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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    「……暇ですね」

     窓から外を眺めて、ぽつりと呟く。空から降ってきた音なき白き使者は、辺り一帯を埋め尽くしていた。

    「話に聞いていましたが、こんなに降るんですね。銀世界と言うより、白い綿菓子が続いているように見えます」

     しかして、その綿菓子は食べても甘くなく、美味しくもなく、食せば腹を壊す。そして、それに覆われた外壁は音さえ吸収して静寂を齎していた。放ったリシテアの言葉も呑まれて、何事もなかったかのように辺りを支配している。
     ──現在のファーガスは、連日降り止まぬ雪によって道らしい道が封鎖されていた。平たく言うと、現在冬籠もり真っ只中だった!

    「内務仕事も大体終わりましたし、他のことをしようにもこの雪ですからね……何処も滞っています」

     ファーガスに嫁いで初めて体験する雪は、筆舌に尽くしがたい感動を与えてくれたが、毎日見ていれば薄らいでいった。過去に『二時間で飽きる。一日でも滞在すれば、もう見たくなくなる』と言われてしまったが、最早否定できなくなっていた。……まだ飽きはせずとも、雪への憧憬は日に日に現実に即していた。
     そして、初めての冬籠もりは彼女の余暇時間になっていた。

    「フェリクスは外での除雪作業に燃えてますし。まあ、城に居てくれますからいいんですが……」

     遠征で離れるよりマシだった。この雪では近隣諸侯に赴くことさえ困難故に、フェリクスは率先して雪かき、もとい除雪作業に携わっていた。鍛錬になるから好きらしい……なんとも彼らしい理由だ。

    「そういえば、瓦礫拾いも好きでしたね。似たようなものかもしれません」

     リシテアも最初は除雪作業をしていたのだが……うん、何事も向き不向きがある。レスター出身で雪に触れる機会がない上に、実は見た目以上に力がいる。力仕事全般不得手な彼女なので関わる機会はなくなっていた。そも、領主やその妻がするようなことではないが……。

    「……暇です。こんな形で時間ができるとは思いませんでした」

     仕事が早いリシテアなので、普段から余暇時間は作れていたが、天候理由でのまとまった期間はなかった。何もしなくていい時間に慣れていない彼女は、ついつい何か出来ないか考えてしまう。しかし、この大雪でやれることは限られている。
     
    「想像以上に降りますね。遭難の心配されるのは心外ですが、大人しくした方が良いですよね……」

     毎年こういった冬籠りはあるので、そのための対策は施しており、食糧や統治には問題ないらしい。冬の雪についてはファーガスで生まれ育った者の方が卓越しているので、リシテアの出番はない。
     とはいえ、暇である。さて、温暖地方育ちのリシテアはどうするか……。

    「時間は有効活用しないと勿体ないですよね」

     時を持て余すのは性に合わない彼女は、自室の本を取り出してページを捲る。改訂版と記された『甘味大全』を。


     暇だったんだな……と、後になって思い立った。
     除雪作業を一通り終えて、戻ってきた際は陽が頂点に到達していた。やり過ぎたか、と腕の調子を窺いながら城内を歩いていくと、ふわりと甘い香りが漂った。

    「また、なんかしてるのか」

     リシテアが来てからは、このような事が頻繁に起きて日常になってたので、今更驚きも怪訝になることはない。……今日は一段と濃い気がした。
     廊下の先には厨房がある。考えるまでもなく、匂いの元は其処からだろう。まあ、今は用はないし、予測できる事なのでフェリクスは素通りした。今日のお茶の時間までに執務をある程度終わらせようと計画を立てて。

     予想通り、昼を過ぎてしばらくしてからお茶の時間が到来した。控えめのノックの後、満面の笑顔と共にリシテアは部屋を訪れていた。

    「お茶の時間にしましょうか! 糖分は頭の働きを良くしますし、書類と睨めっこしてばかりでは気分も悪くなりますから。さあさあ、行きましょうか!」
    「俺の選択権はないのか」
    「今から向かうとちょうど良い味具合だと思います。焼き立ても良いですが、お菓子によっては少し冷ました方が美味しいですよ」

     彼女はフェリクスの腕を取ってグイグイ攻めていく。機嫌良く問答無用で連行されてしまうが、断るのが面倒でもはや慣れていた。……悪くはないから。

     そうして、また二人のお茶会が開かれていった。
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