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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    No blades ふと見ると、彼の手には銀色に光るナイフが握られていた。装飾のない、こざっぱりな柄は地味で無骨……でも、それが彼らしくて少し笑った。手渡された大きめのナイフは見た目通りの重量感があった。
     これがあれば、わたしの目的は果たせそう。……ふふふ、まずは何で練習しましょうか!



    「……最近、リシテアちゃんが怖いの」

     どんよりと重苦しい声でヒルダは放った。誰かに語りかけるような教室内での発言は、なかなか気になる内容だ……耳にしてしまった者は、つい続きが気になった。

    「あの……リシテアさんが、ですか?」
    「そう! そうなの!」

     一番近くにいたマリアンヌが、ヒルダに確認した。明るい返事が響くと、ますます疑問が浮んでいく。

    「リシテア君が怖いとは、どういうことだ? 口振りからすると、喧嘩をしたとかではなさそうだが……」
    「ああ、そういうのはないよ! 安心して、いつも可愛くしたいなって思ってるよ!」
    「その扱いは、僕には少々嫌がってように見えるが……。まあ、杞憂なら良い」

     意を決して話の続きを促したのは、ローレンツだった。よく聞いてくれた! と、周囲は心の中で彼に称賛を送った。

    「そうじゃないの……最近のリシテアちゃん、機嫌良さそうにしてたから何か良いことあったのかな~? って、声をかけたの」
    「ああー……そういえば、盤上遊戯でも冴えが良かったな。負かすと悔しがってたけど」

     今度はクロードが相槌を打った。そういえば……と、他の生徒も最近のリシテアは機嫌が良かったと振り返った。具体的には言い難いが、彼女はけっこうわかりやすい。

    「そしたらね、教えてくれたの。良い物を手に入れたって……」
    「それは良かったですね! ボクも良い画材が手に入ると、ずっと笑っていますから」
    「でもね……その、なんだか物騒なナイフを見せてくれたの」
    「えっ? リシテアさんがですか?」
    「そうなの、イグナーツ君! ちょっと試しに使ってみたら使い勝手が良いって、喜んでたの。全っ然、ちっとも可愛くないナイフを見せながら!」

     ヒルダにつられて、イグナーツも顔を引き攣らせていく。不釣り合いで、たしかにちょっと怖いかもしれない……。

    「お年頃じゃないのかー? ちょっと野蛮な物に惹かれる時期だろ」
    「リシテアちゃんだよ! 可愛いものが好きなのに正反対過ぎるよ!」
    「好みってのは、いつの間にかころっと変わるものだろ?」
    「もう、女の子は繊細なの!」

     クロードの茶々をヒルダは完全否定する。さらりと一応隠している好きなものまで暴露して……。彼女に同意する者は多かったが、それで怖いと言うには些か強引な理由付けだ。

    「ナイフなら、わたしも持ち歩いてるさ。ちょっとした時にあると便利だし、木の実を割ったり切ったりできるし」
    「レオニーちゃんはわかるのよ。よく狩りに出かけてるし、ジュラルトさんと一緒なら何かと必要なんだろうな〜って」
    「そうだね。そんなナイフ一本くらいで、怖がらなくてもいいんじゃないのか?」
    「違うの、みんなが使うようなナイフじゃなかったの! なんかギラっとしてて、ちょっと大きくてギザギザしてて、もう凄かったの!」

     ヒルダの恐怖めいた声に周りは慄いた。彼女のふわっとした表現だとわかりづらいので、イグナーツが持っているスケッチブックで描き起こしてみる。

    「えーと、こんな感じでしょうか?」
    「イグナーツは絵がうまいなー! オデは聞いてもわかんなかったぞ!」
    「いえ、ヒルダさんの説明からの想像なので。これが正しいのか、わかりませんから……」
    「ううん、こんな感じだよ! そうそう、こんな風にゴツゴツしてて、ギラっとしてて……あっ、ここはもっととんがってて──」

     ヒルダが描き足したり、イグナーツが付け足したりして出来上がった絵は──…サバイバルナイフと類似した物だった。

    「リシテアさんが……そのような物を……!?」
    「落ち着いて、マリアンヌちゃん。実物はもっと怖かったから!」
    「さらに怯えさせてどうするんだ……。しかし、予想以上に凶器だな」
    「わたしがほしいくらいだ。野営に使いやすそうだし、肉も捌きやすそう」
    「そうだなー、毒でも塗ってズバッといけそうだ。さすがというか何というか、物騒な物を……」

     クロードとレオニーが好意的に語りつつも、やはり疑惑が浮上していった。ナイフ自体は少々珍しいくらいで、ありきたりだ。だが、それを手にしている者はリシテアなのだ!

    「大事そうに持っててね……時々眺めて、にこーって笑ってたの!」
    「わ、笑ってたのですか?」
    「うん、笑ってたの」

     ぞわりと背筋に悪寒が走った。物騒なナイフを持って、にこにこしている姿は猟奇的に見えなくもない……。

    「放っておいていいんじゃないか?」
    「リシテアさん、肉切るのうまくなりそうだな〜!」
    「ラファエル君、そういうことじゃないと思います……。でも、女性ですから護身用に持っているのかもしれませんよ!」
    「ナイフを見て笑うことないよ、イグナーツ君……」

     そうですよね……と萎んだ声を唱えると、教室内に沈黙が走った。ちょっと部屋の温度が下がった気さえする。

    「なんだ、闇討ちでもするのか?」
    「なんで?! 大体、リシテアちゃんは魔法の方が得意でしょ!」
    「奇襲なら意外性が重要だろ。ここしばらく剣術も頑張ってるようだし、急所狙いなら……いけなくはないか?」
    「……こ、怖い……ですね」

     クロードが妙なことを口走る。あり得ない……あり得ないと思うのにぞわぞわする不穏な予想図が、皆浮かび上がった。

    「暗殺でもするのかよ……。そこまで恨み募らせる相手なんて」
    「それなら、目の前にいるじゃないか。薄ら笑いを貼り付けた胡散臭い男が!」
    「俺かよ!? なんだよ、急に俺の魅力的なところを言うなよ。照れるだろ?」
    「僕は褒めたつもりで言っていない!」

     何やら物騒な話になってきたが、クロードなら……と周囲は納得してきていた。いつも子ども扱いして、何かとリシテアの不快を買っていたから。

    「今のうちに謝っておきなよ。クロードは揶揄い過ぎなんだ」
    「そうかもねー。女の子は繊細なんだからね、クロード君」

     ため息を吐きながらレオニーとヒルダが忠告すると、張り詰めた空気が一気に緩んでいった。

    「……リシテアさん……思いつめていたのでしょうか。……主よ」
    「まあまあ、クロード君が刺されると決まったわけじゃないんですから!」

     宥めるイグナーツの発言で、ある姿が皆の頭に過った。──無骨で凶器的なナイフを振り回して、血飛沫が飛ぶ中でにこりと笑うリシテアを。想像だが。

    「ひぃっ!? クロード君、リシテアちゃんに何したの!」
    「なんで俺が何かした前提で進めるんだよ! してないって…………最近は、していないよな?」
    「僕に聞いてくれるな。心当たりがあるんじゃないのか?」
    「ったく、察しが悪いな。多過ぎて、どれか分からないから聞いているんだろ!」

     開き直ったかのようなクロードに憐れみの視線が集う。まあ彼相手なら刺されても大丈夫だろう、という謎の安心感もあった。

    「仕方ない、君が負傷したら最低限の回復魔法はしておこう。……クロードのせいで、リシテア君の未来が潰えてしまうのは見ていられない」
    「俺の未来は消えていいのか?」
    「あ、あの……私でよければお手伝いします……。主もきっと、安心すると思います」
    「マリアンヌの気持ちは嬉しいんだが、俺が悪いわけじゃないからな?」

     などと和やかな空気になって、解散となった。一抹の不安を残して。

     ★★★

    「……ということがあったから、あいつに物騒な物を渡さないでくれるか?」

     何を言っているんだ……と、部屋を訪ねてきたクロードにフェリクスは面食らう。事情を聞いても、いまいち把握できなかった。

    「何故、俺に言う」
    「そんなの、お前以外いないだろ……。リシテアに危険そうなナイフ渡すなんて」
    「……そうか?」
    「大体な、お子様に刃物を贈るなよ。怖いだろ!」
    「貸しただけだ」

     やっぱりフェリクスだったか、と納得するクロード。いち早く気付いていたが、確信が持てなかったので、あの場では言わないでいた。
     まあリシテアが喜んでて、機嫌が良さそうというなら自ずと選択肢は絞られる。邪魔する気はないが、口は出したい怖い。何故か自分が刺される話になったし……。

    「次からは……もう少し弱そうなのにしてくれ」
    「勝手が悪くなるだろ」
    「じゃあ、刺されても平気そうなのにしてくれ」
    「そんな鈍は持っていない」
    「どんな理由で貸したんだよ! 刺し殺せそうな物渡すなよ!」
    「あれは、刺すより斬った方が良い」

     噛み合わない会話にクロードの方が根を上げた。なんで使い勝手が悪く、切れ味の悪い刃物を必要とするのかフェリクスにはわからない……。ナイフとはいえ、切れ味は良いに越したことがないという考えの持ち主には、到底理解が及ばなかった。

    『お菓子作りって、けっこう切ったり潰すことが多いんですよ。あんた、良いナイフとか持ってませんか?』
     という経緯からの、手持ちの武器を貸したからなのだが……どうやら事情を知らぬ者には恐怖を蔓延らせたようだ。
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