RIVER FOG, CHOCOLATE BUTTERFLYごうごうとあんまりにもやかましい音、そこそこヒガシ時代にけたたましい音は慣れたもののまだそれでもどこか乱暴な音は苦手な簓であったが、このやかましさは良いなと思った。ゴゴゴゴゴという音がうるさくて強制的にその音のことしか考えられない。良い。あと頭皮に感じる刺激もいい感じ。
今、街ブラロケ、番組が用意した最近オープンの話題のお店、ヘッドスパ、マイクロバブル10分コースの話。
コメントはもう本日のスケジュールの台本を貰った時点で考えていたので問題なし。用意は周到であるべきやなあと再確認。ゴゴゴゴ。10分はこのけたたましい轟音、何か観察したり察したり考えたりしたくても、ゴゴゴゴ、何も考えられない。顔はタオルで覆われているし、足だけ適当にブラブラして〝ぽい〟リアクションさえしとけば。あ〜、頭空っぽ、なんて、お久しぶり、ゴゴゴゴ。
目に入るもの何もかもに対して、考える場でも考えなくてもいい場でもオツムが賢いので勝手にああだこうだと考えてしまって、そんな自分自身を めんど。と簓だって思ったりもするのだ。実は。
良い感じの刺激と轟音が止まり、終わりですー、と店の人の声。
めっちゃほしい、これ、家に。と、簓は内心思ったが月並みすぎるコメントは面白くもなんともない。ツメアトを残さないとあっという間に他愛なくコロコロ替えられるモノなのだ演者なんていうものは。…これがあの番組のロケやったらこのコメントで正解やねんけどなー…、と思いながら簓は『ハッ!閃いた!コレ本心です!』というぬるさら演技、用意していたコメントを身振り手振り交えて、きちんと、ちゃんと、
──ドォオオオオン!
不意に爆音。
ざわめき、スタッフの一人が慌てて店の外へ。でも向かったのは一人、店の人間も爆音でも割と平然。
野良バトルです…、あーあ。といつもの顔、こっちも、あーはいはい、生やなくてよかったー。いや別に、大捕物劇見せたってもええっちゃええねんけど、そういう系を求める層が見る番組ちゃうからこれは。と思いながら簓も店の人達に〝困りますねえ〟という顔で会釈、向こうも同じような顔で会釈。
じゃあ収まったら撮りなおしで〜15分ぐらいあれば終わるでしょう、とスタッフの判断。
お。
と思い簓は思わず言っていた。〝待ってる間、金出すんでもう1回受けてもええですか、今のめっちゃ良くて〟。
ロケ終了。本日の仕事おしまい。お疲れ様でした。
白膠木簓の専属マネージャーだって本日も大忙し、また明日〜とおざなり挨拶でロケバスを降りて、アプリを立ち上げイヤホンを耳に。配車アプリで呼んでいたタクシーを見つけ乗り込む。行き先住所 事前設定できるから便利やねんなあ、配車アプリ。一部週刊誌記者にはバレているとはいえ簓は出来る限り盧笙の家は有名になってほしくないのだ。あそこまで誰かに奪われてしまったらいよいよ簓はストレスで壊れてしまう気がしている。まあ、それはそれとしてニオワセはするけれども。情緒不安定なのだ、簓はいつだって、特別で大切な人間相手には。
メールアプリをタップすれば零からの返信。また可愛らしいスタンプで〝OK〟と返事を寄越してきていたので簓は ハッ、と力なく笑った。
アポ取れた。本日どついたれ本舗メンバー揃って3人で盧笙の家で宅飲み決定。ヨッシャー、4日ぶり、ヨッシャー、と語彙力0で簓は思う。
配車アプリの良いところは運転手も選べるところだ。本日もおそらく簓の事をあまり知らなさそうな無口、職人肌のご年配の運転手サン。なので、簓もぐちゃぐちゃだらだら好き勝手考え事が出来て、配車アプリサイコー、このアプリのCM、キャスティング俺呼んでくれ、最高のデキでPRしたったるから、と簓はぼーっと思う。
思いながら簓は適当に、くたばれ、という意味のスタンプを選んで零のメッセージに返信した。
簓は零の事をもうどこか〝父親〟みたいに思っている自分に困っている。
それがとてもとても恐ろしいことだとカシコイ簓はちゃんと分かっているのだが、どうしても思ってしまって困る。
天谷奴零は、胡散臭くて、怪しくて、悪知恵が働いて、言葉のチョイスが巧みで、それでいて、頭の回転が早いから話が早くて助かって、倫理観がイイ感じに無いから有り難くて助かって、そしてちゃんと躑躅森盧笙にも白膠木簓にもヤサシイから助かって、…困る。
正直簓は零の本願なんてどうでもいいのだが(それはあっちだってそう。利害一致ランデブーなのだ)、簓と盧笙を引き合わせて、かつ零自身もメンバーとして一緒にラップしてる意味が分からない。
簓がいくらあの伝説のTDDの碧棺左馬刻と相棒を組んでいたからといって、左馬刻狙いなら別に、今の左馬刻と一緒に居るあの二人以外、例えば左馬刻の同じ組の人間とか血気盛んな因縁のありそうなヒガシの誰かと組めば移動距離・方言の観点から鑑みても…、全くもって一体全体何故零はわざわざオオサカなんてクセのある土地を選んで『お笑い芸人の白膠木簓』と『数学教師躑躅森盧笙』をチョイスしたのか。分からない。
………ぬるでささら。
──ヒガシで聞いたアレ、真正ヒプノシスマイク。あれ。
大変驕った考え、ナルシストやないんやから…と簓も思うが、発動条件うんぬんかんぬんそういうのは置いといても、
【もしアレを零が盧笙に使いそして盧笙が白膠木簓の存在を完全に拒否し、かつ同タイミングで零が二人の前から消えたら】
そしたら、簡単。
【白膠木簓は人生の2大トラウマが一気にもう一度同時に来て心が死ぬ。】
…思わせぶりな事もよう言っているし、出会った時に正式マイク持ってたし、中王区関連の人間やその筋の人間と出会う時零はだいたい不在やし、まあ十中八九零は政府関係者なんやろうなと簓は思う。零の出自や過去なんてものも、まあ零がいつか話してくれたら嬉しいな〜ぐらいなもので、『過去がどうであれ運やなあ〜ってオハナシで、でも結局は人生、自分でなんとかするしかあらへんのやで。やから俺今こうやろ。』というのが簓の基本スタンスなので、零が抱えているソレもそれは零の話でガンバレーな話なのだが、
もし零が何らかの目的の為に、少なくとも白膠木簓に対して、そういうマスタープランを描いているのであれば、自分の心をまた壊されるのは困る。
…──だから簓は零の事を父というか、盧笙も含めて〝家族〟みたいに思うのは危険思想だと分かっている。
そもそも家族なんてものは、法律だなんだ、愛だ恋だ、そういう目で見えるものでも目に見えないものでもガチガチに縛ったところで最終的には揉めて憎しみ合って離散するものだと簓は知っている。
空却が常々堂々と〝拙僧らは家族だ〟と仲間のことを誇らしげに言っているが、あんなおっそろしいことよー言えんなあ、と簓は思う。まあ、空却んトコはあったかくて優しい〝クソ親父〟様様に愛されて育ったからそう言えるんやろうけど。
だって、そうやん、零と一郎んとこやって別々に暮らしとる。 2nd当たるって決まった時、実は、と零が言った時、盧笙はキレとったけど、そうやんな〝家族〟やもんなあ、と俺は思ったもん。てか盧笙が異常やろ、アイツもアレやろ。なんであんな正しく美しく優しく綺麗で素敵で素晴らしくあられるんや、意味分からへん。昔、あの陰った顔、雨の日、SNSの歴代カノジョちゃん達の身勝手メンヘラ通信……なのに今、どうしてあんなに あんなにも盧笙はいつも眩しく居られるんや。意味分からん。意味分からん。意味分からんから、そんなの、その眩しさ、光、粒子一粒残らず全部独占したいって思うやんか。お前は俺の太陽で、俺はお前の月なんやから。そんなん。
あ。アカンまた、盧笙のこと考えとる。
イヤホンの向こうは静か。まだ帰宅前。
なんやっけ、
あー、真正ヒプノシスマイク。不思議な不思議な魔法のマイク。頭痛、今思っても夢の中みたいな、水面越しに見たような思い出だ。左馬刻へのアレ。いやそもそもマイク関係なくヒガシ時代のあれこれ、全てに対しての思い出。
左馬刻への憎しみ、あれを考えたところでモヤが掛かかるのだが、正直それも〝俺がイカれてるからやね〟で終わらせていた簓であった。実は。〝え、俺こんな他人憎しめたん…〟とびっくりもしていた。当時。
ヒガシにいたころはそれはそれで新鮮で楽しかった。
楽しかったが結局行き着いた先が盧笙だったから困る。でもアレは空却も悪いな。悪いわ。
結局あの修行の後、『やっぱ盧笙やなあ』ってなってもうて、コンビ組んでた頃二人でやってたラジオの音声ばっか聞きはじめて、そしたらそのうち〝盧笙のSOSに気づかんままペラペラ喋り倒してる自分〟に気づいてソイツ殺したなって、なんで、しゃーないからPC強い系ヤンチャ君をマイク+電ノコの刑にして俺の音声カット版編集して作ってもろて、そればっかずっと聞いとったから、………まあ、だから、イカレたんやろうと。
んー…その弊害でアイラブフッド、ファッキンオオサカに戻ってきた時は大変やったなあ。『なんで盧笙とおんなじ関西弁喋っとるのにお前らの声盧笙ちゃうねん』って思ってもうて、さすがにアカンアカン思ってネットで【イヤホン しない 方法】って検索して出てきたトラガス、両耳、ニードルぶっ刺し、
でも、三ヶ月後、穴、安定記念で、深夜、盧笙の家、沢山作った合鍵、右に回して開いたドア、盧笙の匂いを久しぶりに感じた時、『正攻法で、ド王道な方法でお前の目にも絶対もっかい映る』って夜道帰り道、謎の高揚感、あの時、俺の中で何かが死んで何かが生まれた。
…あ。アカンまた盧笙のこと考えとる。
もうなんやっけ、何考えとったっけ…、もうええわ盧笙のこと考えよ、と簓はぼおっと窓の外を見た。あともう少しで盧笙の家。
簓としては、盧笙と愛だ恋だするつもりはなかったのだ。
それがまさかこんなにも結婚したいだとか、そんなそんな恐ろしい〝家族〟なんてものになりたいとまで思うと思わなかった。
突き詰めればきっと簓は盧笙の事を〝好き〟ではない、〝愛〟してもない。そんなありふれよく聞く凡庸で分かりやすい言葉で形容できるものなんか、そんな綺麗なものなんか盧笙に対して持っていないと分かっている。愛だ恋だののもっともっとそのずっと更に先。人間が他人に持つことができる想いの限界の更にその向こう側、感情ぐちゃぐちゃの情緒めっちゃくちゃのドロドロのベチャベチャのガチャガチャ。それが簓が盧笙に向ける感情。
あと愛とか恋とか怖い、そんなものはいつか揉めて最後は憎しみ合ってオシマイなのだ。簓は本当は盧笙にそんな事言いたいけれど言いたくもない。似てるから、そうとしかわかりやすく表現できないから言うだけ。
やのに、『盧笙にまつわる世間の声がうざいやろうから盧笙と結婚したい』…と思い始めるとか俺も年取って丸くなったっちゅうことなんやろうか。『ガヤなんて話術やろうがマイクやろうが電ノコやろうがなんでもええ、どんな手を使っても全部消したったらええねん。』と昔の俺なら思ってたのに、結婚だの、家族だの、危険思想のカタマリてんこ盛り。
いや、もうまた再会してもうたからもう二度と離さへんねんけど。もうずっと隣。少なくとも俺が死ぬまでは。
やからまあ、恋人でも友達でもチームメイトでもコンビでも関係性の形、名前、カテゴリーなんてなんでもええねんけど…あー………俺、懐入れた人間に対しては語彙力ほんま無くなるなあ、〝なんでもええ〟ばっかや。
あー…なんやったっけ、死んだ話、死んだ後のおはなし、死んだ後の事は流石にこの簓サンもどーこーできへんと思うから、でも死んだら盧笙の守護霊?になって盧笙に取り憑いて盧笙に色目や危害加える人間全員呪い殺したいな〜とは思っとるけど流石にオカルトはなり方が分からん、死んだら分かるんやろうか、…でもまがりなりに今26歳、芸人やりながらヒップでホップな音楽活動も国主体で何故かやる羽目なって、音楽…、俺、天才やから27クラブ、来年死んだりしてなあ、それもまあええかな伝説っぽいし、ってハードスケジュールのお仕事ガンガン受けながらスキさえあれば盧笙の家行って盧笙と零と朝まで飲んで、サイナラ睡眠てか健康。
あ〜〜〜〜〜まじで思考回路ぐっちゃんぐっちゃんになってきた。
……盧笙が生きててくれたらそれで嬉しくて、盧笙が更に俺の言葉で反応 呆れたりツッコんでくれたり果ては笑ってくれたらめっちゃくちゃ嬉しくて、これ以上なんか幸せすぎてもうええよ充分、最高やと思ってたのに、なんかのはずみで盧笙の肩にぶつかった時強く感じた25歳あの夜と同じ盧笙の匂いに、更にうまれたキケンシソウ。
俺やってちゃんと線引してて、盧笙オカズに一人でヌくまではセーフ。ドログチャ、そんなもんは死んでも隠し通すと思ってた。
のに、もっと嗅ぎたいとか思ってしまって、泥酔、寝てるやろって指とか顔撫でてたら、起きとったのか起きたんか〝なんや〟って笑ってくれたから触ってた。あの口に。この口で。
したら翌週、〝あれ何やってん〟や。
ほんと盧笙は俺の想像を越えてくるから困る。そういうのは忘れたふりするのがマナーやでツツジモリ君。いっつもいっつも。ほんま。
…──咄嗟に演技、〝ずっと好きやってん〟。……いやウン、それは嘘ちゃうけど、そんな軽いもんでもなくて、でも軽いもんしかぶつけたアカン、しっかりそこはね、健全にね、揉めないようにね、最後憎しみ合わないように、もちろん、かいらしいお付き合いも楽しいし、盧笙居ればそれで俺はええし、全然幸せ、ハッピーやで!やったのに、ドログチャな俺も盧笙は知ろうとして、それで更に俺を好きやとか平然とした顔で、で、ちゃんと盧笙は有言実行の男で、それはそれとして相変わらずやっぱり俺は盧笙の思考回路が分からんくて、結果ドログチャのガッチャンガッチャンのゴーゴーのラララランのドンッ!だから困る。
知っとった?俺やってめっちゃ怖いんやで。…知ってるんやろうけどな。知らんかったとしても分かろうとしていつか分かられてまうんやろうな、これも。
タクシーが目的地に着いて停まった。
簓はタクシーを降りながら見慣れた建物を見上げたら、盧笙の部屋、玄関ドアの前、黒いコート。
バタン、と閉まるタクシードアの音に気づいた零が簓に向かって、よ、と手をあげる。
いつまでも、続けばいい、こんな日々が、 と簓は危険思想をまた、一つ、願う。