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    かみすき

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    かみすき

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    トマ蛍
    そもそも喧嘩なんてしなさそうというのは置いといて

    #トマ蛍
    thomalumi
    ##トマ蛍

    《トマ蛍》夕飯が食べられなくても知らないよ その日のトーマは珍しく慌てた様子だったと、すれ違った人々はそう語った。声をかけてくる知り合いを軽くいなし、時おり抱えた紙袋の中身を確認してはそれを揺らさない軽い身のこなしで人の隙間を抜けて。階段に差し掛かれば速さこそ落ちるものの、ぱたぱたと一段ずつ、落ちないように確実に踏みしめながらも滑るように駆け下りていく。
     季節を感じられる楓の形の練り切りと、一緒に勧められた茶葉。あとはみたらし団子を三本。綺麗に並んでこちらを見ていたいちご大福まで買ってしまった。
     それらを抱えて走るトーマの目的は、昨晩から続いている蛍との喧嘩を終わらせることだった。なんてこと無いちょっとした言い合いが発展してしまっただけなのだが、どうして止められなかったのだろうかとトーマは後悔を募らせていた。
     疲れていたとか忙しかったとかそんなことはただの言い訳にしかならないのだ。あれから蛍とは、おやすみとおはよう以外の言葉を交わしていない。
     それがすごく、寂しかった。少し会話しないくらいでこうも堪えるだなんて。心にぽっかり穴が開いたようで、こんなことを言ってはさらに怒らせてしまうかもしれないが、何がきっかけで喧嘩したのかを忘れてしまうくらいに寂しくてどうしようもなかった。
     早く仲直りしたくて、でも切り出し方がわからなくて。甘味に頼るなど情けないかと思いつつも、このままずっと会話できないでいる方がよっぽど辛いのだ。
     
    「……よし」

     上がった息を整えるように、そして緊張を落ち着かせるように大きく息を吐く。ほんの少しの勇気と、ごめんの言葉。それから一緒に甘い物を食べて、いろんな話ができたなら。
     物干し竿に蜻蛉が留まっていたとか、町に向かう途中で見慣れない鳥が綺麗な声で鳴いていたとか、今晩はさつまいもを入れた味噌汁にしようかとか。そういうどうでもいいようでよくない、些細な幸せをたっぷり含ませた話を。

    「蛍」

     当たり前の呼びかけもなんだか久しく感じられる。声は少し震えてしまったが、厨に立つ蛍の背中にはしっかり届いたらしかった。緩慢に振り返ったその表情はぼうっとこちらを見つめて、怒っているのか悲しんでいるのか、はたまた呆れているのか。怯みそうになりながら、からからに乾いた口を開く。

    「あの、昨日はごめん」

     感情の読めない瞳にそう告げた。言えた。できた。あとはもう、どうにでも。許すも許さないも蛍次第だ。これが無事に腹の中に収まることになればいいなと抱き直した袋はがさりと音を立てた。

    「……一緒に食べないかい」

     ぱち、ぱち。トーマの言葉を受けた蛍が繰り返し瞬きをする。相変わらず大きくて綺麗な瞳だなあと審判を待つ身にはふさわしくない方向に思考を飛ばしたところで――その大好きな瞳がくわりと開いたかと思えば、今度は壊れた蛇口のようにばたばたと涙を溢した。

    「え……え!? 蛍!?」
    「うぅ……トーマぁ!」

     放り投げそうな勢いで菜箸を転がした蛍は、母親を探す迷子のように声を上げて泣きじゃくった。そんなに擦ったら目が溶けてしまうと止める間もなく、蛍は紙袋を潰さん勢いで飛び込んでくる。トーマが触れていいものかと逡巡する必要もなかった。

    「寂し、かったぁ……」

     小さな背中を撫で擦れば、全力で走ったせいで着崩れた衣服が握りしめられる。
     こんな風にお互い悲しくなるまで、どんなくだらないことで喧嘩したんだったか。所詮意地の張り合いは愛しい人の前にがらがら崩れ落ちる。
     一日ぶりの温もりにへらりと勝手に緩む口角は、本人に見えていないのをいいことにそのままにしておいた。

    「トーマ、ごめ、ごめんね」
    「ううん、オレがごめん」
    「ちがうの私がっ」 

     蛍をあやしながらもしばらく続いたごめんの応酬は、やりとりの果てに本当に押し潰されることになった紙袋が止めてくれた。
     いびつに歪む紙袋。せっかくの甘味が。慌てぶりに涙も止まったらしい蛍と顔を見合わせ、どうしたものかと二人の間に流れた微妙な空気。

    「っんふ、ふふ、トーマが潰した!」
    「オレ!?」

     それも次の瞬間には笑顔に変わって弾けた。
     そう、これだ、トーマが恋しかったものは。良いことも悪いことも、何でもないことも、蛍と一緒なら全部が楽しいものに思えてくる。みたらし餡が溢れたって、大福からいちごが飛び出たって、容器のべたべたさえも幸せに姿を変えるのだ。

    「お茶でも入れようか」
    「それにしてもいっぱい買ってきたね」
    「確かに、これ三人分あるな……いやあ、つい」
    「おでん作ってたんだけどそれも食べる?」
    「おでん?」
    「トーマ好きでしょ」

     確かに、好きな食べ物はと聞かれればトーマはおでんだと返すようにしている。くつくつと鍋の中で踊る大根は蛍なりの仲直りのきっかけだったのだろう。結局互いに考えることは同じだっただけのこと。
     ならば、食べ切れないなんて野暮なことは言うもんじゃない。たくさんの甘味と、まだ味の染みていないおでんと。買ってきたばかりの茶、冷蔵庫にあったジュース、そしてトーマが大好きな、守りたい笑顔も一緒に。
     ちょっと長めの喧嘩はこれにて終幕、ということで。
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