微睡みが深くなるたびに思い返すのはあいつの顔だった青醒めた頬、落窪んだ眼窩。くわりと大きく開く口を覗けば、鋭い牙がその姿を見せる。きちんと撫で付けたはらりと前髪が乱れ落ちるたび、俺の心臓は大きく脈打ったものだ。
それも全て過去の話なのだが。
激しい損傷を受けた俺の肉体を救うため、真祖たる吸血鬼はその心臓を捧げる羽目になった。とくとくと鼓動を続けるこの心臓は俺のものではなく、既にその姿を失って久しいドラルクのものだ。姿を無くした吸血鬼は、塵となりゆらゆらと俺の周囲を漂う。どうやらそれが精一杯の実体化のようだった。
「……ドラルク」
名を呼べば漂う塵が一箇所に集まり始める。場末のホテルの一室、そのテーブルの上に薄らと振り積もったその塵に、するりと筋が走った。砂浜に木の枝で子どもが落書きをするように、文字が浮かび上がってくる。
どうしたの
走り書きのその文字に対して逢いたいと呟きかけて口を噤む。
「……まだ話せるか心配だったから」
それらしい言い訳をしてみれば、塵はするするとその文字を変えていく。
まだ大丈夫
タバコもっとへらしてよ
「またそれか」
火をつけたばかりの煙草をきつく吸いつけ、灰皿で揉み消した。ドラルクから心臓を受け渡されてからというもの、日に日に本数は増えている。俺の体調がドラルクの実体化に如実に作用することはわかっている。寝不足になると塵の動きは鈍り、食事する気が失せて煙草だけで一日をやり過ごそうとしたときは漂うことすらしてくれなかった。出来る限りまともな生活を心掛けたいとは思うものの、それもままならない。夜になればドラルクの姿を思い出し、眠れなかった夜は一度や二度ではない。
それもこれも全て、俺のせいだ。
死にかけるなんて間抜けなことにならなければ、ドラルクはその尊い心臓を退治人に捧げる羽目にはならなかった。それは間違いのない事実である。
ちゃんとねてるの
する、と浮かぶ文字の下、小さな余白にねてると記す。即座にうそつき、というレスポンスが返ってきた。
「……ん、嘘。嘘だな。お前の顔ばっかり思い出しちまって、寝たら消えそうで、寝てらんねぇよ」