「ドラ先!ばんそーこーもらってくね!ささくれむしっちゃったぁ!」
「こら、ちゃんとドラルク先生って呼びなさい。あと今腹痛で寝てる子いるから静かにしてね」
「はぁい、ごめんなさぁい……」
カーテンを少しだけ開き、保健医であるドラルクは女生徒に声をかける。ピンと立てた人差し指を唇に触れさせ、しー、と静かにするよう促すその横顔の美しさに、ベッドに横たわるロナルドは息を飲んだ。すき、と声を出さずに呟く。それはもう何度も何度も繰り返してきた言葉だった。
からから、と保健室の扉が閉められ、絆創膏を手にした女生徒がいなくなったのを確認するとドラルクは小さく溜め息をついた。開いていたカーテンを閉め、ロナルドに向き直る。
「せんせ、好きだよ」
「わかった、わかったから、いい加減教室に戻りなさい」
「わかってるなら、付き合ってくれよ先生ぇ」
ぎゅう、と細い手首を掴めば、その手首から先が砂になった。それはさらさらと流れ落ちたかと思えばゆっくりと形を取り戻し、元通りの姿になった。白衣の先からするりと伸びる手指は、吸血鬼であるがゆえに血色は良くなく、またひんやりと冷たく感じる。ロナルドがこの手の持ち主たるドラルクに胸を締め付けられるようになったのも、その手に触れられた時からだった。体育の授業中に足を捻り、治療を受けたのがきっかけだった。そろりと踝に触れる指先が、伏し目がちになった目元が、痛くないか尋ねる声色が、その全てがロナルドの心を激しく揺さぶった。
そうして何度も保健室に訪れては告白を繰り返し、その度にドラルクにかわされるということを続けている。一年生の春に出会い、既にロナルドは卒業を間近に控えた三年生だった。本気だろうが冗談だろうが、生徒からのそういった気持ちには応えられない、というのがドラルクの言い分だ。
「……だからって君ね、保健室で先生をベッドに引きずり込もうとするのはいかがかと思うけど」
「だって、もう、キセイジジツってやつ作るしかねぇと思って」
「そういう若者特有の暴走やめなさい、……って、うわ、ッ」
「せんせ、ねえ、好き……」
「うわぁ、本当に顔が良いな君は」
細い腰に腕を回し、ロナルドは自身の身体の上にその痩躯を引き倒した。ふたり分の体重を受け、ベッドがぎしりと音を立てる。ドラルクはまじまじとロナルドの顔を眺めたあと、何度目かの溜め息をついた。造りはそれほど悪くないという自覚があったが、ドラルクに対してもその顔立ちはそれなりの威力を発してくれているようだ。白衣を纏った背中に手を這わせる。手のひらに伝わる背骨の感触に、たまらなく胸が高鳴りを覚えた。
「うう、ちんちん痛くて死にそう……」
「お、おおぉ、またこれは難儀だな……なんだってこんな吸血鬼保健室の砂おじさんにそんなふうになっちゃうの」
「先生がえっちだから……」
「私のせいにしないでくれるかな」
ロナルドの上に倒れ込んだドラルクにも、互いの間で膨れ上がった熱の塊がどうなってしまっているのか、分かってしまっているのだろう。僅かな身動ぎですらロナルドにとっては大きな刺激をもたらすものだった。
「せんせ、お願いだから、キセイジジツ作らせて」
「馬鹿じゃないのか君は。そんなことしてみろ、未成年淫行で私は犯罪者になるぞ」
「えっ、そうなのか?じゃ、じゃあ俺が先生のこと考えてシコってるのもバレたら何か問題に」
「それは問題無いが、うーん、こちらとしては問題大有りだな」
ワイシャツにスラックス、その上に白衣を羽織るオーソドックススタイルのドラルクも好ましかったが、学校行事に参加する際ごく稀にジャージ姿になるのもたまらなく若い欲を掻き立てられた。袖を捲ってあらわになる細い腕を纏めて頭の上で固定させたり、長い足を割り広げ肩に担いで腰を打ち据える妄想をしては精を解き放つ日々を繰り返してきたのだ。もうこれ以上耐えることは出来そうに無いと言うのに、ドラルクは一向に受け入れてくれる様子は無い。ましてそれが犯罪になるとするなら致し方ないのだろうか。しかし、とロナルドは歯噛みする。
「うう、せんせを犯罪者にさせたくない、ないけど、ないけど俺のちんちんをよしよししてもらいたい……」
「欲望に正直過ぎるだろ君……しかしどうしたものかなぁ、ここまで性癖が歪んじゃってる以上、見て見ぬふりするのもかわいそうだし……」
ほんの少し考え込んだドラルクは、よし、と何か思いついたらしく、ロナルドの膨れた下腹部を跨ぐようにしてその身体に腰を下ろした。学生服のスラックスの下、ありありと形の分かるそこに己の薄い尻をあてがう。その小さくも微かに柔らかさのある臀部の感触に、ロナルドの熱が更に高まった。
「ロナルドくん、君、口は固い方かな」
ひそやかな声。顔を寄せたドラルクに囁かれ、ロナルドは返事が一瞬遅れてしまった。内緒に出来る?と言い方を変えて尋ねられ、こくこくと激しく首を縦に振る。
「既成事実の方は、どうにもしてあげられないけれど」
布越しに触れ合うそこに、びりりと電流のように刺激が走った。ドラルクが舐るようにしてその細腰を前後に揺さぶったからだ。ずり、ずり、と衣擦れの音と、ベッドの軋む音が響く。
「君の言うよしよしのお手伝いくらいなら、してあげてもいいかな」
「うぁ、先生、ぇ……ッ」
信じられない光景が、ロナルドの目の前に広がっている。自分の下腹部に乗り上がり、その細い腰をゆったりとした動きで前後させるドラルクの姿がそこにある。布越しでも十分に伝わってくる官能に、ロナルドの下着が先走りの体液でどんどん湿ってくるのが分かる。そのお陰でぬめりが増し、更なる快感が襲ってくる。自分ひとりでは味わうことの出来なかったその愉悦にロナルドが沈み切ってしまいそうになった時、ガラリと音を立てて保健室の扉が開かれた。
「先生すみません、痛み止め貰っていいですか……、あれ?ドラルク先生?」
カーテンの向こうからは女生徒の声が聞こえる。ぴたりと動きを止めたドラルクはカーテンの外の様子に耳を澄ませた後、
「ごめんごめん、ベッドにいるよ。体育で筋を痛めちゃった子がいてね。マッサージしてて手が離せないから、自分で持っていって貰えるかな?」
取り繕うことすらせず、普段通りの声色でそんなことを言ってのけたのだ。慌てるロナルドをそのままに、腰の緩やかな動きが再開される。
「……な……!?」
「静かに出来るね?もしこれがバレちゃったら、私、懲戒免職にされちゃうかも」
きし、きし、とベッドが軋む。ロナルドは吐息が漏れてしまわぬようにと手のひらで口を覆い隠した。
「大丈夫?何処にあるかわかったかな」
「見つけました。薬、貰っていきますね」
「もしつらかったら遠慮しないで休んでいっていいからね、ベッドもうひとつ空いてるから」
「……!」
カーテンを隔てた隣には、もうひとつベッドが並んでいる。もしそこで生徒が休むというのなら、この状況がバレずに済むとは思えなかった。ロナルドの下腹部は今にも爆発しそうなほど膨れて熱を孕んでいたし、声だって我慢するのに必死だった。
「大丈夫です、ありがとうございます」
「そう?それじゃあ、お大事にね」
「はい、失礼します」
丁寧に礼を述べると、女生徒は保健室を後にしたようだった。しんと静まる保健室には、相変わらず小さく軋む音が響いている。ふふ、と吹き出したのはドラルクだった。
「あ、ごめん。君が一生懸命我慢してるの見てたら、意地悪したくなっちゃった」
「い、意地悪、って……」
「うふふ、どうかな、よしよしは気持ちいい?」
擦り付ける尻をそのままに、ドラルクがにやにやと口の端を吊り上げる。薄い唇が綺麗に弧を描き、その美しさにたまらなく興奮した。並びの良い歯列から少しだけはみ出る牙の鋭さや、肌の色とは相反するような真っ赤な舌に、いつもロナルドは情欲を掻き乱されている。
「き、きもち、いいです……きもちいいから、先生……」
「ん?」
「き、キス、させてください……」
「えっ」
「……だめ?」
「うーん、顔が良い。でもなぁ、多分君、キスも初めてでしょう」
そういうのはもう少しとっておいた方がいいよ、と言いながら何事かを考えていたドラルクは、それならばと額がぶつかりそうな程にロナルドに顔を寄せた。何か思いついたらしい。
「舌、出せる?」
「え?」
「唇はもう暫くとっておきなさい。ほら、舌出して」
「え、えっ、?」
言われるがまま、ロナルドは舌を伸ばした。そこに、幾ばくか冷ややかなものが押し当てられる。わけが分からないでいるうちに、その押し当てられたものが下から上に向けて蠢いた。その初めての感触にロナルドが肩を震わせる。
「!?」
「あ、こら動かない。舐められないでしょ」
「な、舐め」
「キスは大事だからさせてあげられないけど、せめてこれくらいはね」
せめての範囲が明らかにおかしいのではないか、というロナルドの混乱を他所に、長い舌がロナルドの舌を舐め上げていく。ちろちろと舌先で擽られ、滲む唾液ごと音を立てて吸われるということを繰り返され、ついにロナルドの腰が大きく爆ぜた。どぷ、どぷ、と脈打つのに合わせて精が解き放たれていくのがわかる。懸想する保健医の尻に陰部を潰されながら、舌を舐めしゃぶられ達してしまった。余りのことに頭がついていけない。
「……おっと、ごめん、射精までさせちゃったか。どうしよう、替えの下着は流石に置いてないんだよね」
予備の体操着でも代わりに履いていくかい、と言いながらロナルドから降りようとする保健医の腰を両手で掴む。ほっそりとしたそこは、今にも折れてしまいそうな程に頼りない。逃がさぬようにその腰を掴む手に力を込めれば、う、と苦しげな声が落ちてきた。
「ちょっと、ロナルドくん。痛いよ、離して」
「……やだ」
「やだじゃないよ、我儘五歳児め。着替え手伝ってあげるから、ね?」
痛そうに顔を顰めているくせに、こんなことをしでかしたくせに、そんな優しい声色で喋らないで欲しい。甘やかな手つきで髪を梳かないで欲しい。離したくなるような「離して」を言わないで欲しい。
どれだけの扉をこじ開けたら気が済むのだろうか、この吸血鬼は。
「……もう、なんて顔してるんだい」
髪を梳く長い指が、薄ら水気を帯出したロナルドの目元を滑る。
「先生、やっぱ、好き」
「君、そればっかりじゃないか」
「だって好きだから」
「はいはい。そういうのはせめて、卒業してからにしてね」
「……卒業したら、いいのかよ」
「そうだねぇ。生徒じゃなくなってもまだ同じ気持ちだっていうなら、まぁ、考えなくもないかな」
卒業式までは、あと三ヶ月足らずだ。
がばり、とロナルドは上半身を起こす。バランスを崩したドラルクを支えながら、ロナルドはその顔を真っ直ぐに見据えた。驚いたように目を丸くするドラルクの腰をぐっと引き寄せる。
「約束」
「え?」
「約束したからな、先生」
そう言ってにやりと不適に笑ったロナルドがその悲願を遂げたのは、三ヶ月後のことであった。