それは非日常という名の日常(短編1)初夏の日差しが眩しい、休日の午後。
俺は手土産片手に骨董屋を訪れていた。
先輩刑事曰く『変人しかいない』という骨董屋は、今日も閑古鳥が鳴いている。
仏頂面の店主——ユウさんの脇を通って上り込んだ、いつもの座敷。中庭を臨む縁側では、やる気のない店員——アヤさんが昼寝を楽しんでいる。
今日は『おねむの日』らしい。
少し、いやかなり残念だ。
ユウさんが用意してくれたお茶請けをいただきながら、俺はひっそりとため息をついた。
折角アヤさんの喜ぶ顔が見られると思ったのに。確率五割の『おねむの日』を引き当ててしまった。
傍に置いた紙袋も、心なしか淋しそうに見える。
アポ無しで訪れた俺も悪いのだが、偶の休日である。落胆するなという方が無理だろう。
諦め悪く見つめる先には、初夏の陽光に照らされ眠るアヤさんの姿。
白磁の肌を際立たせる墨染めの着流し。
そこに浮かぶ大輪の蓮たちは、残念だったね、と言うように花弁を揺らし、墨の海を流れ泳いでいる。
相変わらず、当たり前じゃないことが当たり前に起こる店である。
初めこそ眼を白黒させてばかりいたが、この数ヶ月ですっかり慣れてしまった。
人は適応するのだ。
「まあ……慣れるどころか惚れちゃったんだけどさ…」
「しけた面してんじゃねえよ、新米刑事」
「——ぅわっ!」
背後の障子が開くと同時に、仏頂面の店主が顔を覗かせた。
恥ずかしい独り言を聞かれたかと、冷や汗がどっと吹き出す。
「ちょ、ちょっとユウさん! 急に話しかけないで下さいよ、びっくりするじゃないですか!」
「障子の向こうは俺の店、障子のこっちは俺の家。好きに振る舞っちゃ悪ぃのか」
「んぐ……っ、」
それは——その通りだ。
答えに窮する俺を尻目に、口の悪い骨董屋は紙袋を一瞥すると、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「へえ……残念だったな。また来れば?」
「……言われなくてもそうしますよ」
「ははっ、そうかい。そいつは悪かったな」
むつりと口を曲げて答えると、ユウさんは愉快そうに肩を揺らして座敷の奥へ消えてしまった。
音もなく閉められた襖の桜を、じとりと睨む。
悪いだなんて、これっぽっちも思っちゃいないくせに。
流石タマキさんの昔馴染み、性根の捻じ曲がり方が規格外だ。
すっかり汗をかいてしまったグラスを持ち上げ、一気に煽る。温い麦茶が喉を伝い、空に近い胃へと流れた。
優しい潤いにほっと息をついた後、俺は紙袋と和装の佳人を交互に見遣った。
袋の底に鎮座する、掌ほどの小さな木箱。
納められているのは、墨染めの着流しに似合いそうな、可愛い根付け。
蓮の花の浮かぶそれに、赤い根付けは映えるだろう。
ただ渡すだけならユウさんに託せばいいのだけれど。どうせなら自分の手で渡し、喜ばせたい。
相手が想い人なら、尚更に。
「来る口実が増えたってことで……いっかな」
「んにゅ……ぅ、むうぅ……、」
藍紫色の座布団を枕にするアヤさんが、うにゃうにゃと口を動かしながら不思議な鳴き声を上げる。
あまりに平和なその姿に、知らず口元が綻んだ。
刑事なんて血腥い仕事だけれど。
偶にはこんな休日があっても良いのかもしれない。
俺と和装の佳人と意地悪店主の、長閑で平凡な、何てことのない一日。
了