しあわせになろうよ「……モデル?」
とんでもなくはた迷惑な吸血鬼をひっ捕らえ、VRC職員への引き渡しを完了したロナルドたち退治人一行にそう声をかけたのは、事件の現場となった結婚式場の支配人だった。
吸血鬼その結婚ちょっと待った、が出現したせいで式場は大混乱の最中にあった。自身のテリトリー内に入った人間に強制的に催眠をかけるというのがその迷惑な吸血鬼の能力で、その催眠というのが新郎新婦を奪いたい衝動に駆られる、というものだ。
愛を誓いますか、という神父の言葉に被せるようにして、ちょっと待った!と大声を張り上げたのは新婦の甥にあたる保育園児だったらしい。ちょっとした可愛らしいハプニングだと、と微笑ましく見守る親族友人の幾人かが、そんな幼児につられるようにしてその結婚待った!だの、結婚に意義がある!だの口々に叫び出したのだと言う。
そうなってしまえば式が滅茶苦茶になってしまうのは当然の話であり、ガーデンウェディング会場に湧いた下等吸血鬼退治に駆り出されていたロナルドたちにお呼びがかかるのもまた当然の流れだった。発生した頭数は多かったもののそれらの退治自体は難なく終了し、謝礼の受け取りまでロビーで各自休憩している時に式場の騒ぎが発生した。人手が多いことが幸いし、件の吸血鬼を捕らえたところでVRC職員が到着、滞りなく引き渡しを終えたところで、支配人からモデルの誘いを受けたのだった。
「……多様化するブライダル事業、ねぇ」
モデルへの誘いを受けたのは、その場にいる退治人たちに加え、吸血鬼であるドラルクと使い魔であるジョンも同様であるとのことだった。支配人曰く、異性同性関係無く、また種族の垣根を越えた挙式が行える式場を目指している、ということらしい。話を聞いたもののいまいちピンとこない男性陣が首を傾げていると、
「素敵だねぇ、吸血鬼に合わせて夜の挙式だって」
「使い魔用の衣装も主人に合わせて用意するらしいアル」
「ヌー!」
「お、食事もそれぞれのニーズに合わせて選べるんだってよ、悪くねぇな」
ターちゃんとマリアに加え、ドラルクやジョンも配布された資料を見ながら楽しげに談笑している。
確かに夜のチャペルというものは、陽の光の元で行う挙式とは雰囲気が一変して厳かで美しいものに思えた。手元の資料には、そんなイメージ画像としてライトアップされた式場の様子が大きく印刷されていて、それを目にしたロナルドは、確かにきれいだな、と子どものような感想を抱いた。食事にしたって衣装にしたって、そうやってこだわりを持つに越したことはないだろう。そんなことを考えているのがバレたのだろう、ドラルクは仕方ないと言わんばかりに片目を細めた。
「……例えば、ほら、吸対の半田くん。彼の場合ご両親は人間と吸血鬼だろう。まぁざっくり20数年ほど前にご結婚をされたとして、その時代、こうやって異種族同士での式を行える場所というのは、一体どれほどあったのだろうね」
何しろたった200年前まで私たちは不仲だったと言うんだからね、という言葉に、ロナルドだけではなく、ショットやサテツ、またドラルクのそばで笑っていたマリアたちもがはっとした。今でこそ、ロナルドたちは吸血鬼が近くにいることになんの違和感も覚えたりしない。しかしほんの少し前まで、そんな考え方をする人間は多くはなかっただろう。
「ほら、ここにフォトウェディングの資料もある。華美なお式は控えたいあなたも、あの頃式を挙げられなかったあなたも、だって。こうやって様々な事情を持っているカップルのためにも、とても素敵な事業だと思うんだけどなぁ」
無粋なゴリラはそういうのが読み取れなくて困っちゃう、とわざとらしくドラルクが溜め息をつくのと、その身体が塵となり霧散するのとはほぼ同時のことだった。ジョンは主人を想い涙を流し、マリアとターちゃんは資料を汚すなと怒鳴り散らす。ショットやサテツも思うことがあったのだろう、打診を受けた誰もがモデルの仕事を請けたのだった。
「おぉ、馬子にも衣装とはまさにこの事」
「……クッソ、この格好じゃなかったらぶっ殺してるとこだぞ」
「いやだなぁ、この麗しいドラルクさまと愛くるしいジョンを前によくもまぁそんなことが言えたものだ」
光沢のあるグレーのタキシードに身を包んだロナルドは、ぎゅうと握り締めた拳を緩めると純白のリボンで胸元を彩るジョンをその手に包み込んだ。毛並みもしっかりと整えられ、どこか得意気に胸を張るその様子がたまらなく可愛らしい。ドラルクは真っ白なタキシードに水色のネクタイを締めていて、胸元にはチーフの代わりに赤い薔薇のブートニアが付けられている。ロナルドの胸元は紫色のアネモネが彩っていた。
暫く互いをまじまじと眺めたあと、ふたりは殆ど同時に吹き出した。私の男は本当に色男で困ったものだ、とドラルクが笑い、うちの備品は備品の癖に美品なんだよなぁとロナルドも笑った。ジョンはそんなふたりの間に挟まれるようになりながら、嬉しそうにそれぞれの顔を見上げている。
撮影は数人に分けられ、また日中と夜間とにも分担して行われた。同性での撮影、異性との撮影がそれぞれ行われ、ちょうど四人だからとサテツたちが日中の担当を買って出てくれた。散々下等吸血鬼を叩き潰した屋外ガーデンでの撮影は、なかなかに面白かったというのはマリアとターちゃんの談である。吸血鬼であるドラルクにはやはり夜が似合うだろうと、燭台の並ぶチャペルがその撮影場所となった。
大きな窓からの月の光を浴びながら、ドラルクとジョンとが踊るようにしてウェディングアイルを進む。カツカツと革靴が鳴り、その高らかな音が心地好いのかジョンがヌヒヒと小さく笑う。その姿を追うようにして、ロナルドも歩みを進めた。撮影スタッフの準備はあと少しだけかかるということらしいので、ロナルドはドラルクの名を呼び、祭壇の手前で膝をつく。衣装のままで何してるの、と焦った声をあげるドラルクを真っ直ぐに見据えながら、ロナルドは再びその吸血鬼の名を呼びその手を取った。
「結婚してください」
いつぞやのドラルクのようにその手を唇に押し当ててそう述べれば、本人よりも先に使い魔がヌヒャアと驚きの声を上げた。掴んだ手が離されないままなので、ロナルドはタキシードのポケットへと空いている右手を突っ込んだ。そこには、もう随分と前から準備していた揃いの指輪のひとつが入っている。