銀時がハグをねだってくる話。「高杉、ん。」
銀時がこちらに腕を広げてこちらを見つめてくる。
この生活を始めてから銀時はよくこうして互いを抱きしめる行為をねだってくるようになった。
それに応えるようにこちらからも腕を広げて銀時を腕の中に収める。
そのまま頭を撫でてやれば俺の肩に頭を埋めてぐりぐりと甘えるように頭を動かした。
そのまましばらく抱き合ったままゆるりと時間が過ぎる。
互いの鼓動が重なり、体温が混ざりあってゆく。
昔はハグなどする様な仲では無かったし、俺は誰かにされた記憶も無かった。それ故にしようとする考えすら思いついたことはなく、こうして銀時がねだるようになって初めてこの行為の温かさを知った。
銀時がこの様な行動をねだってくるようになった理由はおおよそ見当はついていたが、俺もこの時間が愛おしく、気に入っていたのでとやかく言うつもりもするつもりも無かった。
しかし問題はこれ以外の所にあった。
夜も深けた頃厠から戻ってくると真っ青な顔をした銀時が丁度立ち上がろうとしているところだった。銀時は俺の顔を見ると安心したように顔を緩ませる。
「厠?」
「あァ、何かあったのか。」
「んや?高杉君が紙なくなって出られなくなったのかと心配してやってたんだよ。」
「んなわけねェだろ。てめェじゃあるめェし。」
「んだとコラ!知らないからね、いざ無くなっても助けてやんねぇからな!」
「心配しなくともそんな日が来るこたァねェ。安心して寝ろ。」
「あっそーですか!あー良かった安心して寝られるわー!」
そう言いながら銀時はクルリと反対を向き布団をかぶった。
あの夜の様に銀時は俺の姿が見えないと不安になる様子を見せた。
原因は自分だとわかっているが、あの銀時にあんな表情をさせてしまうという事は心の中に影を落とすには十分で、これ以上見たくないというのが本音だった。
満足した銀時がもういいとゆっくりと離れて行く。
その後は俺は柱に寄りかかり縁側で本を読み、銀時はその横で某漫画雑誌を読んでいた。
キリのいいところまで読み進めた後、ふと隣にいる銀時を見やる。
心地よい春の暖かさにいつの間にか寝てしまったのか開いたままの雑誌が胸の上に置かれている。
そのふわふわとした頭を見ると撫でたくなってしまうのは不可抗力だと言い訳をしながらしばらくその頭を楽しむ事にした。
しかし途中で少し外に用事がある事を思い出した俺は名残惜しく感じながらも手を引く。ある物を受け取りに行くだけだ、そう時間はかからないだろう。そう思い寝ている銀時を起こさずに家を出た。
予想通りそう時間もかからずに帰ってくる事が出来た。
後ろ手に玄関のドアを閉めながら靴を脱ごうとしたその時。
「起きたのか、ぎん…ッ!?」
たたたたっと足音が近づいて来たと思ったら名前を呼ぶ間もなく抱きしめられる。
その力は少し強く、そのまま抱きしめ返すとその体はじっとりと汗をかいているようだった。
「……銀時、顔見せろ。」
俺がそう言うとおずおずと銀時がゆっくりと上を向いた。
「ふっ、相変わらずのアホ面だな。」
「…銀さんは産まれた時からこの顔ですぅ…どこ、行ってたの。」
「ん?あァ、ほらよ」
そう言って渡した風呂敷で包まれたそれを銀時は不思議そうに受けとった。
その中身は白い普通サイズの箱、そして更にその中にはその箱にはサイズ違いの黒い小さな…リングケースだった。
「ッは?!?!え?は、え?!??はぁ?!?!」
目の前で尋常じゃないほど驚きながら俺と箱を交互に見やる銀時にくくくと予想していた反応通りの結果につい笑いが飛び出す。
「…あ、開けていい?」
「あァ。」
少し落ち着いた銀時が恐る恐る箱を開ける。
そこにはお互いのイニシャシルと英語の刻印が内側に入っている銀色のシンプルなリングが2つ嵌っていた。
「銀時、手ェ出せ」
俺はそのうち片方の指輪を手に取り銀時に促す。
「え、あ、これって左手でいいんだっけ?、いや右手だっけ?あ、それは婚約中だったっけ??」
「どちらでも構わねェが、俺としちゃあ左手に嵌めさせてェもんだな」
「………」
俺がそう言うと慌てふためいていた銀時の動きはピタリと止まり、おずおずといった様子でゆっくりと左手を差し出してきた。耳まで赤くなった銀時にふっと笑うと差し出された手を持ち、その薬指に指輪を通した。
「ッいつの間にサイズなんて測ってやがった」
「てめェが大口開けてぐーすか寝てやがる時にな」
「ッそーかよ、んな事されても起きねぇなんざ俺も平和ボケしてやがる。おら、てめぇも手出しやがれ。」
銀時はそう言って俺が左手を差し出すと同じく薬指に指輪を通した。
「…銀時、俺達は1度道を違えそれでもこうしてまた共に居ることを選んだ。切れたように見えた糸も見えねぇ所で繋がって、決して切れてなんざいなかった。てめェと俺は誰にも断ち切れねェ糸で、今はこの指輪を通じて夫婦という新しい糸でも繋がってる。俺はここに居る…てめェの隣に。永遠に離れてやるつもりなんざねェぜ。」
ふっとと笑って俺は銀時の目真っ直ぐ見つめる。一瞬驚いた様子を見せた後、ハッと我に帰りくるりとそっぽを向く。
「わーってるよ。てめぇがしつこいのはガキの頃から知ってる。てめぇこそ浮気しやがったら許さねぇからな、銀さんってば意外と独占欲強いんだからね。もう逃げらんないのはそっちだから。」
「ふっ、上等だ。」
銀時はそのまま、あーあ!玄関で指輪の交換とか、うちの高杉君には情緒ってもんがないのかね、まったく!と悪態とつきながら歩いていたが、その表情はここに来てから1番穏やかに、嬉しそうに微笑んでいた。
その翌日の昨日より少し涼しい風が吹く昼。
高杉が元鬼兵隊の面子にあってくると家を出ている間俺は縁側で高杉に貰った指輪を眺めていた。
「…ったく、Amour eternel、永遠の愛ね…慣れねぇ横文字使いやがって、しかもなんでフランス語?言うなら口で言いやがれってんだ、口で。…………俺も永遠に愛してるよ、高杉。」
そう言って俺は指輪に口付けた。