≪トマ蛍≫デートの準備これが男の子の理想のデート服!
八重堂の前を通ったときにちらりと見えたその文字に、思わず足を止めてしまった。
デートの服装に、理想なんてあるのか。
どこに行くにも何をするにも、この一張羅とずっと一緒だ。もちろん、デートだってこれ。
でも、目の前の雑誌は何と。素敵な服でデートを成功させよう♪ なんて言っている。ちら、と開いてみれば、華やかなファッションをまとった女の子たち。見下ろした自分の服装は、それと比べればなんだか地味に見える。
今までのデートが失敗だったとは思わないけれど、もしかしてトーマもかわいい服を着ている方がいい、とかあるんだろうか。
ショックを受けた蛍は鍛冶屋への用もすっかり忘れて、買ったばかりの雑誌を握りしめて友人の元に転がり込んだのだ。
「おしゃれな服装、ですか」
「この間の服、かわいかったから。綾華ならなにか教えてくれるかなって」
デートで着たい、とは照れくさくて言い出せなかったけれど。
かわいい服、と聞いて思い出したのが、綾華が見せてくれた異国衣装をモチーフにしたという洋服だった。リボンがあしらわれていて、ふわふわで、綾華にとても似合っていた。きっとそういうかわいい洋服が男の子の……トーマの理想なんだろう。
「デートに着ていくのですか?」
「えっどうしてそれを」
「デートファッション特集のようでしたので」
参考に買ったんだけど、と差し出した雑誌の表紙には大きくそう書いてある。当然だ、それを見てこんなに慌てているのだから。気が動転するあまり失念していた。
思わずここに来てしまったけれど、実はとんでもなく恥ずかしい相談をしているのでは。いわゆる恋バナ、というやつが蛍はほんの少しだけ苦手だった。照れることなどないのですよ、と言われても、どうもいっぱいいっぱいになってしまうのだ。
しかもデートを隠そうとしていたのもばれた。恥ずかしがっているのも恥ずかしい。やめて、真っ赤ですねって言わないで。
「ふふ。ところで、次のデートのお約束はいつですか?」
「つ、つぎの」
「はい。用意が間に合わなくては困ってしまうので」
トーマが出かけるのを見て、そうだ今日はデートなんだっけなんて思われていたら。でも、これもデートの成功のため? いやでもみんなとどんな顔で会えばいいのかわからないよ。いやいや、トーマにかわいいって思ってもらわないと。背に腹は代えられない、ってやつだ。
「……明後日に約束してる」
「まあ! 急がなくてはなりませんね」
「うん。でもどうしたらいいかわからなくて。雑誌にはワンピースが定番ってあるけど」
「私も詳しくはないですが、そう伺ったことがあります」
チラ見せで彼もドキドキ!
思わず抱きしめたくなっちゃうふわふわコーデ♡
ちょっとだけ刺激の強い見出しにどぎまぎしながら、ふたりで雑誌の端から端まで読みこむ。
「『シチュエーションに合わせた服装』……なるほど、それも必要ですね」
「まさか」
「デート先を教えていただいても?」
ずい、と近づく綾華に気圧される。ま、待ってよ、それは本当に恥ずかしいよ! 今までだってトーマの名前が出るだけでも茹でだこのようだと綾人さんにくすくすと笑われてきたのに。デートの内容までだなんて、あまりにも酷じゃないか。
でも相談したのは蛍の方だし、一緒にこんなに悩んでくれている友人にそんなことは言えない。なにより綾華の表情は真剣そのもので、茶化す意図など1ミリもないのだ。もじもじして口を開けないでいると、蛍さん、とさらに迫ってくる。
「ゔ……景色のいい場所でピクニックしようって」
「では温度調節しやすい服装がいいですね」
顔から火が出そうだ。なんならもう爆発しそう。こぶしを握りしめて潰れたカエルのような声を漏らすばかりの蛍など目に入らないというように、綾華はぺらぺらとページをめくってはああでもないこうでもないと考え込む。
「スカート丈は長い方が良さそうですね」
「……うん」
「なにか他にお召し物はお持ちですか?」
「ううん……これだけ……」
「……蛍さん?」
なんでもない。どう考えてもなにかある顔をしている自覚はあるけど。なんでもないよ。勝手に恥ずかしくなっているのを堪えているだけだからどうか放っておいて。
「あ! す、すみません私、不躾に尋ねてしまいまして」
「大丈夫……」
ぶり返すからどうか。どうか謝らないで。あまりの羞恥心にぎゅっと瞑った目も噛み締めた唇も、力が入りすぎてぷるぷるしてきた。綾華まで顔を真っ赤にして慌てるものだから、なんかもう逃げてしまいたい。変な汗までかいてきた。
お互いにぺこぺこと謝り続けていると、廊下から声がかかる。襖が引かれるより早く、持ち前の反射神経で雑誌を背に隠した。
「綾華、いますか。来週の催しについてですが……おや旅人さん、いらっしゃいませ」
「お、お邪魔してます……」
「今日はもうすでに茹で上がっていますね」
「お兄様!」
「ふふ、失礼しました。女性の内緒話の邪魔はしませんよ、どうかごゆっくり」
すす、と襖を戻す綾人さんに全身の力を抜いたが、なぜか再びぬるっと開かれた襖に肩が跳ねる。いけない、雑誌を落とした。
こわばった顔のまま後ろ手で雑誌を探す蛍に、相変わらず読めない笑顔を浮かべたまま言う。
「トーマはふわふわのニットが好きなようです」
今度こそきっちり閉じられた襖に、蛍はへなへなとくずおれた。