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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     妖刀──剣を嗜む者は皆知っていた。名前の通り妖しき力を持った刀のことだが、刀と限定せず剣や斧、それらとは程遠い物にも適応される。一度に手にすれば呪われる、と言った具合に刃を抜いた者の肉体や精神、魂に著しい代償と引き換えに比類なき力を授ける……そう伝えられている。
     このフォドラでも似たような話は流布されていた。刀は珍しいが、稀に入手する程度には認知されているが故か、武具に縁遠い者にも怪談の類で囃されていた。所詮は噂、好き勝手に広がるのは当然。人は、実際に呪いを目にしないと信じない。
     ならば、本物の妖しき力を手にすれば、どうなるか……何れにせよ、妖刀と関わらない方が身のためだ。


     フェリクスがソレに遭ったのは買い出しのついでだった。
     大抵のお菓子材料は村で揃うのだが、時折隣町や領都に出向く必要があった。技術はもちろんだが、やはり新鮮で良い品を使った方が美味しく、道具も専用の物が捗る。本日は隣町でもうすぐ切れる小麦粉とアーモンド粉を買いに来た。
     その後に、たまに誘われる狩猟で使う弓の調整のため武具屋へ向かった。店主とは顔馴染みになるほどで、いつも通り待ち時間は陳列されている武器を眺めた。
     剣を捨てた身とはいえ、まだフェリクスにはこういった店の方が馴染み深い。物色しながらあれこれ思い馳せる日常の最中に見つけた。

    「……妖刀か」

     禍々しい、と言って良いのかわからないが、異質な空気を孕んだ一振りの太刀が目に入った。
     売り物でないのか、カウンター奥の暗がりに置いてあるのにハッキリと視認でき、どうしてか惹き寄せられる。知らぬ何かに気圧される得体のしれなさを感じても、フェリクスの目は縫い付けられたかのように妖しき剣に心を奪われてしまう。
     ……どれくらいの時間、そうしていただろうか。調整を終えた店主に声をかけられた時、柄にもなく助かったと感謝した。

    「気に入られたか、兄ちゃん」
    「気に入られた?」
    「さっきまで見ていたアレだよ。東方で手に入れた刀剣さ、聞いたくらいあるだろ。オレには魔力を帯びた剣にしか見えないが、兄ちゃんはそうじゃなさそうだな〜」

     断定的に問われて、フェリクスは言葉に詰まる。さっきまで自分が何を見ていたのか、何を考えていたのかさえあやふやで、どう答えていいのかわからない。
     彼も店主と同様魔力を帯びた剣に見える……だが、なにか形容できない不気味なものが纏わり付いてる気がした。

    「まっ、気に入られたなら尚更近付かない方が良いな。触らぬ神に祟りなし、危ない橋は渡らないこった! 早いとこ帰って、安心させてやりな」

     屈託なく笑って店主は、フェリクスが見えない位置に魔の刀剣を仕舞う。

    「あれは……本当に妖刀なのか?」
    「刃を抜いたら最後、魂の一欠片すら残らず吸い尽くす、って曰く付きだ。と言っても、抜いた人間がいないから真偽は不明だがな。そんなのでも貴族が大金叩いて買ってくれる」
    「売っていいのか?」
    「そういう類の蒐集家がいるんだとさ。今のところ被害はなしって訳で、兄ちゃんには関係ない品だ」

     逆立ちしても買えない金額さ、と付け加えて店主は退店を促した。
     用が済んだフェリクスも留まる理由がなかったので、そのまま後にして甘い匂いがする帰路へとついた。

     買い出しを終えて帰還したフェリクスは、開口一番不服な音を浴びせられた。

    「あんた、どこで油売って妙なの纏わせているんですか!」

     何のことやら。邪険されながらリシテアに回復系の白魔法をかけられてしまう。身に覚えのないフェリクスからすれば不義理な出迎えである。

    「たぶん、これで大丈夫だ思いますが……わたし、回復魔法は得意じゃないですから何とも言えませんが」
    「何かあったか?」
    「こっちの台詞ですよ! 闇魔法か何かわからない奇妙な気配が付いていたんですよ。もう消えましたけど、なんだか嫌な気配でした。一体、何があったんです?」

     剣呑なリシテアに問いかけられてしまう。彼女なりに心配しているとわかるが、フェリクスに自覚がないため、どう答えて良いか思案する。

    「武器屋で奇妙な剣を見つけた。……それを少し見ていたくらいだ」
    「それだけですか?」
    「ああ」
    「うーん、どこかで誑かしてきたと思いましたが違うようですね」
    「酷い言い掛かりはやめろ」

     訝しげるリシテアにフェリクスは眉を顰める。妖刀を見つけたと言えばややこしくなりそうだし、何より余計な心配をかけたくなかった。──もう彼には関係ないことだから。

    「一応気を付けてくださいね」
    「何に気を付けたら良いか知らんが、覚えておく。それより買い出しの品を確認してくれ」
    「わかりました。でも、また同じような事になったら渾身の白魔法で攻撃しますからね!」
    「俺ごと木っ端微塵だな……」
    「ええ。ですから、そうならないようにしてください!」

     魔法軍職だったリシテアの攻撃魔法を喰らえばどうなるか……ゴクリとフェリクスは生唾を飲み込んだ。

     妖刀の逸話は、フェリクスがよく知っていた。剣を嗜む者なら何度も耳にする業物……だが、それを手にした主は碌な目に遭わない。それならまだ良い、多くの者を斬っても飽き足らず、命尽きるまで剣を振るい血に飢える話もある。
     興味はあった。そんな名刀があるなら一度は相見えてみたい、と願っていた。
     ただ力を求めてた頃、闇雲に剣を振るっていた頃、生への意欲が沸かなく自棄な日々を送っていた時であれば、有り金を叩いて手に入れていただろう。自死もできず生きる屍となった身にはお誂え向きだ、と。
     だが、今の己は剣を捨て、代わりに泡立て器にヘラを持つ身。甘いお菓子作りの生を自ら掴み取った。

    「……相変わらず、おかしな経歴だな」

     彼自身が一番不可解に思う人生だ。それに満足しているのもまた理解不能……でも悪くはない。
     道を定めたフェリクスに迷いはない。妖が付け入る隙は白い砂糖菓子で埋まり、その先の未来は生者達で作られている。

     それとなくでもなくフェリクスを監視してたリシテアが、人伝てに頼んで妖刀を処分させたのは別の話。
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