それは一通の封書から始まった。
ついうっかりの不可抗力、流れ作業で開けてはいけないものを開けてしまった。
「……お茶会の誘い?」
文章を読んでしまった後に差出人を確認して、再度宛先を見る。家紋が入った封蝋は高貴な家からの手紙だと察せれる。
フェリクス=ユーゴ=フラルダリウス様──。そう記された文字は小綺麗で、品の良さが現れていた。ふわりと香る花の香料が付いた女性の字の手紙……。
「すみません、こちらの方はどのような家で、フラルダリウス家とどういった関係なのでしょうか?」
努めて冷静に彼女付きの侍女に封書を見せて尋ねた。さすがの才女も他国の貴族や騎士の家は把握し切れていない。
すぐに侍女から返事が来た。古くからの名家で騎士を輩出している一族だと……年頃の、ちょうどリシテアと同じくらいの娘がいるとも。
「そうですか。…………また誑かしましたね」
語弊が多分に含むことを言って、リシテアは臍を曲げてしまう。どうやら、妻の預かり知らぬところで誰かのフラグを立たせたようだ。……フェリクスからすれば、とんだ濡れ衣である。
「奥様、心配することないですよ。何も気付かず、何も起こらず、何事もなく終わりますよ」
「……見てきたように言いますね」
「はい、実際見聞きしてきましたから。毎回こんな感じで、なーんにもないです! 面白いくらい何もないので、かえってつまらないですよ!」
長くフラルダリウス家に仕えている侍女は明るく答え、強い説得力があった。リシテアもそんな予感がしている。彼相手を手紙一つで攻略できたら苦労しない……難題過ぎる。
だがしかし、モヤモヤするというか、ちょっとどうなの? とか、また変なところでフラグ立ててきた! とか、色々思うところはある。ムッとするものはムッとする!
「まあ……ファーガスだろうと、地位がある者には付き物ですよね」
「リシテア様はレスター出身でしたね。あちらでは、ご盛んだったのですか?」
「此処より頻繁ですね。ただ、当時の政治体制では他家と繋がりを持って、連携して事に当たるのが常識だったからもあります。お国柄かもしれませんね……わたしも縁談話はよく来ていましたから」
「まあ。どうして、ファーガスに来たのですか? 他に良い人いませんでした?」
主人に対して凄いこと言う……のが、この侍女の持ち味なので、リシテアはだいぶ慣れてきていた。爵位返上の事情があったから断りましたと答えて、お茶を濁しておいた。
──貴族の婚姻は、大半が家同士による政略結婚。幼き頃から、あるいは生まれる前から婚約者や婚姻する家が定められており、個よりも家を重視するのが貴族社会というもの。
激戦の変化、フォドラ統一によって昨今はずいぶんと柔軟になったが、まだまだ家重視の傾向は強い。そして、どこの家庭も夫婦円満というわけではない……。
「フェリクス様は妾とか愛人作る人じゃないですよ。そんな器用さはありません」
「わ、わかってますよ。……けっこう言いますね」
「従者は、主人の円満な生活を整わせるのが役目です。必要であれば、他の女性を勧めたり紹介することもありますが、そんなことをすれば私の首が飛びますね!」
貴方は馘首になってないのが不思議ですが……と思いつつ、リシテアは肩をすくめた。
侍女の言う通り、フェリクスはそんな器用な真似をしないし、できない。それはよくわかっている。いや、わかっているがこそ、ムクムク不満が沸き上がっていた!
「なんで、また女性に言い寄られてるんですか!? あの人、いつもそうですよ!」
この場にいたら『誤解だ』と弁明したであろう声が聞こえた気がして、リシテアは口を尖らせた。理不尽とわかっているが、感情はどうにもならない。
「フェリクス様は家柄もお顔も良いですし、喋らなければボロが出ませんから。跡を継いでからは、今まで以上に言葉遣いに気を使っていらっしゃいますし、奥様のおかげで振る舞いも良くなりましたから」
「……なんだか癪ですね」
「良き妻だからこそ、夫が映えるのですよ」
以前が以前だったからよく見えるのでは……と思い馳せるも、喜ばしいことだと自負している。レスターでは言動や振る舞い、教養その他諸々がうるさかったため、渦中にいたリシテアの助言は大きな功績であった。……そのおかげで、他所の女とフラグが立ったが。
妻帯者であろうと高貴な貴族であれば、その手に関しては尽きぬもの。リシテアの周りが一本気な人が多いから錯覚するが、貴族というのは……まあその、不誠実だったり不道徳な関係の者がいるのはよくあること。それらを利用して、家や事業、国を発展させていくのもまた一つの手段。
「では、この手紙の方とは交流した方が良いですか?」
「ご質問に添うのなら是です。こちらの方は滅多にお顔を出しませんので、良い機会でしょう。ファーガスの土地柄、飢饉に見舞われるのは他人事ではありません。繋がりを持って深めるのは良き計らいですから、執務の一環と考えても差し支えないかと」
「いざと言う時の助けは多い方が良いですし、賢明でしょうね」
思惑はあれど、繋がりは持っておいた方が何かと良い。お茶会の誘いも第一歩、最初から無下にするのは悪手とも言える。そう……例え、相手がどんな思いを抱いていようが、応じなければ無いに等しいのだ。
「…………見なかったことに……しましょう」
「失礼ですが、奥様はお気持ちがよくお顔に出ていらっしゃいますので、素直にお伝えした方がよろしいかと思います」
「顔に出るくらいじゃ気付かれませんので、ご心配なく。それに、わたしは反対していません! 政治に於いて有益であれば、お誘いくらいでどうこう言うつもりはありません!」
「左様ですか。口を出した方が、旦那様には良いと思いますが」
本音と建前は違うのは、リシテアが良い例だった。悶々とする公爵夫人の性格を把握してきた侍女は、顔を綻ばせながら役目を果たしていった。結果は、火を見るより明らか……。
帰還して部屋に戻ったフェリクスの元へリシテアは訪れて、誤って封書を開けてしまったことを謝罪した。
顔を背けながら、届いた領主宛の手紙を渡す。
「……機嫌が悪そうだな」
「そんなことないです!」
不満そうに不服そうに頬を膨らませて言われて、信じる者はいない。誰が見てもリシテアがご機嫌ナナメだと察せれる。しかし、変に指摘すると面倒なのがリシテア!
なので、懸念は一先ず置いておいて、渡された封書に目を通していった。
「見たのか?」
「ふ、不可抗力です! つい嘆願書や招待状の案内かと思って……流れ作業で開封してしまって……」
「なら話が良い。──こいつは、誰だ?」
差出人を指差して聞いてくるフェリクスにリシテアはジト目で返した。あー……やっぱりなーと思いながら、安堵と呆れが入り混じる複雑な胸中になっていく。
「……覚えがないのですか? 古くからの名家とお聞きしましたが」
「知らん。いちいち覚えてない」
「わたしはともかく、あんたは知っておかないと駄目じゃないですか! 本当に何処で会ったのか覚えてないんですか! ほら、此処に以前お会いした際に……と、書かれてますよ」
「全然わからん」
考える素振りをするが、本当に覚えていないとフェリクスの態度からありありと伝わった。一気に脱力するリシテアは、侍女の言っていたことを思い出す。
『相手の顔も名前も覚えてませんよ。どんな容姿だったとか、何を話したかもなーんにも残っていませんから!』
とか言っていたな……それはそれでどうかと思うが、フェリクスらしい。数時間前の悶々とした時間が勿体無く感じるくらい、彼は興味の欠片もないことが窺えた。
「と、とりあえず……早めに返事をした方が良いと思います。……お誘いを無下にするのはよくないですから」
「誘いだったのか?」
「もうっ! どうして、あんたはそれで誑かしてくるんですか!」
酷い言い掛かりだ……。身に覚えのないあんまりな言いように面食らっている間に、リシテアが次々と文面を指摘していった。
貴族の女性からのお誘いは何かと遠回しで、はっきりと示さない風習のため、フェリクスには理解が及ばないのが大きい。回りくどいのは不得手だ。
「あんた、此処がレスターでなくて良かったですね! 会議で糾弾されますよ」
「そっちがややこし過ぎるんだろ」
「否定しませんが、そのお誘い文はわかりやすいですよ。もう……今までどうしていたんですか?」
どうしていたと言われても何もしてないからな……と言えば、面倒になるだろうと悟って沈黙を貫いた。侍女の言葉を借りるなら『何も頭に残らないから経験が無いに等しいです〜』と言える。
「ともかく、渡しましたからね! わたしは見なかったことにしますからお好きにしてください!」
「待て」
「っ?!」
ドキリと心臓が高鳴る。翻したリシテアの腕を掴んで、真剣な瞳で見つめられて止められればチョロい……ゲフ、リシテアだって放って置けない!
──鼓動が速くなっていく。フェリクスの二の句を告げる時間が、やけに長く感じる……唇が動く瞬間を待ち侘びて、頬も熱くなってきた。
「返事の書き方がわからん」
「……………あんたって、そういう人ですよね!」
わたしのときめきを返せ! と言わなかったのを褒めてほしい、と後に侍女に語っていた。
★★★
「へぇー。それで、俺のところに来たってわけかー」
若干呆れながら来訪者の話を聞くのは、ゴーティエ家の嫡子だった。
内心『こいつ、モテ自慢しに来たのか?』と思ってるが、わざわざ城まで訪ねに来たのだから当人は真剣なのだろう……と、空気を読んだ。
「あいつの機嫌が悪いから早々に何とかしたい」
「火に油注いだのは、お前だと思うが……まあいいか。俺もそんなに得意じゃないけど、可愛い弟分に頼られちゃ断れないな!」
「──…斬るか」
「よーし、俺がんばるぞー! んじゃあ、来た手紙見せてもらっていいか?」
解せない態度で、例のお誘いの手紙をシルヴァンに渡すと早速読み始めていった。
しなやかな気品ある封書、ほんのり薫る花の匂い、麗かな文字で認められた手紙は好意に溢れていた。当然、文面も……。
「お前、よく修羅場にならなかったな!」
「そうか?」
「そうか? じゃないだろ! なんだ、この手紙! 何処で口説いてきた!」
「濡れ衣だ」
また妙なのに言い寄られたな……と、付き合いの長いシルヴァンは色々と察した。フェリクスのような人物は、何もしなくても不自由しないので『なんだこいつ?』と思うも、進展しなきゃ意味がないのもよく知っていた。
「差出人は……と。あー、あそこのお嬢さんか。文面から俺と一緒のパーティーに参加した時か? 話かけられたの覚えてるか?」
「覚えてない」
「だよなー。お前が覚えてるわけがないよな……どうせ、上の空だったんだろ」
「早く帰りたかった」
「一刻経ったら抜け出しておいて、よく言うな。そんな短い時間にお嬢様と逢瀬を交わすとかどんな技だよ!」
「言い掛かりはやめろ」
当人は、相手の顔も名前も頭に残ってなかった。
フラグとは、予期せぬところで勝手に立つもの……立たせたフラグを当然フェリクスは自覚していない。自覚していれば、もう少しまともだ!
「んで、リシテアはなんて言ってたんだ?」
「見なかったことにするから好きにしろ、と」
「なんとまあ、寛容なお計らいで! ……これは修羅場手前だな」
「言ってることはわからんが、さっさとどうにかしたい。手紙に関しては、あいつの方が得意だから助言を頼んだのだが……」
そんなことを頼むな! と、シルヴァンの顔が引き攣った。夫に来た恋文の返事を妻に相談するなど、恐ろしい修羅場発生である! 恋文だと気付いていなかったが。
「相談に乗れない、と頑なに拒まれた」
「そりゃあそうだろ! あー……リシテアは俺達よりずっと賢いし、色々考えているからな。はいはい……そういうことかー」
神妙な顔をして頷くシルヴァンにフェリクスは首を傾げた。それほど真剣に考えるものとは思ってなかったので、彼の珍しい姿に訝しげてしまう。
「俺とお前じゃあ、性格も考え方も対応の仕方が似ても似つかないからなー……うーん、どうすっかなー」
「そんなに悩むことか?」
「悩むというか、俺が適任じゃないといったところだな。……よし、こうしよう。別の奴に聞いてこい!」
ピンと閃いたシルヴァンは、フェリクスに取引を持ち掛けた。
三日後に旧レスターでいけ好かない貴族様と会談しなきゃならないから、代わりに行ってきてくれ……と。その貴族様ならきっと良い助言をしてくれる、俺より適任だ、いいから代わってくれ、と力説して。
「回りくどい……」
「適材適所だって。それに、リシテアはレスター出身だろ? 良い機会だからレスターの奴に色々聞いた方が良いと思うぜ。生まれ育った国の気質や文化の違いは大きいからな」
「お前にしては、まともなことを言う」
「ふっ、俺だって学習する! ドロテアちゃんを口説くうちに学んだんだよ。国や身分も違えば、やり方を変えないとな。……もう少しでいけそうなんだけどな〜」
未だ首を縦に下ろしてくれないドロテアに対して、シルヴァンは知恵を働かせて口説いている。そのやり取りこそ彼らなりの逢瀬なのだが、フェリクスは到底理解できずにいた。
やはり女心はわからない……これから先もわかる日が来ないと思う。フェリクス自身が強く感じていた。
そして、三日後の旧レスター領地──グロスタール領にフェリクスは訪れていた。
使いに要件を告げて、大きな邸の洒落た客間に案内されて、待つこと数分。目的の人物は現れた。
「遅くなってすまないね……。ファーガスから遠路はるばる来てくれて感謝する! 歓迎するよ、公爵家の君ならね」
暗に、虫の居所が悪くなるとある辺境伯は歓迎しないと訴えた挨拶から始まった。
現在の旧レスター領地の視察に交渉、交流や政治その他諸々を含んだ会談は定期的に行っている。
各国の現状報告を経て、ディミトリ陛下への陳情を申し出る機会でもあったので、グロスタール家を継いだローレンツは健啖にフェリクスに伝えていった。
「落ち着いてきているが、戦禍の禍根は大きい。こちらは元より、他の有力者との連携が取れていなかったから体制の改革も一筋縄にはいかない。自分さえ良ければ良い、という利己的な者が多くてな……」
「そういった話は聞いたことがある」
「そうだな、君には不要だったかもしれない。……リシテア君は元気かい? 他国に嫁いだから環境の変化は大きいだろう」
「息災にしている」
グロスタール家へ遠征すると伝えると『あらそれじゃあ、お土産がいりますね!』と、張り切って、お菓子を焼いていた。
持参した彼女の菓子を贈ると、甘党のローレンツは喜んで受け取った。
「元気そうなら何よりだ! 彼女が作る甘さ控えめの焼菓子は、噂になっているから気になっていた。ありがたく頂くよ」
「どんな噂だ……」
「ヒルダさんから聞いた。何でも甘ーく蕩かして、一匹狼も骨抜きに」
「もういい! 聞かなくていいのがわかった」
妙な噂にフェリクスが顰めると、ローレンツは目を細めて笑った。裏表のない素直な反応は、彼にとって好ましく映った。
「そうだ、せっかくだから旧コーデリア領を見て行かないか? 今はグロスタール領の一部となったが、かつての領民はコーデリア伯への思慕が強い。君の顔を見れば、安心するだろう」
「俺でいいのか……?」
「人となりは容姿に出る。フェリクス君なら問題ない。遠くの国へ嫁いだリシテア君の安否を気にする者もいたから絶好の機会だ!」
「ならいいが……」
渋るフェリクスを説き伏せて、ローレンツは積極的に領地の案内をして、見聞を広めさせた。自国の様子を見てほしい気持ちが強く、率先して観光地の案内や名産を振る舞ったりと気前良く話を進めてくれるので、フェリクスは助かっていた。
そんな中、グロスタール領地の大きな広場に訪れた。露天が多く、たくさん領民が行き交い、近くの噴水では子供たちが遊んでおり平和な空気を作り出していた。
「ようやく賑やかになってきたが、これでも閑散としている」
「これでか?」
「以前はもっと出店も多く盛況で、憩いの場としても安らいでいた。守り神として英傑グロスタール像が建っていたのだが、旧帝国の要請で撤去させられてね……」
フェリクスの目には広々として良き噴水広場に映ったが、たしかに見て回った他の所に比べて、人が少なく見えた。
英傑の銅像は権威の象徴でもあり、守り神の一端を担っていたのなら道理は通る。普段から目にする物が無くなれば、知らず知らず哀愁が募り、足が遠のいてしまうものだ。
「それで、代わりに新たな銅像の建設を考えている」
「ほう」
「英傑は少々物々しかった。次は──僕と僕が決めた妻との夫婦の像を建てようと考えている!」
「……??」
…………え?
何を言っているのかわからなくて、フェリクスの頭が固まった。聞き間違いかと思って顔を向けると、ローレンツはさらに意気揚々と語っていく。
「夫婦像だと権威の誇示の他に、愛の象徴を与えられる。人々の平穏な暮らしには慈愛と博愛の心、民への献身が不可欠だ! だが生憎、僕の身では限界がある……領内は広く、直接民と触れ合うには時間が足りないから現実的ではない。ならば、僕達の夫婦像を建てて、目に見える形で多くの者に触れてもらえれば、民も安心すると考えた!」
……言っていることの半分も理解できない。
彼の熱い高説を聞いても、やはりフェリクスは疑問符だらけだった。自分の像を建てるなんて、聞いてるだけで恥ずかしい!
「ど、銅像にまでする必要があるのか?」
「ん? セイロス神や四聖人の像も人々に守りと癒しを与えているではないか。僕らも同様の理由だ。そうだ、君もどうだい! リシテア君との夫婦像を建てれば、領民も安らぐだろう」
「ない!!」
断固拒絶を示した。『絶対に嫌です!』とフラルダリウス領に残っているリシテアの拒否の声も聞こえた気がした。……ない、あり得ない、恥ずかし過ぎる!
「そうか……失念していた。そちらでは、雪で埋もれることも考えなければならなかったな」
「そ、そうだな……」
「崩落の懸念があるのなら小ぶりの像はどうだろう? 小さくとも目立つ所に置けば、皆の目に入る。君達の愛は形になり、長きに渡って人々の心に残り、引き継がれていく!」
「……残したくない」
その形で残りたくないし、引き継がれてほしくない。フェリクスの頭は想像すら拒否して、ローレンツの熱弁を流すことに努めていく。
その最中で、ある疑惑が立った。
(もしや、レスターでは夫婦の像を建てるのが習わしなのか?! ……恐ろしい)
国が違えば文化や価値観は大きく変わる。異文化交流は大切だが、その中には到底理解できないものがあると、フェリクスは背筋を凍らせながら思い知る。……自分がファーガスに生まれて良かった! と、痛感するほど。
『そんな風習ないですよ!』と、遠くからの声はこの時は聞こえなかった。
……ということなどを経て、広き領地を視察を終えた。さすがに一日で回りきれないので、切りの良いところで引き上げた。さらなる意見交換を求めてグロスタール邸の一室にて話は進む。
話し疲れないのか? と心配になるほど、ローレンツは熱心に領地や他の領民の生活や政治体制を熱い議論を展開していった。時間が限られているからこそ、国やフォドラでの問題を真剣に使節者に語る。その様子を見れば、政治に疎いフェリクスでも臨み、拙い言葉でも意見を交わし合った。
「ふむ、有意義な議論だった。少々白熱もしたが、君なりの国を憂う気持ちが伝わって、僕も考えを改める機会になったよ」
「それなら良いが……お前は疲れないのか?」
ずっと思っていたことをついにフェリクスは言ってしまう。言葉足らずで口下手な彼には、随分の舌の回りように驚嘆していた。
「疲れさせてしまったかな。すまないね、口を挟む者がいないので、つい話し過ぎてしまったようだ……」
「俺は構わん。気になっただけだ」
フェリクスは話を聞く方が良かったので、不満はない。ただ、リシテアやシルヴァンが言っていた国や文化の違いを耳と肌で感じると問いかけたくなっていた。少なくともファーガスとは違う。
「そっちは何かあれば、会議で糾弾されるのか?」
「な、何を聞いたのか知らないが、よほどのことがなければしない! ……こともないと答えておこうか」
戦時中は糾弾のない日がなかったが……と、心の中で思った。あの時は、会議という体裁の場にしか過ぎなかった。
「まあ、旧レスターの円卓会議では弁舌は欠かせなかった。いかに耳を傾けさせて、こちらの意見を通させるかが重要で、議題の中身は二の次だったかもしれないな。話術も教養も備わってなければ、話すらできなかったさ」
「大変だな……」
「悪いことばかりでもない。……それにクロードが相手でなければ、大概のことは楽に思えるようになった」
どこか遠い目をするローレンツには苦労が滲んで見えた。そういえば、何かとクロードと言い争ってたか……と、振り返る。
「さて、君のおかげで順調に話が進んだ。もっと領内を見てもらいところだが、そろそろ疲れが出る頃だろう。部屋を用意しようか」
「いや、それなら心配ない。……時間があるのなら聞きたいことがある」
「僕にかい? もちろん構わないが、少々意外だな」
ローレンツの驚く声が上がるが、快諾してくれてフェリクスは胸を撫で下ろす。
いきなり相談するのは何だが、このまま聞かずに帰るわけにはいかない。彼なら適任だろう、とフェリクスは確信に近い自信を持っていた。
早速、件の封書を見せて、事の経緯を話していく。
「なるほど、それで君が来たわけか」
「そうだ。来てみて色々わかったこともあったが」
「ふむ、事情はわかったが……本当に読んでも構わないのか?」
「ああ、その方が話が早い」
「そ、そうだが! いや……君がそう言うのなら失礼ながら拝見する」
躊躇いがちにローレンツは、フェリクス宛の誘いの手紙を読んでいった。なんだか罪悪感が沸くが、引き受けた以上は精を尽くそうと何度も読み返しては封書や蝋印を見たり、字筋や香りを確認して、腕を組んで考え耽る。
「再度尋ねるが、リシテア君は見なかったことにすると言っていたのか?」
「ああ。相談にも乗らないと一点張りだ」
「そうか……。ふむ、僕が口を出すことではないが、その様子では彼女の意図はわかっていないようだね?」
「わからん」
簡素な即答はいっそ清々しかった。率直なことしか言わないフェリクスは、回りくどい者の相手ばかりしていたローレンツには新鮮に見えて、悪い気がしなかった。
だからこそ、自分が適任と告げられたのも朧げに理解した。失礼ながらフェリクスは女性の機微に疎く、奸計が巡る片鱗に気付いていないと分析していた。
「君がレスターに生まれなくて良かった。その実直さはファーガスだから備わったのだろう。ああ……回りくどいことは不得手のようだから簡潔に言おう。お茶の誘いを利用して君に付け入ろうとしている、と考えて差し支えない」
「そうなのか?」
「ファーガスの情勢は詳しくないが、基本的に妻帯者を誘うのは外聞が悪い。大抵は避けるところだが、差出人がそれなりに高貴の家なら例外だ。……極端なことを言えば、妙齢の女性からの誘いは全てそう考えていいだろう」
相変わらず、よくわかっていない様子で顔を歪めるフェリクスに少々やきもきするが、これも美徳と考え直して、ローレンツは言葉を重ねていく。
「公爵家となれば、あらゆる手を使って取り入ろうとしても何ら不思議ではない。中には、リシテア君と離縁させて後任になろうと企てる者もいるだろう」
「はあ?」
「大袈裟な話ではない。気を悪くしないでほしいが、彼女は爵位を返上いた以上は平民の出だ。となれば、それを負い目に感じてもおかしくない」
「くだらん」
一蹴するフェリクスにローレンツは不敵に笑った。彼にとって身分や立場はどうでもいい、と窺えた姿勢は見た目通りで、心にゆとりが生まれた。
「フェリクス君は見た目通りの人物で助かるよ。腹に何を飼っているのかわからない者を相手にすることが多くてね……」
「褒めているのか?」
「大いに褒めているさ! 話の続きだが、リシテア君は旧レスターの貴族社会にいた身だ。此処は他の家との縁はあればあるほど良く、深ければ深いほど良い貴族体質が抜け切れないお国柄だ。リシテア君は歴史あるコーデリア家の一人娘だから染みついているのだろう……」
話を聞いて、整理していくうちに納得していった。ファーガスとレスターでは、フェリクスの想像以上に価値観や文化が違っているのを思い知ったが、それでも釈然としなかった。
「面倒過ぎないか?」
「ハハハ、その通りさ! 手綱を握れば容易に御せる利もあるがね。さて、体制の話はこのくらいで建設的な話をしようか」
急な段取りにフェリクスは驚くが、話を進めてくれるのは助かるので様子を見守る。効率の良く時間は使った方が、お互いにも良い。
「この手紙の文面を見る限り、少々夢多き女性だと窺えるな。こういった手紙を寄越すくらいだから強引な手は手慣れている。……三女あたりか。自己中心なところが見られる」
「そんなので、わかるのか?」
「何しろ、面倒過ぎる国だ。手紙一つでも気を抜けない。リシテア君は聡明な女性だ。……君のことを考えて、口を出したくても出せなかったのかもしれないな」
ローレンツの表情は、事情を知るが故の愛憐が入っていた。
……相談には乗らないが、『誑かしましたね!』と言い掛かりをして機嫌が悪く、決してしおらしくはなかった妻を思い出して、フェリクスは眉を潜めた。
「縁を作り、どう立ち回るのかが重要だ。そういう点で見るなら誘いは良縁だろう。始めから君に好意を持っているから、多少粗相をしても黙認してもらえる」
「……応じろと言うのか」
「国益に関するなら是非ともだ。芽を潰すには早い。旧同盟領は他家との協力体制が浅いが故に、付け込まれたといっても過言ではない」
理路整然と述べるとローレンツはカップを手にして、冷めた紅茶を含む。喉を潤しながらフェリクスの顔を見ると、何とも言えない沈痛な面持ちでいた。
それを見て安堵した彼は、知らず目を緩ませた。
「気が乗らないようだな」
「……そうだな」
「あくめでも"国益に関するなら"の話だ。フェリクス君の心情は度外視して述べた理想論に過ぎない。──人には感情も心もある。理想でどうにかなるほど、器用に動けないものだよ」
柔らかくなった表情でローレンツは再び紅茶を含む。意外に感じているフェリクスの目を見据えて、優雅に微笑むように彼は謳う。
「そういえば、聞いていなかったな。君はどうしたいんだ?」
答えなんて最初から決まっていた。即答するフェリクスは、ようやく本音を曝した。
[new page]
グロスタール領から帰還した旨を聞いて、リシテアは足早に出迎えに行く。
「おかえりなさい。急な遠征お疲れ様です」
「ああ」
簡素な挨拶だが、慣れた二人には他愛のない日常の象徴だった。
「ローレンツと会うのは久々でしたね。と言っても、あんたはあまり話す間柄ではなかったでしょうけど……」
「そうだな。向こうが話を進めてくれるから楽だった」
「ああ、そういうのは得意でしょうね」
たくさん話して進行していくローレンツと相槌を打つフェリクスの姿が容易に想像できた。心配していなかったが、円満に進んだことをしれてリシテアは安堵した。
「お前のことを気にしていた。旧コーデリア領に案内されたが、皆穏やかに暮らして見えた」
「えっ、それは良かったです! 父も母も気にかけてたから嬉しい!」
「慕われていたようだな。色々聞かれた」
話ながら夫妻は部屋へと歩みを進める。故国である旧レスターの近況は、リシテアも気になっていたので、あれこれ聞いていった。
グロスタール領付近はローレンツが中心となって復興が順調に進んでいる、他の領も連携して事に当たっていると伝えると、さらに安心して笑みを浮かべていた。
「ローレンツの活躍は聞いていましたが、直に見たフェリクスの目で穏やかに暮らして見えたなら良かったです! うちが爵位返上する際にも色々手伝ってくれましたから」
嬉々として話すリシテアの憂いを晴らせて、フェリクスも嬉しかった。
ファーガスに来ても故国のことは気になる。慣れ親しんだ土地や文化は価値観だけでなく、人格にも深く関わる。──彼との話を思い出したフェリクスは、違う憂いも晴らしたくなった。
「ついでに……話をしてきた」
「話ですか?」
夫妻の部屋に入った際に、フェリクスから口火を切った。何の話かわからないリシテアは、首を傾げながら続きを待つ。
「前来た手紙のことだ。お茶会の誘いだったか?」
「ああ……それですか。……ローレンツに話すのは意外ですね」
「成り行きだな。あっちにいた際に返事を出した。何度か来るかもしれないが、今後無くなるはずだ」
「え……?」
淡々と伝えてくるフェリクスの話は理解できた。期待していた答えでもある。
しかし、本当に良かったのだろうかとも考えてしまう。
「い、いいんですか? 悪い話ではなかったですよ……」
「構わん。返事はローレンツのを書き写したが、かえって安心だろ。レスターだとあれくらい熟せないとやっていけないんだろ」
「え? ……ええ。まあ、そうですね」
曖昧に返事するリシテアを見やりながら、フェリクスは何事もなかったかのように話していった。
もう誰からも誘いの手紙は来なくなるだろう……もちろん、リシテアは嬉しい。期待していなかったといえば嘘で、断ってほしいと切に願っていた。フェリクスのことだから満足な返事が書けると思っていなかったし、一度や二度の誘いでどうにかなるほど楽ではない。しかし、戸惑いも大きい……政治的に見れば好手と言えないのでは、と。
「本当に、いいのですか?」
「くどい。お前の機嫌が悪くなると面倒だ」
「わ、悪くなんて……なっていない、とは言わないですけど」
「悪いだろ」
素っ気なく言われて、リシテアは言葉を詰まらせる。言い過ぎたかな……とフェリクスがいない間に考えて、落ち込んだりもしていた。
困惑して二の句を告げずにいる彼女を見ていると、胸がざわつく。レスターを実際見聞きして考えたり、納得してはいるが……。
「リシテア」
呼ぶと同時に引き寄せた。突然腕を引かれて、胸の中に閉じ込められてリシテアは驚く。心臓音が大きく脈打ち始めた。
「えっ?! あっ、あの……」
「言いたいことは言え。俺がわかるわけないだろ」
怒気が含まれた声音だが、その分腕の力が増して彼女を包む。どうしたらいいのか……しかし、フェリクスの言いたいことはわかった。本音を言わなかったリシテアに憤っているのだろうと。
「す、すみません……」
「変なところで遠慮されても困る。大体、あちこちに良い顔できるわけないだろ」
「じ、自分で言いますか! ……わたしもそう思いますが、可能性の芽を潰すのも何ですから……」
「もう芽も根も潰してる」
頭上からのため息が、後頭部に落ちて白い髪を揺らす。フェリクスの疲労を知ると、リシテアはこそばゆくなっていった。
……期待していた。でも、自分から言うのは面倒事になりかねないし、何より彼の先の長い未来を邪魔したくない。
そんなリシテアの心境を教わった知見で、フェリクスはなんとなく察した。そういう考え方になるのはレスターらしいのかもしれない、と。
「鼻から受ける気は無かった。そんなことで時間を潰すか」
「そ、そんなことですか……?」
「理想だけで動けるほど、器用にはなれない……とか言っていたな。俺も同感だ」
ぐっと息を呑むリシテアを腕越しに感じた。すると、今度は彼女がため息を吐いて顔を上げる。
「そうですよね、フェリクスにしては察しが良いと思ってました。ふふっ、随分学んできたようですね!」
「……面倒過ぎて理解不能だがな」
「あら、良かったじゃないですか! 手紙の中身もわかっていなかったようでしたし」
一気に気持ちが晴れて、機嫌が良くなったリシテアはフェリクスの背中に腕を返した。喜びを表すようにぎゅっとされて安心するが、彼女の変わりようは相変わらず不明だ。
「ふふっ……言い過ぎてすみません。ありがとうございます、フェリクス!」
「謝りながら礼を言うなら手間取らせるな」
「そうですけど、あんたが誑かしてくるからですよ!」
「……言い掛かりだ」
面倒な女だなと思うも、笑っているリシテアを見ると、フェリクスの溜飲は下がってしまう。憂いた顔は見たくない。取るに足らないくだらないことで、曇らせるのなら尚更。
──リシテアは笑っている方が、ずっと良いのだから。
「ところで、どんな返事を送ったのですか?」
「俺は書き写しただけだ」
「ローレンツのなら大丈夫でしょうけど……どう断ったのか気になるものです!」
「覚えてない」
「……つまらないですね」
なんで気分がころころ変わるんだろう……と不思議に思いながら、フェリクスは返答に困る。あんなややこしい文章を覚えられるわけがない、と伝えるとリシテアはむくれていった。
「ところで、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「レスターでは夫婦の銅像を建てるのが習わしなのか?」
「……なんですか、それは?」
どこでどうして、そんな在らぬ事を耳にしてしまったのか……と、リシテアは首を傾げた。
★★★
「お前の話はわかったが、俺はあいつの時間を貰っている。くだらんことに使う気はない」
ハッキリと告げるフェリクスにローレンツは満足した。
確固たる意志を確認できたのなら、やることは決まったも同然。一気に話を進めていく。
「そうか、なら君のすることは一つだ。さっさと拒絶の意思を示すべきだ。そも伴侶がいる者を誘う行為が気に食わない! 相手の都合や立場を考えずの恋文に一切の価値はない!」
「……いきなりだな」
「こういった手合いは、珍しくも何ともないからな。地位が高いものに肖ろうと幾多の手を用いるのは常套手段だ」
話しながらローレンツは手近の上質紙にペンを走らせる。書き殴るような文字だが、それでも繊細さが落ちないのは彼らしく、気品ある意識の高さが垣間見えた。
「断るにも少々コツがいる。君の性格に合わせて、幾つか例文を記しておこう。そのまま書き写しても構わないし、フェリクス君なりに変えても良い。相手は教養はあるようだが、常識は低いようだな……なら強めに言っても構わないだろう」
「や、やけに協力的だな……」
意外な助力にフェリクスは驚いてしまう。そんなにローレンツと交流はないし、貴族としての意識や意見は似ても似つかない。
「そうかな? かつての仲間であり、旧友の手助けをしたいと思うのは当然じゃないか」
「いや、しかし……本来なら俺がすることなんだろ」
「向き不向きがある。まあ深く考えることはない……君とリシテア君への餞別と思ってくれて良い。うんざりするのは共感できるし、このような文で君達の大切な時間が潰えるのは見ていられない」
端々に含まれた怒気はフェリクスには意外だったが、彼の心意気に感謝した。──時間を大切にしたい。それで二人の想いは疎通できた。
「ありがたい」
「僕は僕の意思に従っただけで、礼には及ばない。先程、縁を大事にした方が良いと言ったが、決して良いものばかりではない。害するものなら排除を要する、時には徹底的に!」
「ますます意外だな……」
『貴族ならば、上手く渡り歩くくらいできなくては!』などと言う印象が強いため、フェリクスにはやはり意外に映った。実際多岐に渡る経験と境遇からして、ローレンツなら上手く成し得るだろう。
「どういった意味かわからないが、褒め言葉として受け取っておくよ。……先生や君達に会う前だったら真逆のことを言ったかもしれないな。みすみす好機を逃すのは愚かしい、と」
「そうなのか?」
「幾多の出会いやささやかなきっかけで、考え方や矜持は変わる。身を以て思い知ったさ」
「そうだな」
それには強く賛同できた。フェリクスもあの年に士官学校に入学しなければ、今の自分はあり得なかったと自負している。出会わなければ、どうなっていたか……少なくとも甘いもの嫌いは変わらないままだっただろう。
「こんなところでいいか……。他から来ても何度か返せば、いずれ来なくなるだろう。君を安易に誘えば、大きな反感を買うと知れ渡るまで」
「面倒だな」
「なに、すぐに広まるから時間はかからないさ。むしろ、そちらならフェリクス君の評判が上がる可能性が高い。愛妻家は好かれやすいようだからな」
いざ、面と向かって言われるとこそばゆくなって顔を歪める。他人の評判を気にするタチではないフェリクスだが、やはり気恥ずかしく思う……そんなつもりはないし。
「また何かあれば、遠慮なく言ってくれ。こういったのは不得手なのだろう?」
「そうだが……親切だな」
「ふっ、君に恩を売っておくのは政治上では非常に有効だろう? もちろん、それだけが理由ではないがね」
皮肉を交えつつも、不敵に笑うローレンツは頼もしく見えた。縁は時々勝手に舞い込んでくる……今が、そうなのかもしれない。
「僕も君を見ていると新たな発見をしたよ」
「発見?」
「ああ、領主が仲睦まじき夫婦であれば、民は安心するとわかった! 政略結婚が貴族界では、より一層映えて見える。公の場では親しくしている夫妻もいるが、そういった張りぼては雰囲気で察してしまう。その点で考えれば、フェリクス君とリシテア君の親密さは領民の安寧、平穏の証。それこそ、国益に繋がっていくと思える!」
「……それ以上はやめろ」
また理解不能なこと言っている。どうして、毎度恥ずかしいこと言えるのだか……と考えの違いを大いに思い知る。
「やはり、夫婦として何か残した方が良いと思えるな……。そうだ! 手始めに城の前に君達の銅像を飾ってみるのはどうだろう? 僕からイグナーツ君やヒルダさんに頼んでみよう。二人ならきっと良い作品にしてくれるだろう!」
「絶対にやめろ!!」
「遠慮することはない。謙虚なのは美徳だが、好意は素直に受け取った方が良い」
「望んでない!」
そんな話をしたら乗り気になって、本当に作られかねない!
断固拒否を示したが、口達者なローレンツの円卓会議さながらの高説によって、フェリクスはなし崩しの曖昧な返事をしてしまう結果になった……。レスターはおそろしい。
後日、フラルダリウス城に意匠の彫刻品が届いたとか何とか……。
「なんですか、これは……」
「見なかったことにする」
「そうですね。あっでも、この小さいのは飾ってみても面白そうですよ! 絶対にフェリクスがしないとても良い笑顔なので、いいんじゃないですか?」
「駄目だ!」
すぐに倉庫の奥深くに封印されて、存在すらなかったことにされた。
数十年経て著名人のお宝の品が見つかったとか……そんな話もあったかもしれない。あまりにも美化されて作られたため、モデルが誰かは不明となった。