《トマ蛍》夕飯が食べられなくても知らないよ その日のトーマは珍しく慌てた様子だったと、すれ違った人々はそう語った。声をかけてくる知り合いを軽くいなし、時おり抱えた紙袋の中身を確認してはそれを揺らさない軽い身のこなしで人の隙間を抜けて。階段に差し掛かれば速さこそ落ちるものの、ぱたぱたと一段ずつ、落ちないように確実に踏みしめながらも滑るように駆け下りていく。
季節を感じられる楓の形の練り切りと、一緒に勧められた茶葉。あとはみたらし団子を三本。綺麗に並んでこちらを見ていたいちご大福まで買ってしまった。
それらを抱えて走るトーマの目的は、昨晩から続いている蛍との喧嘩を終わらせることだった。なんてこと無いちょっとした言い合いが発展してしまっただけなのだが、どうして止められなかったのだろうかとトーマは後悔を募らせていた。
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