フーフーフー零が起きてまず行うことはメールチェックである。何故なら零は詐欺師だからである。
といっても零はなかなか大変それはそれはとても賢い優秀でスペシャルな詐欺師様であられるので、出来るところはショートカットな仕組みづくりをしており、一日にメールボックスに届くメール件数は割と少ない。特に直で零の元に通知が来るレベルの案件になると顧客の質もかなり上等なのでまぁまぁこんなもんである。
で、本日1/23日曜日、届いたメール、まず一件目、とある銀行から。『■■銀行から入金のお知らせ』。
はぁ、なんでまた。
と思いながら、零がスイスイとスマホを操作すると、たしかにしっかり、とある口座にヌルデササラより100万ぽんと振り込まれているのであった。はぁ、なんでまた。
零と簓は秘密裏に契約を結んでいる。
零はその契約の為にわざわざ『程連零』という架空の人物の口座を作り、簓はそこに毎月1日30万振り込んでいる。
◆◆◆
契約内容はとってもカンタン。『盧笙を騙すやつ撲滅』というシンプルな内容である。
あれはどついたれ本舗を結成して3ヶ月かそこら経った頃の話である。
盧笙が悲しげな顔で言った。『食費がヤバいねん、だから、その、あんま、来られると、…キツイ』
その言葉を聞いて簓と零に激震走る。といっても盧笙はなかなか頑固なのでまぁ〜簓と零が材料代といって金を渡しても頑なに受け取らない。居酒屋に行ってもちゃんときっちり1円単位まで割り勘する。
いやよく考えろ。こちらサイドは不法侵入。だから気にすんな金受け取れって言ってるのに、不法侵入でも客は客やからと受け取らない盧笙だって悪いとは思うけれども。
自分でも意外だったのだが零は『簓と盧笙と飲む酒は美味い』と思う自分にどついたれ本舗結成一ヶ月目にして気づいていた。最初は『共に行動をしするりと二人の心に入り込み円滑なコミュニケーション、健全なチーム運営を、そして適度に遊ばして駒として動かす』と思っていたのだが、意外や意外普通に二人と仲良くしてると楽しい。
なのでそんな事言われるとおじさんとしては寂しいのである。
そして零以上にショックを受けたのはもちろん我らがリーダー簓。当たり前である。盧笙は簓にとって生命線みたいなところがある。ちなみに件の『食費的にあんま来やんといて』発言を聞いた簓は震えながらクレジットカードを財布から取り出し黙って盧笙の手に押し付けた。
盧笙が悲しい目をした翌日、零は簓に呼び出され、二人で仲良く盧笙の家に不法侵入し、とにかく家探しをした。
そして出てきたアヤシゲな書類の山、山、山。
『…そもそもな、俺、ちょっと思うとこあってん。ぶっちゃけ、盧笙が副業、ネズミ講してるって聞いて、いくら俺らの事務所がアコギで有名でも、相当俺ら売れたから、金はそこそこもろてた。けどまぁ、悪く言うと、根は世間知らずのお坊ちゃんで、自己責任タイプのええ子ちゃんやから、そこが盧笙の美しいとこやねんけど…、まー。まー。あー。』
『最初の、きっかけのアレな、盧笙割と美味いカモだったしな、しかも自爆営業タイプ。』
『私立の学校やからそんな給料も悪い訳ちゃうやろ。まぁ察するに、芸人辞めた後〝どうするのこれから?俺でよかったら相談乗るよ〟ってわーって悪い人間がたっくさん寄ってきたんやろなぁ』
『よくあるシナリオ〜』
『関西でなら俺らのこと知らん人間おらんかったもん基本』
『そうだな。』
『で、こんなかのヤツ、お前と関係ありそうなん、…ドレ?』
『こえー、還付金詐欺しろってか?』
と言いながら零は、灰色と緑のファイル、あとA4の紙を3枚取った。
『もう契約終わっちまってるのもあるけど、あとまぁ、てかほとんど俺自身は仕掛けてねえけど』
『逆に、…残り、潰せる?』
『余裕。』
『じゃあ俺と契約しよか』
『はぁ。』
というわけで、零はきっちりしっかり、残りの書類に記載されていた責任元を潰した。
これは零の商売的にもメリットがあり大変美味しかった。潰しついでに顧客リストはちゃっかり入手。結果更に懐ガッポガッポ。
しかも、毎月30万、スポンサー、あの売れっ子芸人の白膠木簓クンから継続的に頂戴している訳で。
『一気に金返ってきたり、契約打ち切りなったらアイツでも流石に疑う思うからオッサンとこのは契約続行のままでええわ、他も潰すの徐々に、だんだん、キッチリで。』
『はぁ、賢いねえ簓クン。』
『んで、俺から毎月お前にお小遣い渡すからこれからのも防いで。出来るやろ。DRBオオサカ代表の元芸人とはいえ今一般人の先生なんて大変とっても美味しいやろな。』
『幾ら』
『100万』
『加減知れバカ、30万でいい』
『振込先、メールで送って』
『あいよ』
『で、』
『で。』
『このおびただしいほど出てきたデアゴステ○ーニの注文書どないしょ…』
『…。』
『版元…、いや、盧笙な、よ〜ウメダの蔦○書店行くから、なあTSUT○YA買収出来る?』
『無茶言うなガキ』
できないこともまぁ、あるけれども。
なので、『■■銀行 程連零』の口座にはヌルデササラからの入金と、あと盧笙が回り回って結果零にお支払いしているアヤシイお金が毎月入ってくるのだった。なお、零はこの口座の金には一切手を付けていない。詐欺師人生に誓って言う。手を付けてない。
なんていうかお年玉貯金みたいなモンである。大人になったら渡すかどうかは置いといて。いやこの場合あいつらもう大人だからどうなんだろな。まぁいいや。
ちなみに余談、これは簓も知らない話。
零的にはその簓からの30万の中にオプションとして『白膠木簓周り 火の粉振り払いサービス』というのも付けてやっている。
これも零的に週刊紙の記者なんかとツテがデキ、違う詐欺に有用で大変美味しいお話である。
『なんや今日ご機嫌やん盧笙』
『や、なんか、あんな、俺がコツコツとやってきた節約テクがようやっと実を結んでな』
『ほぉ』
『なんか最近カツカツやなくなってん。』
簓が勝手に取って零と適当に食べ散らかしたピザを食べながら盧笙は(ちなみに〝盧笙は自分が帰ってくる前に適当に簓と零が買ってきて既に半分以上口にしている食事や飲み物に対しては金を出さない〟という法則を簓が発見してからこのスタイルがデフォルトになった。それはそれとして二人は盧笙の手料理も食べるけれども。)そう言い嬉しそうに笑った。
『あ、人前でお金の話ははしたないよな、すまん』
俺達、特に俺をなんだと思ってるんだ躑躅森の盧笙クンと零は思ったが、まぁ、盧笙も、それを聞いた簓も嬉しそうだったので、この話はこれにておしまい。
◆◆◆
さて、人前で避けた方が良い話題と言えば、金の他に、宗教、野球、そして政治の話である。
政治の話。
『俺な、タイムマシーンが欲しいねん。』
盧笙宅でぼぉっと天井を見上げて簓はボヤいた。
これはどついたれ本舗を結成し1年経ったかそこらの話である。というか割と最近の話。
もうこの頃は盧笙も、なによりあの簓が大変零に懐いていて、その一方で簓と盧笙は晴れて恋愛関係、お付き合いというものをしている。
変な関係性だなと客観的に零は思うが、まあ面白いのでそのへんは気にならない。特に恋愛事情については適度に簓も盧笙も弁えているので問題はない。
ただ、〝甘える〟を覚えた簓はシビアであまえんぼ、道化でニヒル、バカでアホ、そして天才。演技を辞めたのでよくわからない生き物になった。デリカシーがない、口が悪い、だらしない、意味不明なことを言う、する。人間臭くて大変よろしいので、零も盧笙も適度にスルーしている。そんな放置プレイやなんかも嬉しいらしい。意味わかんねえ。愉快なヤツ。と零は簓の事をそう思っている。
ただ、発想がトんでるところが少々あるので(盧笙ほどではないが)、ついていけないときがある。
そんな時決まって零は
『おっと、ストップ、バック。』
と簓に言う。すると簓はめんどくさそうに、それでも丁寧に説明するのだった。
『明日からいきなり沖縄民謡が力持ったらどないしょって怖いねん俺、』
『ストップ、バック。』
『今俺ら、らっぷばろー、ヒップでホップで強いけど、民謡って独特な歌い方あるやんか、発声法?』
『ちょっと掴めてきた、けど、もうちょいバック」
『急に政権変わって、不思議なマイク配られて、ラップで戦えとか、今思ても荒唐無稽、大変滑稽、意味不明、…やからおんなじことがまた起きるかもしれんやん?どないする?明日クーデーター起きて、数日後なんかすごいリコーダー配られて、それで戦えなんて偉い人に言われたら。俺、〝かっこう〟まだ吹けるかな』
『沖縄民謡どこいったよ』
『リコーダーバトルとか絶対俺ら決勝行けへんわ、少なくとも俺はそこらへんのガキに負ける自信ある、』
『俺も多分無理だな、』
『…今が、いちばん、楽しい』
『おう』
『政権とか政治とかクーデーターとかどうでもぶっちゃけええねん俺は、壁ブッ壊したいとか無い、俺はタイタニック号の音楽隊になりたい派』
『ストップ、バック』
『人楽しませとるほうが好き。』
『エンターテイナーの鑑だねえ』
『ウン、お笑い好き、やからそんな楽しいこと、ラップに入れさせてくれて、どうも、まいど、おおきに、ラップと漫才、共存なんてなぁ。お前のまつりごと、マスタープラン的には、クールで?ドープで?ホップなモン描いてたかもしれんけど、それはオオサカの地 選んだお前が悪い、災難やったな』
『はぁ、舐めんなガキ、全部概ね計画どおりだぜ』
『ダッサ』
簓は言葉とは裏腹にふにゃりと笑い、そのまま横で酔い潰れて眠った盧笙の髪をわしゃわしゃと撫ではじめた。セットされた盧笙の髪型が崩れていく。
『…お前はそのうちどっか行くやろ、俺はDRBで顔売れたから全国区の仕事ガンガン増えてもうオオサカだけに留まれんくなって今以上に仕事仕事になるやろ、盧笙は教職という道を愛してるからどんどん立派な先生になってくやろ』
『だからタイムマシーンが欲しいと』
『俺の人生のピーク絶対今』
『言い切るねえ』
『仕事もプライベートもバランス良く充実なんて今ぐらいやろ』
『否定はできねえな、』
『一生、26、27、28を繰り返してたい』
『無理だなそれは』
『わかとるよそんなこと、秒針は動く、砂時計の砂は落ちる、はじまっとる、実際もう仕事の半分は全国区のお仕事や。それはそれで、一つの俺の欲、野望でもあるから、叶てきてる、でも別の面から見ると崩壊、』
『ポエマー』
『酔うたら人間誰しもポエマーになるねん』
『まぁ確かに。…月並な励ましの言葉欲しいか?』
『いらん、虚しい』
『まぁ、しばらくはオオサカ代表なんだからそれは揺るぎねえだろ、これは励ましじゃねえ、事実。』
零がそう言うと簓は頬杖をついて少し瞳の色を零に見せながら零の顔を見た。
『いつ潰すん、国』
そう言いながら ふ、と簓が笑う。
零は目を反らしてうつむいて笑った。深い意味はない。ただ単に酔っぱらいの相手はめんどくさい。
あと天谷奴零に対してなんだか盛大なロマンを抱いてる簓が滑稽で可愛い。お前は俺の事を世界征服企んでる悪役とでも思ってるのか。
『まぁ、おいちゃんお前ら好きだから恩赦ってのをやるよ』
ま、実際そういう話でもどういう話でもなんでもないのだが、零はリップサービスというものを吐いた。
『言質撮ったで。』
スマホ画面を見せつけ簓が笑う。
その姿を見て零は、はるか昔、遊園地で開催されたヒーローショー、ショー終わりのヒーローとの握手会に並んでる純真無垢な子供の姿を思い出した。あれの中身時給千円ぐらいのバイトの兄ちゃんだぞ、なんて、野暮な事を零はもちろん口にしなかった。
詐欺師とは夢を見せる仕事みたいな面もあるのだ。サンタさんの正体はだいたい父親。でもそれを詐欺だなんて言わないだろ誰も?
◆◆◆
…あ、そうか、だからアレか、100万か。
と零は突然簓の入金理由を理解した。
あー、あー、そうだった。そうだった。
粋なことするねぇ、簓クン。
ははぁ、と零は笑って次のメールを確認する。
『PLUNDERER 更新通知メール』。
はぁ。
管理はしているもののページは多岐に渡るので、零はかねがね特定の数ページだけ、書き換えられたら通知が来るように設定していた。
メールを見るに書き換えられたのは、餌用、というか、まぁないと不自然なので作った〝天谷奴零〟のページだった。
メールからURLにタップ、認証、ログイン、ログ、
「…ハッ、」
と零は声を出して笑った。そのまま目を手で抑える。手のひら越しに感じる右目の傷、皮膚がひきつれている手触りはもうだいぶ慣れたけれども。
書き換えられたのは、たった一箇所、誕生日の日付。本日1月の23日から…
「いや覚えてるわけねえだろお前は。」
零はぽつり、と呟いた。
そのまま、ささっと誕生日を1月23日に戻して、管理者権限で記事ロック。どうだろうなぁ、まさか更に上書きされちゃってなぁ、なんて零は笑いながらブラウザを閉じた。
メールボックスに戻ると、律儀。
0時に盧笙から零のお誕生日お祝いメールがしっかりと届いていて、どうやら今夜19時に盧笙宅に来て欲しいという。
ええ〜、盧笙クンったら大胆、と思いながら零は違うアプリを立ち上げ、そのままオオサカ行きの新幹線の切符の購入手続きに入ったのだった。