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    主にフェリリシ

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    再録4  約束

     時々、偶然。何度も目にすれば、気のせいでは済まない。ほんの一瞬だが、時折アイツの顔に翳りが落ちる。──何度も見た同じ目。ディミトリとよく似た淀んだ瞳。僅かな一時で、すぐに本来の淡い紫水晶に戻る。
     いつも根を詰めて寝不足気味だったから目の隈か何かと思っていたが、こうも何度も遭遇すれば気付く。猪の言葉を借りるなら『声が聞こえる時』だろうか。
     そんなはずがない、と否定しても、俺はアイツのことを深く知らない。表に出てないだけで、ダスカーのような惨劇がレスターにあっても不思議ではない。
     ディミトリと似たような……自分だけが生き残ったことがあるのか──。
     だとしたら、尚更口を挟むべきでない。俺も昔のことを話していない。口伝で誰かから聞いてるかもしれないが、話を振ったことも振られたこともない。
     そういった話をしたことがないことに気付いた。……避けていたのかもしれない。誰にだって言いたくないことの一つや二つはある。顔を会わせて話すことといえば、菓子だの何だのの他愛もないもので、昔のことは関係なくて気楽だった。
     ダスカーの悲劇については、事情を知ってる者でも気安く話せない内容だ。礼儀知らずじゃないんだから、そんな不躾な真似はしてこない。……俺も何も知らないから都合がよかった。互いの過去を知ってる関係は時に厄介で、そんな風になりたいと思ったことはない。
     だが、それでも──あんな目をするのが気になった。してほしくない、していいものではない。
    死者の声に耳を傾けたところで助けは来ない。生者の声を聞いた方が、遥かに有意義だ。
     不可解な怒りが沸いてくる……相手の事情を知らずに思うのは良くない、とわかっている。
     だが、妙に苛立つ。

     §§

     書庫で二人になるのは、もうよくあることだった。エピタフの試験を受けるためという理由で理学の学習をするようになって久しく、学生の時は授業も被っていたから違和感もない。
     戦場は剣だけでどうにかなるほど、生易しくない。時には、遠方や後方に魔法を放った方が良い場合もある。付け焼き刃でも魔法は使えて損はない、とわかっていても向き不向きがある……。魔道に疎い俺では、どう学んだら良いのかさえ理解不能だ。そういうのは詳しい者に聞いた方が手っ取り早い。

    「へぇー……あんたが理学を学ぶんですか。良いと思いますよ。何でもできた方が戦略は広がりますし、戦力向上は望ましいですから。……あっ、あんたには、こっちの本が良いです。図解が付いてるから頭に入りやすいですし、基礎はしっかり身に付けておかないと後々大変なので」

     書庫で初めて触る魔道書を見てる時に声をかけられたのは、士官学校の時だったか。ずいぶん前のことなのに鮮明に思い出せる。……あの時のリシテアは、良い鴨を見つけたと言わんばかりに目を輝かせていた。

    「妙に親切だな。で、何が条件だ?」
    「人の好意を何だと思っているんですか! と、言いたいところですが、あんたの言う通り見返りを求めています」
    「菓子の大食いなら乗らんぞ」
    「わたしのことを何だと思っているんですか! お菓子のことしか考えてないと思ったら大間違いですよ。それで、今後も魔法を覚える気ですか?」
    「一応な」

     俺が魔法を覚えようとするのは意外だったのか、さらに理由を聞いてきた。
     リシテアの言う通り、戦略の幅が広がって戦力向上に繋がるなら学んでおいて損はない。今まで後回しにして、いつかは取り掛かろうと思って幾節も過ぎてしまったが……。

    「だいぶ先だが、エピタフの試験を受けようと思ってる。魔法は使えて損はない」
    「そうですね、先のことを見越して励むのは良いと思います。でも、独学ですか?」
    「授業は取っているが、そうなるだろうな。先生にも指導してもらうつもりだが、気が乗らん」
    「あんたは、先生と手合わしたいんでしたか?」
    「ああ。せっかくの機会を他の教科で潰したくない」
    「それなら、尚更独学は勧めませんね。基礎こそ大事ですし、適当に覚えたら後が大変なので適切な指導が必要だと思います!」
    「……お前がやるのか?」

     弾んだ声で胸を張っていれば、言わずとも『わたしがあんたを指導します!』と主張していた。

    「魔法なら自信ありますので! その見返りに、わたしに剣を教えてください」
    「お前が剣を?」
    「ええ。金鹿学級は弓や斧とかで適任者がいなくて、ハンネマン先生に頼むのもどうかと思っていたのでちょうど良かったです! あんたと同じで武術は覚えておいて損はないですし、しないわけにもいかないので……。疲れるのは嫌なんですが」
    「動機が不純だな」
    「時間は待ってくれませんから効率良くしたいんです」

     たしかに魔法を使う前に懐に入られたら弱い。後方支援が主でも接近戦の心得を覚えておけば、生存率は跳ね上がる。太刀筋が見えるようになれば回避も難しくない。……必要になる日が来ないのが、一番良いが。

    「俺でいいのか?」
    「ええ、あんたがよければですけど。わたしは素人ですから迷惑なら構いません」
    「いや、貸し借りがない方が都合が良い。お前は俺に魔法、俺はお前に剣を教える。それでいいんだな?」
    「ええ、お願いします。鍛錬の後に甘いものを食べるのもいいですよ!」
    「結局、それか……」

     剣を学びたいと聞いた時は驚いたが、アイツも俺が理学を学ぼうとしていた時は、同じことを思ったのだろう。
     そんな流れで、時間を見つけては鍛錬に付き合うようになったのは、士官学校の時からだった。自分で名乗り出ただけに魔道に関しては適切で効率が良かった。終わった後は必ず菓子を食わされたが、慣れれば気にしなくなった。金鹿学級にいた時はなかなか都合が合わなかったが、アイツが青獅子学級に移ってからは一気に機会が増えた。

     それが、五年後の今でも続いていた──。成り行きだが、独学より有意義で不満はない。
     そんな経緯で、今も書庫に籠もっている。机を挟んで向かい合う形で座るのは定位置。俺に理学を教えるため……だが、ディミトリの変わり様にまとまらない自軍、圧倒的不利の戦況下だからか、集中できない日も多い。

    「お前は、この戦争が終わったらどうするんだ?」

     今日も身が入っていなかった。つい、頭に渦巻いてたことを尋ねた。

    「いきなりなんですか。まだ戦争の真っ只中なのに、もう終戦後のことですか? 気が早くないですか?」
    「俺もそう思う。だが、気になった。お前はファーガスではなくレスターの出身だ。現状でも色々と面倒じゃないのか?」
    「今更ですね。ガルグ=マクに駐屯してから幾節経たと思っているんですか?」
    「ああ、今更だ。……この時まで気が付かなかった」

     遅い、遅過ぎだ。──リシテアの異変に気付くのに時間がかかり過ぎた。

    「そうですね……とりあえず、家に帰ります。両親が帰りを待ってるでしょうし、コーデリア領がどうなっているのか見ておきたいですから」
    「そうか」
    「裕福でもない小さな領土なんですが、わたしには大切な生家ですから。あんたもフラルダリウス領に戻るんですか?」
    「そうなるだろうな。今でも手が回っていない。戦後ならもっと忙しなくなる」
    「戦後処理や復興作業は大変ですから。しばらく落ち着かないでしょうね」

     互いに、ため息を吐いた。戦争は終わった後も大きな労力を要する。たとえ、必要な戦だとしても巻き込まれる者からすれば、迷惑この上ない。戦禍の終焉を目にするのも容易ではない……。
     だが、改革はそういうものだ。引き起こしたあの皇帝陛下は情勢がどうなるのか理解した上で踏み切った。ディミトリが王になれば民衆も安心して、新たな国力が生まれる可能性があったというのに……いや、今は関係ないか。故国のことは気になるが、今はリシテアの方が気掛かりだ。

    「戦争が終わったら、落ち着いたらでいいが……」
    「なに、口籠ってるんですか? 無遠慮なあんたが珍しいですね」
    「茶化すな。ただの提案だが……戦争が終わったらファーガスに来ないか?」
    「は?」

     間の抜けたリシテアの声が響いた。大人ぶった澄ました姿からは想像がつかないくらい目を丸くした顔は隙だらけだった。

    「きゅ、きゅうに、何を言い出すんですか!?」
    「一度も行ったことないんだろう? いずれ赴くだろうが、戦時中じゃない時にも見てほしい」
    「そうですけど! ……あんたって、たまに大胆ですよね」
    「何がだ? ファーガスだけの菓子もあるらしいしな」

     いつぞやか話した菓子のことを告げると、目を光らせたように見えた。
     ……深い意味はない。ないはずだが、口を滑らせるほどの意味はあったのかもしれん。柄ではないが、リシテアに故国を見せたいと思った。北方の寒い国に連れて行くのは悪いと思うが。

    「そうですね、名産のお菓子は興味があります! ファーガスと諸侯同盟では環境が違いますからどんな物なのか気になります!」
    「菓子の食い付きは相変わらずだな」
    「もちろんです。だから〝行けるといいですね〟」

     まただ。やっぱりという感想と確信を得た。思い返せば、いつもそうだった気がする。

    「先の話をするの嫌いだろ」
    「えっ?」
    「そういえば、約束の類は避けてたな。千年祭に集まる決め事の時でも曖昧に答えてた」
    「そ、それは……!? 先のことは、わかりませんから」
    「そうだな。だが、俺には何か理由があるように見えた」

     リシテアの顔が青ざめていく。手を震わせて、血の気が引いていく様子から図星なんだろう。目を泳がせて、顔を背ける仕草は動揺しているのが見て取れたが、あまりにもわかりやすい態度は不自然に感じた。誤魔化しもできず、虚勢を張ることすらできないほどなのか。

    「無理に言わなくていい。子どもじゃないんだ、言いたくないことの一つや二つはある」
    「……っ」
    「ただ、燻んだ目をするのはやめろ。事情があるんだろうが、死んだ奴の声を聞いたところで何も得られない。お前の生をいない奴に捧げるな!」

     別の人物と重ねたのか、荒れた声になっていた。か細い悲鳴を上げて、怯えた小動物のようになったリシテアを見ると、さすがに胸が痛んだ。
    「……悪い」
    「…………いえ。あんたには、そう見えていたんですね」
    「気付いたのは最近だがな。たまに虚な目をして抜けた顔をしていた。何度も目撃すれば、訝しげる」
    「そんなに……でしたか」

     小鳥が鳴くような儚い声音だった。俯いた顔からはリシテアがどんな表情をして、何を考えているのか読み取れない。不躾と怒られても仕方がないが、お前まで澱んでほしくない

    「……あんたって、けっこう目敏いんですね」
    「猪とは長い付き合いだ。そういうのに敏感なんだろうな。死んだところを見ていないが、俺も家族を亡くしている。その時のことで、親父殿とは亀裂が残った。耳にはしてただろ」
    「はい……」
    「亡者の声とやらは、俺には聞こえん。兄上は俺よりも、ディミトリやイングリッドの方を気にかけてたからな。俺に言いたいことがあるなら、もう稽古できないことを謝るくらいだ」

     勝手に踏み込んだ償いなのか、舌がよく回る。聞かれても構わない話だが、意図的に避けてはいた。もう昔のことだから折り合いは付いているが、誰彼構わず話す気はない。

    「あんたって、変なところは鋭いくせに肝心なところで惜しいですよね」
    「俺は真面目に言っている!」
    「だったら、聞かれたくない話をして償おうとしないでください。わたしだって、わかっていますよ。言いたくないことの一つや二つはあるって……みんなそうだって」

     伏せた顔を上げて、言ったことを返されて言葉に詰まる。そんなつもりではない、とは言い返せなかった。

    「フェリクスの言う通りですよ。わたしは未来の話をするのに抵抗があります。わたしには意味がないって、そう思ってしまうんです……」

     強張った表情から何を隠しているのかわからない。いつもそうだった気さえしてきた……震えた声でもはっきり聞き取れるのは、リシテアらしい意志の強さが出ていた。

    「でも、さっきのファーガスへの誘いは嬉しかったですよ! 本当は行ってみたいと思ってます」
    「そうか」
    「約束するのは苦手なので、二つ返事で了承はできません。あんたとの約束だけは破りたくないですから」

     できない約束はしたくない。言外にそう伝えられた気がした。


     それからは、しばらく沈黙が続いた。俺も何も言えなかった。
     険悪、といえるのか。それくらいのことをした自覚はあるが、指摘しなければいけないと感じていたから悔いはない。……落ちてほしくない。澱んだ目をしたリシテアは見たくもない。

    「フェリクス。あんた、後悔してませんよね?」
    「何をだ」
    「わたしが隠してきた秘密を暴こうとしておいて、やり過ぎて後悔してるなんて思っていませんよね?」
    「生憎だが、していない。生者は生を全うすべきだと考えている。この世に生きて、生きたいのなら力をつけ、知恵をつけ、生き足掻いてしがみ付く。お前にはそうなってほしい」

     死ぬために生きる屍は御免だ。何を言っても通り抜ける生きた死体に成り果てるのは、質の悪い夢で済ませてほしい。

    「ふふっ、あんたらしいですね! 単純で本能的で、わかりやすいです」
    「おい」
    「でも、それでいいんですよね。生きたいって思うのは、当たり前のことだと思い出しました。……ようやく」

     リシテアは笑っていた。泣くのを堪えたようで、うっすら目に涙を溜めた歪んだ笑みでぎこちないが、いつものように振る舞おうとしている強さが窺えた。──安心と苛立ちが、同時に湧き上がる。何故、そんな顔をするのか理解できなかった。
     隠したいことも、なんとなくだが悟った。言いたくないなら言わなくていいが、苦しいのなら、辛いのなら、泣きたいのなら、好きに喚けばいい。感情のまま身勝手になればいいと思う反面、それを見せないようにしている努力を無碍にもできなかった。……こういう時はどうしたらいいのかわからん。器用な真似ができないのは、自分自身がよく理解している。
     後悔があるなら、手を握ってやれない所で話さなければよかった。

    「今日は、この辺にしておきましょうか」
    「ああ……」
    「勘違いしないでほしいから言っておきますが、あんたのことを恨んでも怒ってもいないですよ。よく見てて、気味が悪いくらいです」
    「……悪い」
    「そこは謝らなくていいんです! あんたに気にかけられてるって考えれば……その、嬉しいとも思っていますので」

     なんで嬉しいのか理解不能だ。喜ぶことを言った覚えもなければ、頬を赤らめる理由など俺にわかるはずもない。

    「気にかけるも何も普通のことだろ?」
    「あんたの普通は、人をジロジロ観察することなんですか……」
    「そんなわけないだろ。勝手に目に入るから気付いただけだ」
    「もうっ、本当に時々無頓着ですよね!」

     さっきまで泣きそうな顔だったのに頬を膨らませて睨まれる。コロコロ変わる奴だ……俺が言えたことではないが、いつものリシテアになって安心した。しかし、女はわからん。シルヴァンだったら、もっとうまくできたのかもしれん。……見習いたいとは思わんが。

    「先に戻ります」
    「ああ」
    「そういうことで、今日のご褒美をあげておきます」

     褒美を貰えるほど勉学していないが……。褒美やら報酬やらの名で、鍛錬の後に菓子を渡されるのは常だった。すぐに食べろ、と言うくせに毎度包装して飾ってくるのもわからん。

    「感想は、また今度聞きます。ちゃんと食べてくださいね!」
    「わかってる」
    「──約束ですよ」

     菓子を渡すと、早々に出て行った。リシテアにしては素っ気なく、今日の菓子の説明がなかったが、悪い気はしなかった。アイツなりに変わろうとしているように思えたからか。

    「……猫か」

     最近は形も凝ってきた。前回は犬で、前々回はひよこだったか? 味に影響しないなら形状がどうなろうと構わんが、それを俺が食らうのは抵抗がある……狙ってやっている気がする。実際に笑われた。アイツらあたりに見られたら、何を言われるか。……考えただけで面倒だ。
     書庫での飲み食いは禁止されてるから此処では食えん。それに、今は体を動かしたい。

    「約束か……」

     先の未来はどうなるかわからない。戦争中の現状なら、生きて帰れるかさえ怪しい。
     だが、約束したからには果たしたい。

     ──リシテアとの約束だけは守りたい。
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