛び上がると並翔するポップの盾になる為ダイはドラゴニックオーラを全開にした。
覚悟をきめる暇なく墜ちてきた何かをダイが受け止めきれずほとんどスピードを緩める事が出来ないまま墜落するのをなんとか止めようとポップは目視ルーラでダイの背後にまわる。
「バギ!」
地面との距離を稼ぐためダイの背中にバギを叩きつけて斜め上空に跳ね上げた。
大魔道士の魔法を生身に撃つなど正気の沙汰ではないがドラゴニックオーラのお陰でダイは無傷なまま上空でブレーキをかける猶予をえた。
「助かったよポップ」
それでもピラアオブバーン先端よりかなり下までまで下りてやっと止まったのだから衝撃の強さが伺えるというものだ。
「一体何が墜ちて・・・ええっ」
墜ちてモノはダイの腕の中でしっかりと抱き合ったまま気絶していたがが、その姿は異種族であるモンスターを見慣れたポップ達にとってさえ異様に見える。
ふたりは人間種族の「子ども」に近い姿をしているが大分フォルムが異なっていて、ひとりはダイの身長の半分位で頭部が真円に近く、もうひとりの身長はその2/3程度しかない上に頭部が極端に逆三角形をしている。
「ねぇポップ。こいつらは一体何なんだい?」
「そいつぁ俺も知りてぇが、お前の胸騒ぎの元はもしかして?」
トベルーラを解除し地面に降りたつとダイは頷く。
「きっとそうだと思うよ。もうドキドキは落ち着いたもの」
抱えなおそうとして二人は彼らの異変に気づき息をのむ。
「大変だふたりとも大怪我してるよ、急いでベホマしておくれ」
「いや待てこいつらに回復呪文が効くかどうか分かったもんじゃねぇぞ」
「じゃあどうするのさ」
困りきったダイが眉を下げるとポップは腹をくくった。
「とりあえず俺たちの家で看病しよう。ルーラで戻るぞ」
ポップは怪我人を抱えたダイの肩を抱き呪文を唱えた。
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行きのダイの感覚を頼りに翔んだルーラと違い、ポップの本気をだした最大戦速のルーラはダイでさえちょっと怖くなるほど速い。
それにバーン大戦中でも数度しかその機会はなかったが急ぐ時はいつもより更に高度を上げて翔ぶものだから曇り空の時は雲海の上を翔ぶ事になる。
ポップがメガンテを唱えた後息を吹き返すまで雲海の上を歩いていて、ゴメちゃんが必死に引き留めてもなかなか足が止まらなかったと本人から聞いて以来ダイは雲の上が苦手になった事も重なってゾワゾワするのだ。
ルーラ中は放出される魔法力に包まれるから風圧に悩まされる事はないが上空に上がれば上がる程寒くなるので腕の中のふたりは寒がっていないかと覗きこんだがまだ気絶したままで、どちらもダイからするとちょっと力を込めただけで骨を折れそうな程どこもかしこも細い。
それだけでなくふたりとも上半身は引き裂かれた服の端きれだけがベルトから幾らか垂れ下がるだけでズボンもビリビリに破れているし、見えている素肌は数えきれない程の裂傷と打撲痕で覆われていて、ダラリと力無く下がる腕や足も骨折しているに違い無い。
おそらく今ダイから見えない所も骨折しているだろうし、小さい方は肋骨もヒビが入っているのか呼吸が浅く苦し気だ。
「そろそろ着くぜ、しっかり抱えといてくれ」
わかった、と返す間もなく急速に高度が下がりみる間に地面が近づいたのでダイはルーラの着地音と衝撃に備えてふたりの頭を支える為更に深く抱き込んだが、着地は拍子抜けするほど静かなものだった。
そういえばテランに逃げ出したダイを探しだした時も、まるでそこにいることをわかっていたかのように音もなく翔んできたっけ、と考えている間に扉を大きく開け放ったポップに急げと促された。
寝室に入りダイがベッドの側に立つと、
「まず小さい方からだ」
指示されるままひとりを預けると、ポップはそっとベッドの上に下ろし体を横向きにして顎を軽く上げる所謂回復体位をとらせてから慎重に怪我の具合を確かめていく。
「思ってたより酷ぇな」
ベホマさえ出来りゃあな、とポップは悔しげに呟き少しでも楽な体勢にしてやろうと試みるが意識を取り戻すまではそれも難しいと諦めてもうひとりを受け取るとやはり回復体位をとらせた。
「どうして回復呪文を使わないんだい?」
「使いてぇのはやまやまだがどう見たって俺たちが知ってる種族じゃねぇだろ。もし魔法がこいつらに暗黒闘気みてぇなダメージを与えるもんだったら目も当てられねぇ」
その可能性を考えていなかったダイは息を飲んだが、ふたりを見れば見る程ダイとポップに似ている事に気づいた。
「ねぇポップ、この子たちって俺たちに似てるよね?」
「やっぱりお前もそう思うよな」
子どもから幼児ほどの身長ではあるが体格からすると年齢はもう少し上に見える不思議なふたりは、師匠から聞かされた古代にいたとされる「フェアリー種族」かと思われたが、ダイの髪の跳ね具合や右頬の✕傷を含む顔立ちや、ポップの戦士に比べれば華奢な体格やトレードマークの黄色の鉢巻きを実物を見ないでカリカチュアした姿に思えた。
「先ずは傷口を洗おう。俺は布を用意すっからお前は水を汲んできてくれ」
「わかった。お湯も沸かす?」
「ああ、薬草は昨日干したのがあるからそれも出そう」